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番外編ー見習い騎士の誓いー
01
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レジーナ文庫様より【魅了が解けた世界では】の文庫版が2/9頃発売です。
書き下ろしはラウレッタの話です。どうぞ宜しくお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一人の男が王太子の執務から連れ出され、王宮内にある一般牢に入れられた。
地下牢とは違い、裁判前の貴族も収監される牢屋とあって中は清潔に保たれ、シーツの掛かった簡易ベッドの他にテーブルと椅子が置かれていた。
「まったく、行方知れずになっていたかと思えば今度は王太子殿下に乱暴を働くなんて! そこで頭を冷やしてください!」
自分の部下に押し込まれるようにして牢屋に入れられた男は、怒りが治まるまで動き回った後ベッドに腰掛けた。
ジークレイ・キャスナー。
王国騎士団総長の息子で、自らも王宮を警備する第四部隊隊長である。
今は訳あって隊服を身に付けておらず、親友である王太子に暴力を振るおうとして牢屋に入れられた。
一体、どこから人生の歯車が狂い始めてしまったんだろうか。
憧れの騎士になって、愛する幼馴染みと結婚できたというのに。
「……ラウ、ラウレッタ……」
ジークレイはズボンのポケットから、ラウレッタに渡すよう頼まれたピンク色のコサージュを取り出してそっと両手に包んだ。
渡しに行ったのに、渡せなかった。
結婚して同じ屋敷に住んでいたのに、隣国から戻ってくるとそこに妻の姿はなかった。離縁の手続きが済んでいると知らされたのは、その直後だ。
死ぬまで傍にいると約束したのに。
守ってやると誓ったのに。
物心ついた時から隣にいて、同じものを見ながら成長し、穏やかに流れていく時間の中で、その幸せはずっと続くものだと思っていた。
──あの女が現れるまでは。
稀代の悪女と呼ばれた公爵令嬢セレンティーヌが、国外追放になってすぐ。
苛めの標的にされていた男爵令嬢ジュリエナが公爵家の養女となり、唯一の王位継承者を持つ王太子エリオットとの婚約が決まった瞬間、ジークレイは親友が羨ましかった。
もし、自分に婚約者がいなければジュリエナに振り向いてもらえたかもしれない。
──ラウレッタ・コンラルさえいなかったら。
目の前で仲睦まじく過ごすエリオットとジュリエナを見るたび、ジークレイの苛立ちは募っていった。
一方、ラウレッタは追放されたセレンティーヌをいつまでも心配し、ジュリエナに対する反抗的な態度を変えようとはしなかった。それどころか、どんなに孤立しようが、自分は間違っていないと反発までしてきた。
王太子であるエリオットと正式に婚約したジュリエナは、いずれ王妃となる女性だ。近い将来国母となる女性に牙を向いて、我が家門にまで反逆の疑いが掛けられては困る。
正直、婚約を解消したかったが、昔から決まっていた約束を反故にすることはできなかった。それに隣同士の領地で生まれ、何世代にも渡って続いてきた付き合いだ。我慢する他なかった。
そして、ジークレイはラウレッタと婚姻した。
結婚式はキャスナー領で盛大に行われた。ラウレッタは、キャスナー領でも自分の領地と同じように愛されてきた。幼い頃から頻繁に通い、早くから領民の一員になっていたのだ。
──だが、それも過去のことだ。
追放された公爵令嬢との関係や、考えを改めようとしないラウレッタの事情を知って、ジークレイを始め両親や親族、使用人からの視線は冷ややかだった。
自分たちの間にあった「愛」などというものは、とうに壊れていたのだ。
それでも結婚すれば、初夜を迎えなければいけない。
嫡子のジークレイには世継ぎが必要だ。彼は寝室で待つラウレッタの元に訪れ、早々に済ませる事にした。
その時、ふとある考えが浮かんだ。
追放された友を未だに思い続ける幼馴染みに、どんな仕打ちをしたら、ジュリエナが味わってきた苦痛を与えることができるのか。
