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番外編ー見習い騎士の誓いー
03
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キャスナー領地で最も栄えている町は、多くの人で賑わっていた。
祭り始まる十日前から町は赤や茶色などの暖色系で彩られ、各地から観光客も押し寄せて来ている。町の中心となる大通りには露店がずらりと並び、至るところで祈りの歌が唄われていた。
「ラウレッタは小さいからはぐれないようにしろよ?」
「小さいって言わないで!」
町の片隅に馬車を止めて護衛の騎士に降ろしてもらったジークレイとラウレッタは、祭りで集まった人の熱気に圧倒されていた。
「ふふ、ジークレイ様もですよ」
コンラル家に支える侍女は、ラウレッタが生まれる前から働いていたそうだ。彼女は馬車の中で、ジークレイの知らないラウレッタの話をしてくれた。
ラウレッタは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたが、可笑しな話はひとつもなかった。ジークレイの婚約者が皆から愛され、どれほど可愛がられているかという内容ばかりだったのだから。
「さぁ、お嬢様。フードを被ってくださいませ」
「分かったわ」
フードを被ると視界の範囲が狭まってしまうが、身分を隠して参加するには仕方ない。
どちらも髪色で素性が分かってしまうため注意が必要だ。とくに、今日のように人が大勢いる場所では。
「ラウレッタ、手」
「……わたしは犬じゃないわ」
同じくフードを被ったジークレイは、ラウレッタの前に手を差し出した。彼なりに恥ずかしさを我慢して声を掛けたのに、プイッと顔を逸らされてしまった。
そこへ、肩を竦めた侍女がジークレイに声を掛けてきた。
「ジークレイ様、婚約者であるお嬢様をしっかりエスコートしてくださいませ」
「わ、分かってるって! ええと、ラウレッタ……おれ、じゃなくて……わたし、だな。どうかわたしに、あなたをエスコートさせてくださいませんか?」
「……喜んで」
差し出したジークレイの手のひらに、ラウレッタの手が置かれる。
同じ年なのに、ラウレッタはジークレイより小さい。騎士の血を引くジークレイの成長が早いせいもあるが、載せられたラウレッタの手は握り締めたら潰れてしまいそうだ。
ジークレイは慎重にその手を握り締めた。
それから侍女はラウレッタの反対側の手を取り、三人はどこから見ても平民の母子だった。護衛の騎士たちは少し距離を取って、後ろからついてくることになっている。
その時、ジークレイは視線を感じて振り返った。
「ジークレイ……?」
「いや、なんでもない」
しかし、それらしき人影が見当たらず首を振った。気のせいだったようだ。
不安な表情を浮かべるラウレッタを安心させるように口の端を持ち上げたジークレイは、賑やかな祭りに向かって婚約者の手を引いた。
「人が多すぎて前が見えないな」
子供の目線では行き交う人の壁しか見えず、この先にどんなお店があるのか分からなかった。
そこで三人は、人の流れに逆らうことなく歩きながら、見たいお店があったら立ち止まるように決めた。
「みんな歩きながら食べているわ」
「いけませんよ、お嬢様。後で座る場所を探しますから」
小声で話す二人の会話は、ジークレイにも聞こえてきた。
平民では当たり前の行動も、貴族には珍しく映ってしまう。残念そうに肩を落とすラウレッタを横に、ジークレイはふと足を止めた。
「おじさん、これ三個ちょうだい!」
「あいよ!」
ジークレイはとある露店で店主に話し掛けると、ポケットからお金を出して買い物をした。
その姿にラウレッタと侍女は目を丸くするばかりだ。
店主は小さな紙袋をジークレイに渡し「また来いよ!」と片手を挙げ、ジークレイも手を振って離れた。
「食べ歩きじゃないけど、これなら許してもらえるだろ?」
店で受け取った袋を開くと、三つの塊が入っていた。
