テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第0章

0-9 遭遇

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 愚かな王は肉片と変わり、ニイの国は新たな一歩を踏み出す……そのはずだった。

「え……?」

 僕の両腕は正面からしっかりと何者かに握られ、その爪は王に届いていない。
「あかんやろー。案内人が適当にバンバカ人を殺してもうたら」
 大阪弁を喋る謎の男は僕の腕を優しくつかんだまま放さない。僕がどれだけ力を入れて振りほどこうとしてもピクリとも動かなかった。
 僕が会社で着ているような物とはまるで違う、随分と高そうなスーツに全身をきっちりと包み、僕を見ているはずの目は開いているかどうかもわからないぐらい細い。
 彼はニコニコと笑いながら僕を掴むその手を放し、腰を抜かして泡を吹いている王に向き直った。男が王に手をかざすと王の顔は見る見るうちに穏やかな、まるで赤子のような表情に変わっていき、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
「こっちは終わったよ!!……って何やってんだいこりゃ!?」
 今度は後ろから女の大きな声が聞こえた。慌てて後ろを振り返ると、二メートルは軽く超えていそうな大女が何かを担いでこちらへ近づいてくるところだった。胸と腰を簡単に隠しただけの服から伸びる四肢もかなり鍛え上げられているようで丸太のようだ。ざんばらの赤く長い髪は灼熱の炎を思わせる。しかし何より目を引いたのは女の額から生える一本の角だった。
(一体何が起きているんだ……?)
 おそらくこの二人も天聖者であることは間違いないだろう。基本的に同じ世界に別の転生者が後から送られてくることはない。
「いや珍しい事にこの世界に案内人が来てるみたいやったから、ちょっと覗いていこうかな思てな」
 男は相変わらずずっとニコニコと笑っているが、内心どう思っているかはわからない。
「あの……あなた方はどなたですか? 何をしにここへ?」
 お互い突っ立ったまま見つめ合っていても意味がない。案内人の事は知っているようだし僕は率直に疑問を尋ねる。
「ああ、俺はダウター。あっちはルイナー。転生者を殺しにきたんよ」
「…………は?」
 あまりに突拍子もない回答に脳が動きを止める。しかしすぐに我を取り戻し、女の方に勢いよく振り返る。
「まさか……その担いでるのは……」
「ああ! これかい!?」
 女はドサリと担いでいたものをこちらに投げ捨てた。汚れた囚人服、伸びた髭と髪……そしてこの顔は……
「ケルタス! ケルタス! おい! しっかりしろ!」
 僕はケルタスに駆け寄り、すぐに回復スキルを発動させる。しかし彼は倒れたまま微動だにしない。

