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ヒトのキョウカイ2巻(エンゲージネジを渡そう)

23 (胃袋を掴んだ物が世界を征する)

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 午後7時…エルダー主催の夕食に誘われ、レナ達は会議室に向かう。
 会議室は 良くも悪くも普通の部屋で、飾りの類も必要最低限しかない。
 中心には 大きな長いテーブルが置かれ、質の良い椅子が等間隔に並んでいる。
 扉から見て奥側の列の左からパイロットスーツの上から外交用のスーツを着た私、トヨカズ、ナオ、ロウ、ジガ、クオリアの順で座っていて、手前側にはコンパチ、ハルミ…そして1席開けてジェームズ・天尊が座り、秘書であろうドラムが横に着いている…。
「では、Thanks for theいただきます food。」
 エルダーが手を胸に当て料理に軽く会釈えしゃくする。
 他のヒトもそれぞれの風習に従い、バラバラな形で食べ物に感謝をする。
 テーブルに並んでいる食事は ロウが作ったタケノコ料理以外は 全てARで外交での食事とは関係ない見た目だが、全て誰かが好きな食べ物になっている。
 その情報をどこで仕入れたのか?
 多分…ケインズから私達の購入履歴を抜き出して、好物の当たりを付けたのだろけど…。
 やっぱり犯人は クオリアでしょうね…。
 今回はクオリアは私達に協力してくれる気は無いのか 中立を保つ為、両者から一番遠くの席にいる。
 私の席から取りやすい位置にある料理はステーキ…。
 立ち上がり、ステーキを丁寧にお皿に慎重に盛り付ける。
 お皿に盛り付けたステーキを目の前に置いて綺麗に座り、ナイフで切り分けて行く。
 その動作一つ一つが相手に見せても美しく見えるように振る舞う。
 ここに来る前にARのテーブルマナーで散々やった事だ。
 エルダーは 食器に先割れスプーンを使っている事から、砕けた夕食にするつもりなのでしょう…。
 覚えたシチュエーションも意味が無く、恐らく適当に食べていても問題は無いでしょうが、食事も外交の一種であり こちらも手は抜けない。
 レナが切り分けた肉を食べる…。
 (何これ?お、美味しい…)
 口に入れ、肉を噛む…肉の繊維は歯に程よい抵抗を感じさせ、仮想の肉汁が口の中に広がり、味を脳に伝達する。
 世界中探してもこんな肉を持つ動物など、いない仮想の肉…。
 肉と言う形を残しつつ、揺らぎも含めた人外レベルでの味覚パラメーターの完璧な調整…。
 これは、もはや麻薬の域に達している。
 レナの顔が緩むが慌てて引き締める。
 甘味料の砂糖の生産の為に大量の奴隷を買い付け、砂糖農場で死ぬまで働かせた映画を見た事があるけど…。
 なるほど…これが手に入るなら どんな事でもやるでしょうね。
 だけど、交渉の為にも胃袋を掌握しょうあくされる訳にはいかない。
 レナは理性を保ちつつ それでもフォークが勝手に動く。
「うんめぇ」
「確かに…これ如何どうやって出してるんだ?」
 ナオとトヨカズは 牛丼にラーメン…身近な食べ物だからでしょう…。
 クオリティの凄さに驚いた後は 快楽堕ちし、箸を動かす装置と化している。
「気に入って貰えたようで何よりです。」
「とは言え、少し過剰のような気もしますが…。」
 レナがどうにか冷静を取りつくろい話す。
「それは これからの改善でしょうか…。」
 エルダーは キャベツの野菜スープを先割れスプーンですくい食べる。
 飲み物は 蜂蜜酒ミードだ。
 クオリアとカナリアは飲み物だけ…。
 ジガはハンバーガー、ハルミはミートキューブ、天尊はピザ…。
 そしてまだARを使えないロウはタケノコの酢漬け…つまり メンマをかじっている。

