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第3話 村
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リルを背負って森を抜けたのは、夕暮れ時だった。
木々の隙間から差し込む橙色の光が、二人分の影を長く伸ばす。
足元には湿った土の匂い。鳥たちの鳴き声も、どこか帰り道の音に聞こえた。
「……あった、村だよ……あそこ……」
リルが指さした先、丘の向こうに小さな集落が見えた。
粗末な木の囲いに、いくつかの古びた家屋。
煙が上がる煙突が、ぽつりぽつりと並んでいる。
その光景は、どこか懐かしくて、
僕は知らないはずの景色に、胸がきゅっと締めつけられた。
「ありがとう、ユイ……助けてくれて……。
……なんで、僕を助けてくれたの?」
リルの問いは、素直な子どもらしさの中に、不思議な重さを持っていた。
僕は少しだけ立ち止まり、森の風を感じながら言葉を選んだ。
「……そこに君がいたから、かな」
本当に、それだけだった。
そしてそれはきっと、誰かに言ってほしかった言葉。
でも、誰も僕には言ってくれなかった。
だから今度は、自分が“言える側”になりたかったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
村の入口に足を踏み入れた瞬間、数人の大人たちがこちらに気づいてざわついた。
リルの姿に駆け寄ってくる人、僕を警戒する人、その視線が一斉に集まる。
「リル!? 無事だったのか!」
「どうして一人で……? 怪我は!?」
「この人が、リルを助けてくれたの!」
リルの言葉に空気が変わった。
さっきまで僕を警戒していた目が、少しずつ柔らかくなっていく。
一人のおばあさんが、僕の手を握って深々と頭を下げた。
「助けてくださって……本当に、ありがとうございました……!」
僕は何も言えなかった。
その手のぬくもりが、どこか信じられなくて、ただ黙って首を振った。
――こんなふうに、誰かに感謝されたのはいつぶりだろう。
いや、きっと、生まれて初めてだった。
その夜、僕は村の集会所のような建物に泊めてもらうことになった。
温かい食事が出され、湯を沸かしてもらい、毛布にくるまれる。
「ゆっくり休んでくださいね」
「明日の朝、ごはんを用意しておきますから」
誰も僕の“正体”を問わなかった。
どこから来たのか。なぜこんな場所にいたのか。
性別は? 種族は? 魔力は?――そんなことは誰も聞かなかった。
ただ「助けてくれた人」として、僕はそこに迎え入れられた。
◇ ◇ ◇
夜。
一人、寝台に横たわりながら天井を見つめていた。
木の板に刻まれた年輪のような模様が、揺らめく明かりの中で静かにゆれている。
――僕は、ここにいてもいいのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる。
けれど同時に、あの“ありがとう”の言葉が、胸の中で何度も反響していた。
名前をもらって、生まれなおして、
誰かに必要とされて、感謝されて――
それはきっと、僕にとっての“再生”だった。
「……おやすみ、リル」
声には出さず、そっと心の中で呟いた。
窓の隙間から吹き込む夜風が、木の扉を優しく鳴らす。
その音はまるで、僕に「おかえり」と言ってくれているようだった。
◇ ◇ ◇
そしてその夜、村の人たちの間で、ひっそりと噂が流れ始める。
――森の中で傷ついた少女を、ひとりの旅人が救ったらしい。
――その旅人は、どこか“人間じゃない”雰囲気をまとっていた。
――もしかしたら、神様の使いかもしれない。
そんな噂はまだ、村の外に出ていない。
けれど、風が吹けば、やがて遠くへと届くだろう。
その小さな風は、静かに世界を巡り始めていた。
木々の隙間から差し込む橙色の光が、二人分の影を長く伸ばす。
足元には湿った土の匂い。鳥たちの鳴き声も、どこか帰り道の音に聞こえた。
「……あった、村だよ……あそこ……」
リルが指さした先、丘の向こうに小さな集落が見えた。
粗末な木の囲いに、いくつかの古びた家屋。
煙が上がる煙突が、ぽつりぽつりと並んでいる。
その光景は、どこか懐かしくて、
僕は知らないはずの景色に、胸がきゅっと締めつけられた。
「ありがとう、ユイ……助けてくれて……。
……なんで、僕を助けてくれたの?」
リルの問いは、素直な子どもらしさの中に、不思議な重さを持っていた。
僕は少しだけ立ち止まり、森の風を感じながら言葉を選んだ。
「……そこに君がいたから、かな」
本当に、それだけだった。
そしてそれはきっと、誰かに言ってほしかった言葉。
でも、誰も僕には言ってくれなかった。
だから今度は、自分が“言える側”になりたかったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
村の入口に足を踏み入れた瞬間、数人の大人たちがこちらに気づいてざわついた。
リルの姿に駆け寄ってくる人、僕を警戒する人、その視線が一斉に集まる。
「リル!? 無事だったのか!」
「どうして一人で……? 怪我は!?」
「この人が、リルを助けてくれたの!」
リルの言葉に空気が変わった。
さっきまで僕を警戒していた目が、少しずつ柔らかくなっていく。
一人のおばあさんが、僕の手を握って深々と頭を下げた。
「助けてくださって……本当に、ありがとうございました……!」
僕は何も言えなかった。
その手のぬくもりが、どこか信じられなくて、ただ黙って首を振った。
――こんなふうに、誰かに感謝されたのはいつぶりだろう。
いや、きっと、生まれて初めてだった。
その夜、僕は村の集会所のような建物に泊めてもらうことになった。
温かい食事が出され、湯を沸かしてもらい、毛布にくるまれる。
「ゆっくり休んでくださいね」
「明日の朝、ごはんを用意しておきますから」
誰も僕の“正体”を問わなかった。
どこから来たのか。なぜこんな場所にいたのか。
性別は? 種族は? 魔力は?――そんなことは誰も聞かなかった。
ただ「助けてくれた人」として、僕はそこに迎え入れられた。
◇ ◇ ◇
夜。
一人、寝台に横たわりながら天井を見つめていた。
木の板に刻まれた年輪のような模様が、揺らめく明かりの中で静かにゆれている。
――僕は、ここにいてもいいのだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる。
けれど同時に、あの“ありがとう”の言葉が、胸の中で何度も反響していた。
名前をもらって、生まれなおして、
誰かに必要とされて、感謝されて――
それはきっと、僕にとっての“再生”だった。
「……おやすみ、リル」
声には出さず、そっと心の中で呟いた。
窓の隙間から吹き込む夜風が、木の扉を優しく鳴らす。
その音はまるで、僕に「おかえり」と言ってくれているようだった。
◇ ◇ ◇
そしてその夜、村の人たちの間で、ひっそりと噂が流れ始める。
――森の中で傷ついた少女を、ひとりの旅人が救ったらしい。
――その旅人は、どこか“人間じゃない”雰囲気をまとっていた。
――もしかしたら、神様の使いかもしれない。
そんな噂はまだ、村の外に出ていない。
けれど、風が吹けば、やがて遠くへと届くだろう。
その小さな風は、静かに世界を巡り始めていた。
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