「なんやルイナーにしては随分綺麗な形で殺したんやなあ」
 必死に色々な回復スキルを試す僕の気持ちを逆なでするように、穏やかな声で男が言う。
「まだ殺してないよ! 『転生者を殺す前にダウターに確認しておきなさい』ってママに言われてるからね!」
 彼はまだ死んでいない? ならどうして回復が効かないんだ!? 僕は何度も回復スキルを唱えては拒絶される。
「へー、なんでまたわざわざそんなめんどい事してんや?」
「何言ってんだい! あんたがたまに見逃したり泣いたりするからだろ!」
「は!? 泣いてへんわ!……見逃すんはまあ……悪い転生者じゃなかったら……まあそういうこともあるやろ!」
「女々しいやつ!」
「やかましわ!」
 僕とケルタスを無視してふざける二人に怒りがわいてくる。しかしそんなことよりケルタスをなんとかしないといけない。
「あの……! この転生者は僕がこの世界に送った人で、とてもいい人なんです! 私心を捨てて人助けをずっとやってて、それで、回復師として困った人とか貧しい人を優先して助けてて……!」
 言葉がうまくまとまらないが、とにかくケルタスを助けてもらえるように彼の人となりをなんとか説明する。男はニコニコと笑いながら僕の言葉にウンウンと頷いてくれている。転生者を殺す事自体の意味が分からないが、二人の会話からいい人は見逃してるようだし、ケルタスなら問題ないはずだ。
「まじかー! 人を傷つける事もなく、ひたすら損得勘定抜きで目の前の困った人を助け続ける。素晴らしいなあ」
 どうやら必死の説明が通じたようだ。僕がホッと一息をついた瞬間。
「素晴らしいカスやな」
 彼の言葉と共にケルタスの身体がなくなった。そう、言葉の通りなくなったのだ。血や肉片の一つすら残さず僕の目の前から消えてしまった。
「んじゃ、お疲れい! ルイナー、かえろか」
 彼はニコニコと笑いながらケルタスを消滅させ、そのまま帰るらしい。なんだそれは……!
「ふざけるな!」
 僕は全身を獣化させ、両手両足を地面につけて身体を引き絞る。
「なぜ殺した!!」
 男は未だにニコニコと笑いながら、限りなく低い姿勢を取る僕を見下すように細い目で覗いている。
「なんでって……転生者やし……多分何の役にも立たなそうやしなあ?」
「そうだねえ! ただの回復持ちなんて雑魚は死んだ方がましだね!!」
「ふ……ふざけるな!」
 僕は再び吠えると引き絞った身体を男に向けて放つ。その速度は音速を越え、衝撃波を生み出しながら男にぶつかった。
 いや、正確にはぶつかったのは男の方ではなかった。ルイナーと呼ばれた女がいつの間にか男の目の前に立っていたのだ。この女は僕の音速を越えた跳び込みを、更に上回る速さでもって回り込んだのだ。しかしそれでも僕の両手に光る爪がその身体を引き裂くはずだった。現に両手は頭上から真下までしっかりと振り下ろされている。この距離ならどうやってもかわすことはできないはず!
 しかし改めて自分の両手を見てみると、自慢の爪は全て根元から完全に折られてしまっていた。あまりのショックにヨロヨロと後ろへ倒れこむ。
「もうええか? ほな帰るで」
 男がヒラヒラと手を振り、正面に赤く大きな扉を召喚する。あれは間違いなく導きの門だ、ならばこいつらも天聖者で間違いない。
「待て! なぜ殺した! ケルタスは間違いなくまっとうな人格者だ! なのになぜ!」
 扉に消えようとする男の背中に吠える。男はこちらを振り返りため息をついた。
「あのなあ、兄ちゃん算数もでけへんのか?」
「……どういう意味だ!」
「その転生者が助けた人数と、そいつのせいで死んだ人数どっちが多いんやって聞いてんねん」
「グッ……」
 言葉に詰まる。確かに彼が個人で助ける事ができた人数はそれほど多くはないかもしれない……でも!
「戦争はそこの愚かな国王が起こしたものだ! ケルタスは誰一人として殺しちゃいない!」
 僕の苦し紛れの反論に彼は腕を組んでずっと笑っている。
「ほんまかあ? もしお前がこんな役立たず送らんかったら、戦争も起きんかったしみんな幸せに暮らしてたんちゃうか? もしくはせめて国一つ守れるぐらいの力も一緒に与えときゃよかったんちゃう?」
「うるさい……! 彼は人を傷つける事を嫌う、まともで優しい心の持ち主だったんだ!」
 彼はついにこらえきれなくなったのが大きな声を出して笑い出した。
「イヒーッヒッヒッヒ! やめてくれや! 俺そういう愛と正義でラブアンドピースみたいな話ツボやねん」
「愛とラブがかぶってるよ!」
「やかまし! 揚げ足とんな!……まあ自分の送った転生者が殺されて辛い気持ちは俺にもよーくわかる。でもな、落ち着いて考えてみ。その世界にない回復魔法やスキルなんて百害あって一利なしやろ」
「何故だ! 不治の病を癒す方法を見つける事は、全ての癒し手の悲願じゃないか!」
、ならな。俺らの仲間にもなあ、ブレイカーっちゅうもうめちゃめちゃすげえ回復師がおるねん。そいつは『目の前の人を助ける!』とかいうチンケな力じゃなくて、その気になりゃその世界に住む全ての人間を癒したりできるんや。すごいやろ?」
「馬鹿な……そんな強すぎる力があってたまるか……」
「いや、あるねんて。ほんでブレイカーはそんなすげえ力バリバリ使ってその世界から病気っちゅう病気をなくしたんよ。しかもブレイカーが力を込めたその世界は、世界そのものが回復材みたいになってな、石ころでもなんでも懐に入れとけば怪我した瞬間に全快するっちゅうそれはそれはすごい世界になったんや」
「…………」
 にわかには信じられない。そんな奇跡の力が許されるのなら、もう何でもありじゃないか。
「ブレイカーも素晴らしい人格者で優しい心の持ち主でいらっしゃいましたのでね、天聖軍に入ってあっちこっち色んな世界を飛び回ってな、同じように素晴らしい世界に変えていったんや。そんで結果どうなったと思う?」
「……人口爆発で飢えた?」
 男はまたゲラゲラと笑い出す。もしかして僕をからかっているだけなのか?世界全てに効果が及ぶ能力なんて聞いたことがない。
「ブレイカーにチクるよ!!」 
 大女の咎めるような声が飛ぶ。
「おっと……! まあまた今度会ったら教えたるかもな! それまで頑張って案内人のお仕事やっとき。でもあんましょーもない転生者送ったらまた殺してまうで!」
「お……おい!」
 男は肝心な答えをはぐらかせたままさっさと導きの門に消えてしまった。
「じゃあな! アタイも天聖軍が来る前に帰るとするよ!」
 彼女は腕をグルグルと回したかと思うと城の床にたたきつける。

 そうしてこの世界は壊れてしまった。
 
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