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第十一章「信康切腹」
第五十三話「水野信元」
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天正三年十二月二十七日 三河国 大樹寺
「なあ、七之助。本当に水野殿は来るのか?」
拙者は大樹寺の入り口で水野信元殿を待つ七之助に声をかける。拙者たち二人の他にも複数の兵がいるのだが、みな物陰に潜み頃合いを見計らっている。
「ん、どういうことじゃ?」
「わざわざ殺されるとわかっておって来る者もおらんじゃろう」
拙者の疑問に七之助は顔を強張らせながら答える。
「水野殿には織田殿との申し開きの機会を設ける為と伝えておる」
なるほど。
「尚更、心が痛むな」
「まったくじゃ」
そう答える七之助は心なしか震えているように見えました。
「怖いのか?」
拙者の問いに七之助は慌てる。
「あ、当たり前じゃ。主君の伯父を殺すのだぞ。怖いに決まっておろう」
そんな七之助の腕を拙者は軽く掴む。
「躊躇(ためら)うなよ」
「・・・」
「より相手を苦しませるだけじゃ」
拙者の言葉に力強く頷く七之助。
そうこうしているうちに前方より水野殿の一行が現れる。
緊張が一気に高まる。さすがの拙者も鼓動が早くなる。
「七之助、他の者は儂に任せい。お主は水野殿だけを狙うのじゃ」
「うむ」
拙者たちと水野殿の一行との距離がどんどん縮む。その距離―八間。
「はぁはぁはぁはぁ」
息の上がる七之助に、拙者は真正面を向いたまま呟く。
「落ち着け七之助」
「お、おう」
そして、大きく息を吐く七之助。
目前に迫る一行に、拙者と七之助は正対し頭を下げる。
「おおう。これはこれは、お出迎え御苦労」
水野殿の挨拶に対し、七之助は頭を下げたまま口を開く。
「お、お・・・」
緊張の余り口がうまく回らない七之助。
「ん、何じゃ?」
首を傾げる水野殿。七之助は息を整え今度は力強く言葉を放つ。
「お、織田殿の申しつけでござる!」
七之助はそう言うと、勢い良く水野殿に斬り掛かる。
「うおおおおぉぉぉ!」
「なっ!」
さすがの水野殿も油断していたのか、七之助の一撃をまともに食らう。
「ぐあ!」
鮮血が辺りに迸(ほとばし)り、水野殿はその場に倒れ込む。
水野殿の御付きの家臣たちも一瞬動揺を見せるが、すぐさま事を理解し抜刀を試みるも時既に遅し。拙者の斬撃が家臣たちを襲う。
「うあっ!」
同時に物陰に隠れていた伏兵たちも姿を現し、次々に水野殿の家臣に斬り込んで行く。水野殿の家臣が全員討たれるのにそう時間はかかりませんでした。そして、瞬く間に辺りは血の海と化す。
「う、うぅ・・・」
倒れた水野殿が顔を上げる。
「お、終わりじゃ。織田と徳川は、これで終わりじゃ」
水野殿はこちらの方に目を向け話し続ける。
「両者の架け橋となった儂を殺すとは・・・もはや、後戻りはできん。皆、皆、信長殿の狂気の炎に包まれるのだ・・・」
そして、水野殿は目を見開いたまま息を引き取る。
その姿に拙者と七之助は恐怖する。
暗殺とは、かくも後味の悪いものなのか・・・。
苦悶の拙者たちの体を冬の冷たい空気が覆う。
「なあ、七之助。本当に水野殿は来るのか?」
拙者は大樹寺の入り口で水野信元殿を待つ七之助に声をかける。拙者たち二人の他にも複数の兵がいるのだが、みな物陰に潜み頃合いを見計らっている。
「ん、どういうことじゃ?」
「わざわざ殺されるとわかっておって来る者もおらんじゃろう」
拙者の疑問に七之助は顔を強張らせながら答える。
「水野殿には織田殿との申し開きの機会を設ける為と伝えておる」
なるほど。
「尚更、心が痛むな」
「まったくじゃ」
そう答える七之助は心なしか震えているように見えました。
「怖いのか?」
拙者の問いに七之助は慌てる。
「あ、当たり前じゃ。主君の伯父を殺すのだぞ。怖いに決まっておろう」
そんな七之助の腕を拙者は軽く掴む。
「躊躇(ためら)うなよ」
「・・・」
「より相手を苦しませるだけじゃ」
拙者の言葉に力強く頷く七之助。
そうこうしているうちに前方より水野殿の一行が現れる。
緊張が一気に高まる。さすがの拙者も鼓動が早くなる。
「七之助、他の者は儂に任せい。お主は水野殿だけを狙うのじゃ」
「うむ」
拙者たちと水野殿の一行との距離がどんどん縮む。その距離―八間。
「はぁはぁはぁはぁ」
息の上がる七之助に、拙者は真正面を向いたまま呟く。
「落ち着け七之助」
「お、おう」
そして、大きく息を吐く七之助。
目前に迫る一行に、拙者と七之助は正対し頭を下げる。
「おおう。これはこれは、お出迎え御苦労」
水野殿の挨拶に対し、七之助は頭を下げたまま口を開く。
「お、お・・・」
緊張の余り口がうまく回らない七之助。
「ん、何じゃ?」
首を傾げる水野殿。七之助は息を整え今度は力強く言葉を放つ。
「お、織田殿の申しつけでござる!」
七之助はそう言うと、勢い良く水野殿に斬り掛かる。
「うおおおおぉぉぉ!」
「なっ!」
さすがの水野殿も油断していたのか、七之助の一撃をまともに食らう。
「ぐあ!」
鮮血が辺りに迸(ほとばし)り、水野殿はその場に倒れ込む。
水野殿の御付きの家臣たちも一瞬動揺を見せるが、すぐさま事を理解し抜刀を試みるも時既に遅し。拙者の斬撃が家臣たちを襲う。
「うあっ!」
同時に物陰に隠れていた伏兵たちも姿を現し、次々に水野殿の家臣に斬り込んで行く。水野殿の家臣が全員討たれるのにそう時間はかかりませんでした。そして、瞬く間に辺りは血の海と化す。
「う、うぅ・・・」
倒れた水野殿が顔を上げる。
「お、終わりじゃ。織田と徳川は、これで終わりじゃ」
水野殿はこちらの方に目を向け話し続ける。
「両者の架け橋となった儂を殺すとは・・・もはや、後戻りはできん。皆、皆、信長殿の狂気の炎に包まれるのだ・・・」
そして、水野殿は目を見開いたまま息を引き取る。
その姿に拙者と七之助は恐怖する。
暗殺とは、かくも後味の悪いものなのか・・・。
苦悶の拙者たちの体を冬の冷たい空気が覆う。
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