「蜂蜜キャンディだ。甘くて美味しいんだぜ?」
そう言ってジークレイがラウレッタに向き直ると、口を開いて見せた。
ラウレッタもつられて口を開くと、その中に蜂蜜のキャンディが放り込まれる。
「……!」
ラウレッタの灰色の瞳が輝くのを満足そうに見つめたジークレイは、自分もキャンディを口の中に入れて味わった。
残りの一つはもちろん侍女に、袋ごと手渡す。共犯、という意味も込めて。その手慣れた行動に、侍女は苦笑いするしかなかった。
「ジークレイ様は随分慣れていらっしゃるのですね」
「そうかな? でも、騎士になるのに身分は必要ない、実力の世界だって父上が良く言うんだ。だから、おれが参加している訓練には騎士になりたい平民が沢山いる」
侍女の質問に、ジークレイは歩きながら真面目に答える。
間に挟まれたラウレッタは、自分がまだ知らない婚約者の話にしっかり耳を傾けていた。
「それでよく、平民の見習い騎士と町に出掛けて色々見て回ってる。母上はおれの素行が悪くなるのを心配して良い顔はしないけど、父上からは跡を継ぐための社会勉強になるって」
「あ、あの……! その、危なくは、ないの?」
ジークレイと侍女の会話に割って入るようにして、ラウレッタがジークレイに訊ねてきた。
まさか、婚約者が頻繁に市井に出ているなんて彼女は知らなかったのだ。
「さすがに護衛は付けられるけど、危険なのはどこにいても一緒だと思うぞ?」
とくに、自分たちは。
領主の子供はどこに行っても狙われる。屋敷の中であっても。
ジークレイが肩を竦めて答えると、ラウレッタは落ち込んだように俯いた。
「それも、そうね……」
「ただ、怖がっていたらどこにも行けなくなっちゃうしな!」
「わっ……!」
「せっかく祭りに連れてきてもらったんだ、ラウレッタ! 楽しんで行こうぜ!」
顔に影を落としたラウレッタに、ジークレイは繋いでいた手を引っ張って祭りの中心となる場所を指差した。
すると、そこから一際大きな歓声が聴こえてくる。
ジークレイは視線を上げたラウレッタに笑って見せ、自身が誇る領地の祭りを案内していった。
祭り始まる十日前から町は赤や茶色などの暖色系で彩られ、各地から観光客も押し寄せて来ている。町の中心となる大通りには露店がずらりと並び、至るところで祈りの歌が唄われていた。
「ラウレッタは小さいからはぐれないようにしろよ?」
「小さいって言わないで!」
町の片隅に馬車を止めて護衛の騎士に降ろしてもらったジークレイとラウレッタは、祭りで集まった人の熱気に圧倒されていた。
「ふふ、ジークレイ様もですよ」
コンラル家に支える侍女は、ラウレッタが生まれる前から働いていたそうだ。彼女は馬車の中で、ジークレイの知らないラウレッタの話をしてくれた。
ラウレッタは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていたが、可笑しな話はひとつもなかった。ジークレイの婚約者が皆から愛され、どれほど可愛がられているかという内容ばかりだったのだから。
「さぁ、お嬢様。フードを被ってくださいませ」
「分かったわ」
フードを被ると視界の範囲が狭まってしまうが、身分を隠して参加するには仕方ない。
どちらも髪色で素性が分かってしまうため注意が必要だ。とくに、今日のように人が大勢いる場所では。
「ラウレッタ、手」
「……わたしは犬じゃないわ」
同じくフードを被ったジークレイは、ラウレッタの前に手を差し出した。彼なりに恥ずかしさを我慢して声を掛けたのに、プイッと顔を逸らされてしまった。
そこへ、肩を竦めた侍女がジークレイに声を掛けてきた。
「ジークレイ様、婚約者であるお嬢様をしっかりエスコートしてくださいませ」
「わ、分かってるって! ええと、ラウレッタ……おれ、じゃなくて……わたし、だな。どうかわたしに、あなたをエスコートさせてくださいませんか?」
「……喜んで」
差し出したジークレイの手のひらに、ラウレッタの手が置かれる。