強い眼差しで批判してくる灰色の瞳を、二度と逆らえないようにするのにはどうすればいいのか。
婚姻と同時にジークレイのサインが入った離婚証明書を手渡しても、ラウレッタは何も言わずに受け取った。彼女の、どこか諦めに似た態度が気に入らなかった。
柔らかな肉体を組み敷いたジークレイはラウレッタを見下ろした。
これから抱くのがラウレッタではなく、彼女だったら。
ジュリエナだったら、どんなに良かっただろう。
「……っ、ジュリ、エナ……っ」
初めての体を乱暴に抱きながら、愛する女性の名をラウレッタの耳元で漏らした。ジークレイはラウレッタを、ジュリエナの身代わりとして抱いたのだ。
驚愕と絶望の色を浮かべる灰色の瞳を見て気持ちが昂った。
高揚するジークレイに、ラウレッタは激しく泣き喚いて嫌がったが、意識を失うまで抱き続けた。
翌日、失望のどん底に突き落とされたラウレッタが何を考え、何を決意したのか、その時のジークレイには知る由もなかった──。
★ ★
王都から馬車で七日。
南下した所に、切り取って折り畳んだらぴったりと重なるような二つの領地が並んでいた。
片方をキャスナー領、片方をコンラル領。
その二つの領地はあまりに形が似ていることから双子領とも呼ばれ、どちらも代々続く伯爵家が治めてきた。
両者は昔から固い絆で結ばれ、王家が割って入るのも困難だ。
しかし、両家とも揺るぎない忠誠を王家に誓っており、相反することはなかった。
とくにキャスナー家は王家に仕える騎士を多く輩出し、現キャスナー伯爵は王国騎士団の総長を務めている。
そして彼の息子もまた、騎士になる夢を幼い頃から抱いていた。
一方、コンラル家は優秀な武具職人を集め、多くの工房や鍛冶屋を抱えていた。
国に流出している剣や盾の大半はコンラル領地で作られた物と言っても過言ではない。
実用性のある武器から、細かな装飾が施された鑑賞用の武器まで、様々な用途に合わせて作られている。
コンラル領地で取れる鉱石を資源とし、キャスナー領地から運ばれてくる木炭を燃料として加工していた。
両方の領地が切っても切れない縁で結ばれていたのには、双方にとって必要な資源を保有していたからに他ならない。
彼らは定期的に集まって家族ぐるみの付き合いをし、また時に政略結婚を繰り返して、両家を繋ぐ血筋を残していった。
キャスナー伯爵家の屋敷に、一台の馬車が止まった。
中から真っ赤な髪に上品な 臙脂色のドレスを着た女性と、グレーの落ち着いた装いに灰色の髪と瞳をした男性が降りてきた。
男性の両手には三歳ほどの小さな女の子が抱きかかえられ、愛らしい顔を覗かせている。女の子はハニーピンクの髪色に灰色の瞳をし、黄色のドレスを着ていた。
「ようこそ、コンラル伯爵夫妻!」
出迎えたのはキャスナー伯爵とその家族、そして大勢の使用人たちだった。
キャスナー家の血筋は皆、真っ赤な髪が特徴的だ。キャスナー一族から嫁いでいったコンラル伯爵夫人もまたその血が入っている。
それぞれ見知った相手と和やかに挨拶を交わし、短い談笑で盛り上がった。
「さぁ、ラウレッタもご挨拶して。持ってきたお菓子をあげるのでしょう?」
コンラル伯爵夫人が夫の腕に抱かれた娘に声を掛け、両手で大切そうに抱える小さなバスケットを指差した。
女の子が力強く頷くと、コンラル伯爵は娘をそっと地面に下ろした。
するとそこへ、真っ赤な髪と茶褐色の目をした男の子が近づいてきた。
女の子が恥ずかしそうにバスケットを差し出すと、男の子もまた気恥ずかしそうに口を開いた。
「来たのか、チビ!」
「──っ!」
二人の体格は殆ど変わりなかったが、ジークレイの発した一言にラウレッタの頬は膨らみ、手にしていたバスケットを振り上げた。
キャスナー伯爵家長男、ジークレイ・キャスナー、三歳。
コンラル伯爵家長女、ラウレッタ・コンラル、三歳。
二人にとって今日は、正式に婚約を結ぶ日──ラウレッタのバスケットに殴られたジークレイと、ジークレイに侮辱されたラウレッタの、二人の泣き声から始まったという。
……後に、ラウレッタは言った。
