鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔

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第三章「三河一向一揆」

第十話「矢田作十郎」

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永禄五年九月 三河国 八幡

「はぁはぁ、今川軍もしつこいの~」
拙者は時折、後方を気にしながらも先に退いて行った味方たちの後を追う。
かれこれ何度引き返したであろうか。内、三度ほどは敵と刃も合わせた・・・しかし、拙者の体力にもそろそろ陰りが見え始めてくる。
三河国八幡の戦い。この時は、今川の将・板倉弾正の策により松平勢は退却戦を余儀なくされました。拙者は味方を無事に退却させるべく何度も戦場を行き来しておりました。
今川もいい加減に諦めてくれんかの~。
拙者が内心うんざりしておると、突如どこからかうめき声のようなものが聞こえて来た。
「う、うぅ・・・」
拙者は耳を研ぎ澄ませる・・・どうやら林の中からのようだ。
拙者は草を掻き分け声のする方に足を進めると、そこには足を抱えてうずくまっておる一人の中年の武者がおりました。頭には見事な鯉の兜を着けている。
「矢田、作十郎殿?」
見知った者の登場に拙者が思わず声をかけると、その武者は嬉々とした表情でこちらを見上げる。
「お、半蔵か。よかった」
よかった?
拙者は首を傾げる。
「どうやら足を痛めてしまったようじゃ。すまんが・・・助けてくれ」
きっぱりと言い切る作十郎殿に拙者は呆れ返る。
「・・・こういう時は、儂を置いて急いで逃げろとか言うもんじゃろ普通」
「死にとうないんじゃ、儂は」
平然とした態度でそう答える作十郎殿に拙者は苦笑いを浮かべる。
「はっきり言いますな・・・」
しかし、こうまではっきりと言われるのも逆に清々しいものでござる。
「頼む、半蔵。同じ真宗同士、ここで出会うたのも仏のお導きだとは思わんか?」
彼の言葉通り、拙者と作十郎殿は同じ浄土真宗で、寺の用事で顔を合わせた事が出会いのきっかけでございました。
拙者は再度後方に敵がいないことを確認すると意を決して作十郎殿の肩を担ぐ。
「仕方がない、助けてやろう」
「そうこなくては!」
満面の笑みを浮かべる作十郎殿。
悩んでおる暇はない。いつまた今川軍が襲って来るともわからん・・・それに。
「もし生き残って、渡辺半蔵に助けを請うたが見捨てられた、など言いふらされては困るしの」
拙者の発言に作十郎殿は笑いながら頷く。
「うむ、それは間違いないな」
拙者は、作十郎殿を抱えて歩き出す。
「しかし、見つけたのが儂ではなくて、今川の兵じゃったらどうするつもりだったのでござる?」
拙者の質問に作十郎殿はこれまた平然とした態度で答える。
「命乞いをして助けてもらう」
「・・・はっきり言いますな」
唖然とする拙者に、作十郎殿は自らの持論を述べる。
「侍が皆、潔く死を望むなど偏見じゃ」
拙者は、それに笑って答える。
「確かに一理ある」
「それに、儂には生きたい訳がある」
「生きたい訳?」
拙者は思わず作十郎殿の顔を見る。
「聞きたいか?」
作十郎殿は、待っていましたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
・・・聞きたいじゃろ?そうであろう?なら仕方がない、話してやろう。
にやりと笑う作十郎殿の表情は、さもそう言っておるかのようでございました。
拙者は作十郎殿の意のままに運ぶは面白くないと思い、きっぱりと言い放つ。
「いや、いい」
「仕方ない、話してやろう」
作十郎殿の一方的な発言に、拙者は再び呆れ返る。
「助けてもらっておきながら勝手ですな~。ほだら、勝手に話して下され・・・儂は聞き流すで」
拙者の素っ気ない態度に、作十郎殿は溜め息まじりに応える。
「つれんの~お主は・・・ま、ええわ。ほだら、一人で話させてもらう」
そう言うと作十郎殿は、淡々と自らの想いを語り始める。
「儂はな、半蔵。極楽浄土をつくりたいのじゃ」
聞き流そうと思っておった拙者の眉がぴくりと動く。
「極楽浄土は死後の世にあらず、現世(うつしよ)にこそあるべきなり。この戦乱の世は、悲しみや苦しみ、そして絶望で溢れかえっておる。しかも、それらを一手に引き受けておるは民草たちばかり。そんな世を終わらせ、皆が平和に暮らせる極楽浄土をつくる。それまでは、儂は死ねんのじゃ」
真剣な表情でそう語る作十郎殿に、拙者は呟く。
「厭離穢土(おんりえど)、欣求浄土(ごんぐじょうど)・・・殿と想いは一緒、か」
「ああ。あの御方なら、民を汚すことなく平和な世をつくって下さる。儂は、そう信じておる。そのためにも半蔵・・・早く儂を安全な所へ連れて行け」
作十郎殿の発言に拙者は一瞬眉をしかめるも、すぐに笑みを浮かべて答える。
「・・・あいよ」
そう言って拙者が前を見ると、数町ほど先に大勢の味方の旗が棚引いておるのが見えました。
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