鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔

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第三章「三河一向一揆」

第十一話「一揆前夜」

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永禄六年秋 三河国

「・・・うっと」
そこで拙者は目を覚ます。
目の前では、十数名の若者たちが酒や肴(さかな)を囲んで盛り上がっておりました。
やや頭が重たいが、記憶ははっきりとしている。
確か宴の最中で・・・飲み過ぎたか。
拙者が頭を抑えておると、隣におった大男が声をかけてきた。
「やっと起きたか。このような時に、ようそんなになるまで酒が飲めるの~」
拙者は、寝ぼけ眼(まなこ)をこすりながら答える。
「・・・このような時じゃからこそ、飲みたいんじゃ」
拙者に声をかけてきた大男・・・蜂屋半之丞(はんのじょう)貞次。拙者と共に長坂血鑓(ちやり)九郎信政殿の元で槍の修行を受けた無二の親友でございまする。
拙者は、半之丞の方に顔を向ける。
「そもそも、お主が皆の顔を見ておきたいと言うたから儂はついて来たんじゃ」
拙者の言葉に、半之丞は他の者たちを見詰めたまま何も答えない。
「・・・まったく」
拙者が眠りについてから幾許(いくばく)の時が経ったであろうか・・・しかし、依然目の前の若者たちの盛り上がりが衰える事はなかった。本日は年老いた者たちはおらず、皆何の気兼ねもなく気楽に酒を楽しんでおりました。
そんな中で、一人の若者が声を上げる。
「いや~今宵の酒はうまいの~」
平岩七之助親吉(ちかよし)。彼は、さらに言葉を繋げる。
「我ら松平家悲願の三河統一も寸前。今宵は多いに盛り上がろうぞ!」
「おう!」
七之助の言葉に他の若者たちの気持ちも高ぶる、が・・・しかし、一人の若者の来訪によりその雰囲気は一変する。
「た、大変じゃ!」
広間の障子が勢いよく開かれる。
「おう、何じゃいきなり?」
七之助は、顔をしかめながらその若者を見詰める。
「一揆じゃ一揆!一向宗徒が一揆を起こしよった!」
「何!?」
若者の言葉に、全員の動きが止まる。
「しかも、農民だけではない。上宮寺の寺将・矢田作十郎を筆頭に、各地の一向宗の侍たちも一揆側に寝返ったとのことじゃ」
「な、なんじゃと!?」
騒然とする一同。
しかし、拙者と半之丞だけは依然平静を保っておりました。
「な、何故そのような事に?」
七之助は、慌てた様子で若者に尋ねる。
「詳しくはわからんが、どうやら菅沼定顕(さだあき)殿の家臣が上宮寺から無理矢理、兵糧を徴収したのが事の発端らしい」
「なんと・・・」
依然、ざわめきは収まらない。しかし、そんな中、七之助は先ほどまでの慌てた様子から一転、きりっとした表情で他の者たちに指示を与える。
「事が本当だとすれば、すぐにでも殿からお達しがあるはずじゃ。皆、急ぎ岡崎城へ向かうぞ」
七之助の言葉に、それまでざわついていた若者たちも即座に気を切り替えて指示に従う。
「おう!」
そして、すぐさま玄関へと向かう若者たち。拙者と半之丞もゆっくりと腰を上げ、それに続く。
「覚悟は出来とるか?」
拙者は半之丞に問いかける。
「・・・お主こそ」
半之丞の言葉に拙者はにやりと笑う。
乱雑とする玄関では、草鞋(わらじ)を履いた若者たちが順次、岡崎城に向かい駆け出していた。そんな中、拙者と半之丞は草鞋を履くと岡崎城とはまったく別の方向に向かい足を進める。
唯一、七之助だけがその事に気がつき声をかける。
「おい、お主らどこへ・・・」
そこで七之助は、はっとする。
「まさか、お主たち・・・」
どうやら察しがついたようだ、拙者と半之丞の共通点に。
・・・一向宗。
拙者は、顔だけ七之助の方に振り向く。
「次会う時は、戦場じゃな」
七之助は、こちらをじっと見詰め問いかける。
「決意は揺らがんか?」
「平岩親吉、たとえ義理の兄とて儂は容赦せんぞ」
「くっ」
七之助は、一瞬顔をしかめるもすぐさま振り返り他の者たちを追って岡崎城へ向かい駆け出して行く。
秋の夜風が辺りに吹き抜ける。
拙者と半之丞、一向宗の二人だけを残して。
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