伸びるはずだった身長が途中で止まってしまったのは、ジークレイのせいだと。
書き下ろしはラウレッタの話です。どうぞ宜しくお願いします。
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一人の男が王太子の執務から連れ出され、王宮内にある一般牢に入れられた。
地下牢とは違い、裁判前の貴族も収監される牢屋とあって中は清潔に保たれ、シーツの掛かった簡易ベッドの他にテーブルと椅子が置かれていた。
「まったく、行方知れずになっていたかと思えば今度は王太子殿下に乱暴を働くなんて! そこで頭を冷やしてください!」
自分の部下に押し込まれるようにして牢屋に入れられた男は、怒りが治まるまで動き回った後ベッドに腰掛けた。
ジークレイ・キャスナー。
王国騎士団総長の息子で、自らも王宮を警備する第四部隊隊長である。
今は訳あって隊服を身に付けておらず、親友である王太子に暴力を振るおうとして牢屋に入れられた。
一体、どこから人生の歯車が狂い始めてしまったんだろうか。
憧れの騎士になって、愛する幼馴染みと結婚できたというのに。
「……ラウ、ラウレッタ……」
ジークレイはズボンのポケットから、ラウレッタに渡すよう頼まれたピンク色のコサージュを取り出してそっと両手に包んだ。
渡しに行ったのに、渡せなかった。
結婚して同じ屋敷に住んでいたのに、隣国から戻ってくるとそこに妻の姿はなかった。離縁の手続きが済んでいると知らされたのは、その直後だ。
死ぬまで傍にいると約束したのに。
守ってやると誓ったのに。
物心ついた時から隣にいて、同じものを見ながら成長し、穏やかに流れていく時間の中で、その幸せはずっと続くものだと思っていた。
──あの女が現れるまでは。
稀代の悪女と呼ばれた公爵令嬢セレンティーヌが、国外追放になってすぐ。
苛めの標的にされていた男爵令嬢ジュリエナが公爵家の養女となり、唯一の王位継承者を持つ王太子エリオットとの婚約が決まった瞬間、ジークレイは親友が羨ましかった。
もし、自分に婚約者がいなければジュリエナに振り向いてもらえたかもしれない。
──ラウレッタ・コンラルさえいなかったら。
目の前で仲睦まじく過ごすエリオットとジュリエナを見るたび、ジークレイの苛立ちは募っていった。
一方、ラウレッタは追放されたセレンティーヌをいつまでも心配し、ジュリエナに対する反抗的な態度を変えようとはしなかった。それどころか、どんなに孤立しようが、自分は間違っていないと反発までしてきた。
王太子であるエリオットと正式に婚約したジュリエナは、いずれ王妃となる女性だ。近い将来国母となる女性に牙を向いて、我が家門にまで反逆の疑いが掛けられては困る。
正直、婚約を解消したかったが、昔から決まっていた約束を反故にすることはできなかった。それに隣同士の領地で生まれ、何世代にも渡って続いてきた付き合いだ。我慢する他なかった。
そして、ジークレイはラウレッタと婚姻した。
結婚式はキャスナー領で盛大に行われた。ラウレッタは、キャスナー領でも自分の領地と同じように愛されてきた。幼い頃から頻繁に通い、早くから領民の一員になっていたのだ。
──だが、それも過去のことだ。
追放された公爵令嬢との関係や、考えを改めようとしないラウレッタの事情を知って、ジークレイを始め両親や親族、使用人からの視線は冷ややかだった。
自分たちの間にあった「愛」などというものは、とうに壊れていたのだ。
それでも結婚すれば、初夜を迎えなければいけない。
嫡子のジークレイには世継ぎが必要だ。彼は寝室で待つラウレッタの元に訪れ、早々に済ませる事にした。
その時、ふとある考えが浮かんだ。
追放された友を未だに思い続ける幼馴染みに、どんな仕打ちをしたら、ジュリエナが味わってきた苦痛を与えることができるのか。
強い眼差しで批判してくる灰色の瞳を、二度と逆らえないようにするのにはどうすればいいのか。
婚姻と同時にジークレイのサインが入った離婚証明書を手渡しても、ラウレッタは何も言わずに受け取った。彼女の、どこか諦めに似た態度が気に入らなかった。
