魅了が解けた世界では

暮田呉子

文字の大きさ
20 / 24
番外編ー見習い騎士の誓いー

02

しおりを挟む
 キャスナー領──キャスナー伯爵家の中庭では、婦人たちによる優雅なお茶会が開かれていた。

「お聞きになって? エリオット王子殿下の婚約者がオグノア公爵家のご息女に決まったそうよ」
「ええ、王都にいる夫より知らせが。オグノア公爵家は王家の血も引いている名門中の名門。殿下の婚約者として申し分ありませんわね」
「公爵家に殿下と同じ年のご息女が生まれて良かったわ。もしいらっしゃらなかったら、わたしくの娘も婚約者候補として名を連ねているところでしたわ」
「どちらにしても、早々に婚約を交わしておいて正解でしたわね」

 キャスナー家の血筋であるコンラル伯爵夫人は、キャスナー伯爵の従妹にあたり、キャスナー伯爵夫人とも旧知の仲だ。
 二人が揃うと両者の親族や、友人が彼女たちのお茶会に招待され、話に花を咲かせるのだった。
 
 その頃、屋敷の敷地にある訓練所では、十歳にも満たない男の子が木剣を握り締め、指南役から剣術の手解きを受けていた。
 キャスナー伯爵家の長男、ジークレイだ。
 彼は小さな体で木剣を自由自在に操り、教えられた通りにこなしてみせた。
 まるで踊っているような剣捌きに、思わず魅入ってしまう。
 指南役から「見事です」と誉められたジークレイは満足そうに胸を張り、屈託のない笑顔を溢した。
 訓練が一時休憩に入ると、ジークレイは訓練所の観覧席に走っていった。

「ラウレッタ!」

 片手を大きく上げて駆けて行った先には、小さな女の子が座っていた。彼女の後ろには侍女や使用人が控えている。

「どうだった? おれの剣術!」
「わたしに聞かれても分からないわ」
「すごい! とか、かっこいい! とかあるだろ?」

 ジークレイが興奮気味に訊ねても、女の子は涼しげな表情のまま首を傾げた。
 コンラル伯爵家の長女、ラウレッタ。ジークレイの婚約者である。
 彼女に良い格好を見せようとしたジークレイは、しかし当てが外れて肩から脱力した。
 婚約を結んでから四年──彼らは未だ、婚約者という意味を理解していなかった。
 ただ、ラウレッタに殴られて泣き出してしまったことは皆の語り草となっており、どこへ行ってもその話を聞かされた。
 ジークレイの父親であるキャスナー伯爵は、息子の手綱をしっかり握ってくれそうなラウレッタに惚れ、将来尻に敷かれたくなかったらもっと仲良くするんだぞ、と脅してきた。
 以来、ジークレイはラウレッタと仲良くする方法を模索している。

「明日からキャスナー領でお祭りがあるんだけど、ラウレッタも行くよな!?」
「そのつもりでお母様と泊まりにきたんだもの」
「そうか! ならさぁ、いっしょに見て回ろうぜっ」

 ジークレイは鼻先がぶつかりそうなほど顔を近づけてきた。
驚きのあまり目を大きく見開くと、ジークレイは悪戯な笑みを浮かべ、ラウレッタは慌てて顔を背けた。

「……わかったわ」
「よし、決まりな!」

 ──コンヤクシャ、というのは良く分からない。
 けれど、これからもずっと二人で支え合いながら生きていくことよ、と教えられた時、妙にくすぐったかったのを覚えている。
 ジークレイとラウレッタ、どちらも七歳の時であった。



 ボルビアン国では農産物の収穫時期になると、各領地で収穫祭が行われていた。
 毎年の収穫を祝うのと同時に、豪雪によって長く閉ざされる冬季を無事に越すために祷りを捧げるのだ。
 規模は各領地で異なるが、キャスナー領地の収穫祭は国でも一、二位を争うほど大きかった。
 それは、キャスナー領で生まれ育ち、結婚や仕事で領地を離れていた者たちが、この時期になると必ず帰ってくるほど有名なお祭りだった。
 収穫祭は一週間に渡って行われ、日持ちする作物や薪が安く手に入るのも魅力の一つだ。
 祭りの間は貴族や平民の身分に関係なく、多くの者たちが楽しく過ごしていた。

「ラウ、良いこと? 貴女の髪は目立つのだから、外にいる間はしっかりフードを被っておくのよ」
「はい、お母様」

 町娘が着るようなワンピースに、茶色のフード付きマントを羽織ったラウレッタは、母親に向かって大きく頷いた。
 その様子を横で見ていたジークレイは、自分の赤い前髪を摘まんだ。先程までフード付きマントを嫌がっていたが、母親の言うことを聞くラウレッタを見て、考えを改めたようだ。

「大丈夫だとは思うけれど、子供たちのことお願いね」
「畏まりました、奥様」

 祭りで賑やかになっている町に、コンラル家の侍女と、キャスナー家の騎士が二人、ジークレイとラウレッタの護衛として同行することになった。

「ラウって呼ばれてんのか」
「……お母様とお父様がそう呼ぶの」
「いいなぁ、おれもそう呼んでいいか? おれのこともジークでいいからさ」
「……考えとくわ」

 二人は話しながら、屋敷の前に止められた馬車に乗り込んだ。ジークレイもラウレッタも、キャスナー領地の収穫祭は初めてではない。
 ただ例年と違って、二人だけで参加するのは今回が初めてだ。
 いつもより口数の少ないラウレッタに、ジークレイもまた落ち着かなくなる。その様子に、同行した侍女が必死で笑いを噛み殺していることに気づきもせず。
 二人を乗せた馬車は、収穫祭で賑やかになった町に向かって走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。