「そう言えば、ハルミ…ロウさんのAR用マイクロマシンは いつになりますか?
 この世の中でAR無しはキツイでしょう…。」
「あ~持って来てる、だがコイツ 錠剤じょうざいを飲めるのかね…。」
 ロウは野生児だ…当然薬なんて服用した事が無いだろうし、異物が喉に入れば吐き出そうとする。
 無理やり飲まそうとすれば 薬嫌いが記憶され、今後は飲み込む前に逃げるだろう。
「ロウ、薬は飲めるか?」
 ハルミがロウに聞く。
「一度だけ、飲んだ。」
「そうか…じゃあコイツを飲んでくれ…。」
「ロウ、元気、薬、いらない」
 確かに元気なら薬はいらないな…。
「いやいや本来、薬ってのは元気な時に飲むもんなんだよ。」
 これが旧時代とかだったら、発症後に薬を飲むが、今は体内にあるマイクロマシンが リアルタイムでバイタルを収集している。
 その為、まだ自覚発症が出ていない徴候ちょうこう段階で潰す事が出来るようになった。
 発症前に潰した方が、簡単でコストも安く済むからだ。
「じゃあ、ロウ、飲む」
 ハルミがロウにARとバイタルチェックのマイクロマシンを混ぜた薬を渡し、口に入れる…。
 が…ガリガリと歯で錠剤を割り、飲み込んだ…。
「あれ、マイクロマシン全滅ですか?」
 少し笑いながらコンパチが言う。
「3割生きていればどうにかなるけど…念のためもう1錠入れとくか…。」
 ハルミは予備用のもう一錠ロウに渡す。
「出来るだけ噛まずに飲み込んでくれ」
「分かた」
 ロウは一回だけ噛んで錠剤を割り飲み込んだ…。
 さすがに噛まずに飲み込むのは無理か…。
「さて…後はデバイスを渡せばOK…」
「あいよ…」
 ジガが ロウにデバイスを渡す。
 デバイスは 腕時計型でデジタル表示の時間の上に竹のマークが印刷されている。
「これ?デバイス?」
 付け方が分からずデバイスを回して観察している。
「つけてやる…腕を貸しな」
「ロウ、腕、取れない。」
「なら腕上げて…。」
 ロウがジガに向けて両腕を上げ、左手首に腕時計を取り付ける。
「明日の朝まで外すなよ…。」
「ロウ、外さない」
 ロウは手首を回し、腕時計デバイスを見る…楽しそうで何よりだ。