柔らかな肉体を組み敷いたジークレイはラウレッタを見下ろした。
これから抱くのがラウレッタではなく、彼女だったら。
ジュリエナだったら、どんなに良かっただろう。
「……っ、ジュリ、エナ……っ」
初めての体を乱暴に抱きながら、愛する女性の名をラウレッタの耳元で漏らした。ジークレイはラウレッタを、ジュリエナの身代わりとして抱いたのだ。
驚愕と絶望の色を浮かべる灰色の瞳を見て気持ちが昂った。
高揚するジークレイに、ラウレッタは激しく泣き喚いて嫌がったが、意識を失うまで抱き続けた。
翌日、失望のどん底に突き落とされたラウレッタが何を考え、何を決意したのか、その時のジークレイには知る由もなかった──。
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王都から馬車で七日。
南下した所に、切り取って折り畳んだらぴったりと重なるような二つの領地が並んでいた。
片方をキャスナー領、片方をコンラル領。
その二つの領地はあまりに形が似ていることから双子領とも呼ばれ、どちらも代々続く伯爵家が治めてきた。
両者は昔から固い絆で結ばれ、王家が割って入るのも困難だ。
しかし、両家とも揺るぎない忠誠を王家に誓っており、相反することはなかった。
とくにキャスナー家は王家に仕える騎士を多く輩出し、現キャスナー伯爵は王国騎士団の総長を務めている。
そして彼の息子もまた、騎士になる夢を幼い頃から抱いていた。
一方、コンラル家は優秀な武具職人を集め、多くの工房や鍛冶屋を抱えていた。
国に流出している剣や盾の大半はコンラル領地で作られた物と言っても過言ではない。
実用性のある武器から、細かな装飾が施された鑑賞用の武器まで、様々な用途に合わせて作られている。
コンラル領地で取れる鉱石を資源とし、キャスナー領地から運ばれてくる木炭を燃料として加工していた。
両方の領地が切っても切れない縁で結ばれていたのには、双方にとって必要な資源を保有していたからに他ならない。
彼らは定期的に集まって家族ぐるみの付き合いをし、また時に政略結婚を繰り返して、両家を繋ぐ血筋を残していった。
キャスナー伯爵家の屋敷に、一台の馬車が止まった。
中から真っ赤な髪に上品な 臙脂色のドレスを着た女性と、グレーの落ち着いた装いに灰色の髪と瞳をした男性が降りてきた。
男性の両手には三歳ほどの小さな女の子が抱きかかえられ、愛らしい顔を覗かせている。女の子はハニーピンクの髪色に灰色の瞳をし、黄色のドレスを着ていた。
「ようこそ、コンラル伯爵夫妻!」
出迎えたのはキャスナー伯爵とその家族、そして大勢の使用人たちだった。
キャスナー家の血筋は皆、真っ赤な髪が特徴的だ。キャスナー一族から嫁いでいったコンラル伯爵夫人もまたその血が入っている。
それぞれ見知った相手と和やかに挨拶を交わし、短い談笑で盛り上がった。
「さぁ、ラウレッタもご挨拶して。持ってきたお菓子をあげるのでしょう?」
コンラル伯爵夫人が夫の腕に抱かれた娘に声を掛け、両手で大切そうに抱える小さなバスケットを指差した。
女の子が力強く頷くと、コンラル伯爵は娘をそっと地面に下ろした。
するとそこへ、真っ赤な髪と茶褐色の目をした男の子が近づいてきた。
女の子が恥ずかしそうにバスケットを差し出すと、男の子もまた気恥ずかしそうに口を開いた。
「来たのか、チビ!」
「──っ!」
二人の体格は殆ど変わりなかったが、ジークレイの発した一言にラウレッタの頬は膨らみ、手にしていたバスケットを振り上げた。
キャスナー伯爵家長男、ジークレイ・キャスナー、三歳。
コンラル伯爵家長女、ラウレッタ・コンラル、三歳。
二人にとって今日は、正式に婚約を結ぶ日──ラウレッタのバスケットに殴られたジークレイと、ジークレイに侮辱されたラウレッタの、二人の泣き声から始まったという。
……後に、ラウレッタは言った。
伸びるはずだった身長が途中で止まってしまったのは、ジークレイのせいだと。
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