同じ年なのに、ラウレッタはジークレイより小さい。騎士の血を引くジークレイの成長が早いせいもあるが、載せられたラウレッタの手は握り締めたら潰れてしまいそうだ。
ジークレイは慎重にその手を握り締めた。
それから侍女はラウレッタの反対側の手を取り、三人はどこから見ても平民の母子だった。護衛の騎士たちは少し距離を取って、後ろからついてくることになっている。
その時、ジークレイは視線を感じて振り返った。
「ジークレイ……?」
「いや、なんでもない」
しかし、それらしき人影が見当たらず首を振った。気のせいだったようだ。
不安な表情を浮かべるラウレッタを安心させるように口の端を持ち上げたジークレイは、賑やかな祭りに向かって婚約者の手を引いた。
「人が多すぎて前が見えないな」
子供の目線では行き交う人の壁しか見えず、この先にどんなお店があるのか分からなかった。
そこで三人は、人の流れに逆らうことなく歩きながら、見たいお店があったら立ち止まるように決めた。
「みんな歩きながら食べているわ」
「いけませんよ、お嬢様。後で座る場所を探しますから」
小声で話す二人の会話は、ジークレイにも聞こえてきた。
平民では当たり前の行動も、貴族には珍しく映ってしまう。残念そうに肩を落とすラウレッタを横に、ジークレイはふと足を止めた。
「おじさん、これ三個ちょうだい!」
「あいよ!」
ジークレイはとある露店で店主に話し掛けると、ポケットからお金を出して買い物をした。
その姿にラウレッタと侍女は目を丸くするばかりだ。
店主は小さな紙袋をジークレイに渡し「また来いよ!」と片手を挙げ、ジークレイも手を振って離れた。
「食べ歩きじゃないけど、これなら許してもらえるだろ?」
店で受け取った袋を開くと、三つの塊が入っていた。
「蜂蜜キャンディだ。甘くて美味しいんだぜ?」
そう言ってジークレイがラウレッタに向き直ると、口を開いて見せた。
ラウレッタもつられて口を開くと、その中に蜂蜜のキャンディが放り込まれる。
「……!」
ラウレッタの灰色の瞳が輝くのを満足そうに見つめたジークレイは、自分もキャンディを口の中に入れて味わった。
残りの一つはもちろん侍女に、袋ごと手渡す。共犯、という意味も込めて。その手慣れた行動に、侍女は苦笑いするしかなかった。
「ジークレイ様は随分慣れていらっしゃるのですね」
「そうかな? でも、騎士になるのに身分は必要ない、実力の世界だって父上が良く言うんだ。だから、おれが参加している訓練には騎士になりたい平民が沢山いる」
侍女の質問に、ジークレイは歩きながら真面目に答える。
間に挟まれたラウレッタは、自分がまだ知らない婚約者の話にしっかり耳を傾けていた。
「それでよく、平民の見習い騎士と町に出掛けて色々見て回ってる。母上はおれの素行が悪くなるのを心配して良い顔はしないけど、父上からは跡を継ぐための社会勉強になるって」
「あ、あの……! その、危なくは、ないの?」
ジークレイと侍女の会話に割って入るようにして、ラウレッタがジークレイに訊ねてきた。
まさか、婚約者が頻繁に市井に出ているなんて彼女は知らなかったのだ。
「さすがに護衛は付けられるけど、危険なのはどこにいても一緒だと思うぞ?」
とくに、自分たちは。
領主の子供はどこに行っても狙われる。屋敷の中であっても。
ジークレイが肩を竦めて答えると、ラウレッタは落ち込んだように俯いた。
「それも、そうね……」
「ただ、怖がっていたらどこにも行けなくなっちゃうしな!」
「わっ……!」
「せっかく祭りに連れてきてもらったんだ、ラウレッタ! 楽しんで行こうぜ!」
顔に影を落としたラウレッタに、ジークレイは繋いでいた手を引っ張って祭りの中心となる場所を指差した。
すると、そこから一際大きな歓声が聴こえてくる。
ジークレイは視線を上げたラウレッタに笑って見せ、自身が誇る領地の祭りを案内していった。
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