誰にも気づかれなかった僕の生き方が、世界を変えていました。

シロトネ

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第8話 勇者イグナス

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旅人が村に現れたのは、日が傾きかけた頃だった。

肩に旅袋を背負い、マントの裾には土埃がついていた。
武器らしきものは見えないが、所作には無駄がなく、どこか“場慣れ”した雰囲気を纏っている。

「……ここに、“神の使い”がいると聞いて」

そう口にした彼の声は穏やかで、けれど確信に満ちていた。


集まった村人たちはざわめいた。

「あの旅人、どこから……?」
「神の使いって……やっぱりユイさんのことじゃ……?」

視線が僕に集まる。
リルが不安そうに僕の腕をぎゅっと掴んだ。


「その噂、どこで聞いたの?」

僕は旅人に問いかける。

彼はにこりともせず、真っ直ぐに僕を見つめて言った。

「東の街で。『森の中に、無言で人を救う旅人がいる』と。
――“性別を持たず、年齢も不明で、光をまとう存在”だと」

……そこまで、噂が広がっているのか。

「僕は、ただ人を助けただけだよ」
「ええ、だからこそ、確認したかったんです。
……あなたが、“ユイ”という名を名乗っているのかどうかを」


一瞬、時間が止まったような気がした。

なぜ、名前まで――?


「君は……僕を知ってるの?」

「正確には、“君のことを探している人たち”がいる」

その言葉に、僕の背筋がひやりと冷えた。


「安心してください。僕はあなたに危害を加えるつもりはない。
ただ、これだけは伝えておく。あなたの“存在”は……静かに、でも確実に世界に波紋を生んでいます」

彼は、懐から一枚の紙を取り出した。

それは――手配書だった。


◆◆◆
《神の代行者 ユイ》
性別不明/年齢不明/目撃情報:各地にて癒し・結界・守護行動
危険性:不明 接触要注意
◆◆◆


……“手配書”ではある。
けれどそこには、報奨金も罪状も書かれていない。

まるで、“この人物を見かけたら報告せよ”というだけの、静かな追跡のようだった。


「誰がこれを……?」
「王都です。けれど、“捕まえる”というより“調べたい”が近いでしょうね。
君の存在が、魔王領の動きと時を同じくして現れた。……偶然だと思いますか?」


僕は答えられなかった。

知らないところで、僕という存在は“何か”と結びつけられ、
誰かの目に、記録され、追われはじめている。


「……今のところ、君の居場所を王都に知らせるつもりはないよ。
でも、今後どうするかは――君自身が決めるべきだ」

旅人はそう言って、背を向けた。

「僕の名はイグナス。これ以上の干渉はしない。けれど……君が旅に出ることを選んだなら、次は“味方”として会おう」

そう言って、彼はゆっくりと村を離れていった。

◇ ◇ ◇

「ユイ……本当に、何者なの?」

夕暮れの静かな道で、リルが僕に問いかけた。

僕は空を見上げて、少しだけ笑う。

「……わからないよ。僕自身が、まだ自分を知らないから」
「でも、わたし……ユイのこと、怖くないよ」

リルは強く、まっすぐにそう言った。

「むしろ……ユイがいてくれるなら、どこに行っても怖くないと思う」

その言葉に、胸が熱くなった。


たしかに、何かが変わり始めている。
僕の知らないところで、僕の存在が“意味”を持ち始めている。

でも――

それでも僕は、
今日も誰かの隣で、静かに生きていきたかった。
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