「さて、お腹も膨れた事ですし、そろそろ交渉を始めましょう…。
 書類はありますか?」
「はい エルダー…こちらが私達、砦学園都市の要望書です。
 確認をお願いします。」
 レナが書類が入っている 2冊バインダーを出して、1冊をエルダーに渡す。
 もう1冊はコピーでこちらが見る為の物だ。
 エルダーが書類を受け取ると、流し読みするようにペラペラとページをめくっていく。
「むふむふ…大筋では問題無さそうですね…。」
 実際は流し読みをしているのではなく、しっかりと読んでいる…。
 黙読のスピードが尋常で無いレベルで速いだけだ。
「じゃあいくつか…。
 『砦学園都市のワーム進行時の防衛規定』ですが『砦学園都市がワームによる攻撃を受けた際に エレクトロンが戦闘支援をする場合 砦学園都市エレクトロン大使館 駐在職員に限って 戦闘を許可する。』とありますが、こちらからの戦力は送れないのでしょうか?」
 レナは 自分のバインダーから項目のページを見つけ、じっくり読んだ上で答える。
「名目上になりますが、これは砦学園都市エレクトロン大使館が 外敵によって破壊されない為の自衛処置です。
 ですが電気が使えなくなれば 大使館運営に支障が出ますので、発電設備の攻撃にも介入は出来ますし、都市が攻撃をされる事で運営に支障が出るなら他に介入は可能です。」
 駐在職員のクオリアに限れば、名目次第でワームに対して 自由に防衛する事が出来る。
 前回の反省を含めクオリアが適切な火力で戦うなら、私が文句を言わせない。
「こちらからの戦力の投入は?」
「砦学園都市は 自衛権を持つ都市です。
 ワームに対しても防衛可能であり、自衛戦力で対処します。
 ただ、こちら側と駐在外交官の許可が出れば投入は可能です。
 また、前回の皆さんのように、観光に来た際の自衛行動は 人権として許可されています。
 ですが、自衛の範囲を超えるような戦闘は エレクトロン大使館の管理責任として処罰されます。」
 公式文書に載せられない物の役員には既に通達している。
 長年の平和で緩み切った軍は あの事件後にワームへの対策を徹底的に訓練して鍛えている。
 都市周辺にも遠隔起爆型の地雷原を広範囲に設置予定で、地上のワームに対しては まだまだ戦える。
 ただ、戦闘の度に学習して進化し続けるワームに対しては いつかは防衛が出来なくなるし、飛行タイプが出てきた時の対処は難しい。
 その為 都市の理念で自衛を貫いても限界がある。
 だが、都市の特性上すべてを自前でやらないと行けない…。
 なので こんな解答になってしまう。
「事情は分かりました…次に『軍事物資の購入について』の項目なのですが…何故《なぜ》…私達に?」
 レナの話を聞きつつ、自前の電気式の簡易ヒーターで 本物のコーヒーを作って飲んでいる天尊がこちらを向く。
「理由は2つ…天尊が基本、軍事物資の販売や輸送をやっていない事、そして輸送の際には 各国に記録が残ります…それを回避したいのです。」
 天尊は 敵だろうが味方だろうが関係なく、対価さえ払えば 物を仕入れて届けてくれる。
 ただ、弾薬や銃などの殺傷兵器は 敵対関係にある顧客の信用を落とす為やっていない。
 送る場合は両国と周辺国の合意が必要になる…。
 つまり、軍事物資を他国に依存している事が発覚してしまう…これは都市にとって大きな弱みとなる。
「もう1つは?」
「……私達 政府は 無搭乗 戦闘機、AQB、エアトラS2などのオーパーツを購入したいからです。」
 ナオとトヨカズが レナの意外な言葉に驚き、レナの方向を見る。
 クオリアとエルダーは驚いた表情をする。
 すべてを自前で生産出来るようにするのが 砦都市の理念のはずだ…。
 レナが それを私が破ろうとしている。
「すべての物を自前で生産出来るようにする…その方針には変わりありません。
 ですが、現実問題それでは遅すぎます。
 生き残る事を優先した場合、オーパーツの購入及び、使用は妥当だと考えます。」
「それは委員会で決められた総意ですか?」
 エルダーが確認を取る。
「いえ…オーパーツを購入するかまでは 合意は取れていませんが、20mm弾などの自前で製造可能な物資については、製造時間の短縮と言う理由で合意が取れています。
 ですが、これに対しても、委員会で穏便に話が進まなかった場合、私は『強権』を使うつもりです。」
 砦学園都市は 王制で、毎月1万トニーを払えば議員になれるが 民主主義はあくまで 王が考える材料として運営に委託している物だ。
 最終決定は王なので多数決では決まらないし、本来なら そもそも民主主義をやる必要性は無く、難なら独裁政治をやっても良い。
 それでも民主主義をやるのは、王が国民から暗殺される可能性がある為だ。
 民意に逆らい続け、下手に強権を使い続けると、2キロ先から対物ライフルで頭を吹っ飛ばされる可能性を警戒しながら生きて行かなければ ならなくなる。
 そうなれば精神がすり減るし、それに対応する事も大変な労力をともなう…。
 それなりにペナルティがあるのだ。
「分かりました…要望書を全面的に受け入れましょう。」
 エルダーはレナの目が放つ覚悟を感じ取り、バインダーの最後の記入欄にサインをする。
「お疲れ様です…明後日、ワームの対策会見を行います。
 それまではごゆっくりして行ってください。」
 エルダーはレナと契約の握手をし、一礼すると会議室から出て行った。
「ありがとうございます」
 バタン
 ……………。
 …………………………。
「はぁ~緊張したぁ~」
 今までの外交官としての化けの皮が剥がれ、いつも通りのレナに戻る。
 椅子を後ろに引き、足を思いっきり延ばしてから組む。
「似合わない事をやるからだっての…。」
 ジガがARウィンドウを操作して レナの前にステーキを出す。
「まだ食べ足りなかったんだろ」
「あっ…まぁね…胃袋を掌握《しょうあく》されかけけてたし…。」
 テーブルマナーそっちのけで ガツガツとステーキを食べる。
「ん~やっぱ美味しい」
 取りつくろっていた顔の表情も緩む…。
「そりゃ…美味さアルゴリズムで90%を叩き出す料理だからな」
 ジガが笑いながら言う。
「90?」
 ナオが聞く。
「前にレナが描いた焼肉が70%…人の料理の限界値が80%…。
 だから人以上の味を味わった訳だ。」
 クオリアが補足する。
「まるで麻薬だねぇ常用したら危なそう」
「麻薬みたいな幻覚作用とかは無いが、実際かなり似ている。
 味覚、触覚、視覚の刺激から間接的に側坐核そくざかくを刺激していんだから…。
 これは食事会用の特別品…。
 日常的に食べ続けると舌が肥えて、普通の食事が出来なくなる。」
「もう、ほとんど頭のハッキングじゃない…。」
 ARマイクロマシンはセキュリティ上、五感にしか無く、それ以外の部分は介入は出来ない。
 だけど、今回の食事は間接的に操る事が出来ると証明された。
 これなら麻薬のように、人を従《したが》える事も出来るだろう。
「結局の所…最後は良心って事ね」

「ふふ…」
 会議室の壁は防音素材で出来ていますが、それでも音で壁が僅《わず》かですが振動します。
 私はドアに手を当て、振動から音声を聞き取り、盗み聞きをします。
「いいを持ったみたいですね…アントニー…そして、その友人も…。」
 あの状態では レナさんの本音を引き出せないと思ったので、私は退席しましたが…どうやら正解だったようです。
 そして『午後8:00会議室に来られたし』
 こちらが、盗み聞きをしている事に気づいたのか…人の可聴域外の周波数でドアに向かって誰かが 喋って来ました。
 発信者は多分、ジェームズの隣にいたドラムの『ジム』…。
 ジェームズが コーヒーを飲みながら、ジムと手を握って接触回線で 何かしら会話をしていたと言う事は把握していましたが…こんな形で呼び出されるとは思っていませんでした。
「面白くなってきましたね…。」
 コンパチは 笑みを浮かべ、手を放し立ち会議室を去った。
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