テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第0章

0-10 アンタッチャブル

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 女が拳を振り下ろしたあと、世界は本当にその文字通りに壊れてしまった。高いところから落ちたガラスが割れてバラバラになるように、空や地面に亀裂が入り音を立てて崩れ落ちた。僕はあまりの出来事に呆気に取られていたが、自分の足元の地面がなくなる前に急いで導きの門を召喚し天聖世界へと戻ったのだ。
 転生部屋に戻った僕は長い間放心していた。目の前で起きた何もかもが信じられなかったし、今でも夢ではないかと疑っていた。しかし上司が僕を見つけたときの大きな罵声、僕に起きたアレコレの説明をしたあとの更に大きな悲鳴が、これが現実であるということをイヤというほど教えてくれた。

 上司はすぐに天聖軍に連絡を取ったようで、僕は精神に極度の疲労を抱えたまま事情聴取を受ける事になった。
「お疲れ様です。私は天聖軍特殊情報部長官のシーカー『捜索者』と申します」
「どうも……」
 長い肩書からかなり偉い人だというのがわかる。それに僕の『サンズガワ・ワタル』のような個人名ではなく、『〇〇者』『〇〇する者』といった特殊な名前を持っている天聖者を聖名せいめい持ちといい、名前応じた強大な能力を持っている。天聖者として偉大な功績を残したものは女神様から聖名を与えられ、彼らは個人名を捨てることでその聖名に恥じぬ働きを生涯続けることを誓うのだ。
(まあエリート中のエリートってことだね)
 僕のような者が言葉を交わす事すら難しいはずの身分の人と会話をしなければならない事に、疲れた精神がさらにすり減る。
「お疲れのところ申し訳ないですがあなたが見た事を詳細に教えて欲しいのです」
「はい……といっても信じてもらえるかはわかりませんが」
 身振り手振りを交えて僕が体験した全てを伝える。彼はすぐに表情をこわばらせ、その手は固く握りしめられていた。
「あの……あいつらの事ご存じなんですか?」
「ええ、アンタッチャブルと言いましてね、天聖軍の間では有名な奴らですよ」
「アンタッチャブル……?」
「そうです。天聖者は女神様の教えを守り、少しでも多くの世界や人々が救われるよう働いています。しかしアンタッチャブル達は元天聖者でありながら愚かにも我々や女神様を裏切り、世界の安寧や平和を乱している極悪人どもなのです」
 女神様を裏切る……。そんな恐ろしい事想像したこともなかったな。
「ヤツらが我々を攻撃するその目的は一切不明ながら全員が恐ろしい力を持っており、天聖軍もほとほと手を焼いているのです」
 僕の攻撃も何一つ通用しなかったばかりか、まるで赤子扱いだった。確かに僕は案内人としての成果も少なく、能力の強化もなかなかできていないとはいえ、同じ天聖者のはずなのにどうしてあそこまで差が出るのだろうか。
「私がいるこの情報部は、案内人の方々は見たことがないかもしれませんが、様々な世界の問題を解決するために天聖軍に向けたクエストを発行しています。各天聖軍軍団長達はそのクエストをこなしていくことによって軍団の規模を大きくしたり、個人では受けられないような軍団能力やバフを手に入れる事が出来ます。しかし彼らアンタッチャブルに関するクエストは、受けた者が揃って全員失敗し、時には大きな死傷者を出して帰って来ることから次第に避けられるようになっていきました。そうしていつの間にか彼らの事をアンタッチャブル(触れること能わず)と呼ぶようになったのです」
 天聖軍をもってしても手を焼くような相手だったのか……。それじゃ僕が手も足も出ないのも当然だったのかもしれない。
「しかしよく生きて帰ってこれましたね。あなたの案内人としての成績はあまりよくないものとお聞きしましたがどのような強化をされていらっしゃるのです?参考にさせていただきたいのですが」
「いえ……自分は基本的なスキルを一通り持っている以外に大した能力はありません。彼らは転生者を何のためらいもなく殺しましたが、僕に対しては攻撃する様子はありませんでした」
「ふむ……」
 シーカーさんはそういうとしばらく黙りこみ、そして意を決したように僕に視線を戻す。
「立場の違いはあれど天聖者は皆女神様の元、人々の平和と幸福の為に働いている仲間です。ですからこういった軍の恥になるような事でもできる限り共有し、被害を出さないように尽力しています」
 言われてみれば軍の内情なんてもの人の世界ではトップシークレットに違いない。特に軍がてこずっている相手の事など緘口令かんこうれいが敷かれていてもおかしくはないはずだ。
「ですのでこれから話すことと、あなたへの処置も女神様のためだと思って聞いてください。あなたの話にあったブレイカーという者は、ダウターが語ったような世界を丸ごと癒すような力ではなく、人を操り人形のように変えてしまう能力の持ち主です。確かにブレイカーが力を使った場合、傷や病が治ることは間違いないのですが、それは全て自分の手ごまとして使うための処置にすぎず、その力を受けた者は皆ブレイカーの言いなりになってしまうのです」
「はあ……つまり……僕は騙されていたってことですね……?」
「いやあ……あの……そうなんですが、重要なのはですね……その……」
 何やらシーカーさんの様子がおかしい。言葉の歯切れは悪く、何かを言いよどむその姿はテストで悪い点数を取った子供みたいだった。
「どうぞはっきりとおっしゃってください」
 埒が明かないので後押しをする。するとシーカーさんは意を決し、口を開いた。
「あなたにはアンタッチャブルの共謀者という疑いがかけられているのです」
「…………えええええええええええええ?」
 そんな馬鹿な!自分の大切な転生者を無残に殺され、疲れ切った身体を引きずってこうして取り調べにも協力しているのに!
「僕は裏切者なんかじゃありません!」
 自分でも驚くぐらいの大声が出る。女神様に対して天聖軍の人たち程強い忠誠を持っているわけではないとしても、反抗したり裏切ったりするようなことは考えたこともない。
「わかっています、わかっています。先ほどもお話しした通りブレイカーの力を受けた者は、皆ブレイカーの言いなりのロボットのようになってしまうのです。こうしてきちんとお話をできている以上その可能性は限りなく低いといっていいでしょう」
「ではなぜ!」
「私たちが成長するように、アンタッチャブルが成長していない保証がどこにもないからです。万が一にでもあなたが自覚すらなくブレイカーに操られているような状況を考えないといけないのです。ですのであなたにはこれから軍部の方までご同行いただき、多くの検査を受けていただきたい。そしてその後一定期間職務停止の上、監視下に置かれます。これを了承していただきたい」
 いつの間にか部屋には全身をフル装備で固めた兵士が何人も待機していた。純白に輝くあの鎧には女神様の力がこめられており天聖者の証ともいえる代物しろものだ。僕も天聖者になったときに一度着たが、案内人という職務上それからは機会もなく、丁寧にしまってある。
「もちろんです。しっかりと検査をしてください」
 ごねる理由も必要もない。それに話によればしばらく仕事をしなくていいようだ。大事な転生者をあんな形で失ってしまったところだったし逆にありがたいぐらいじゃないか。
「いやあご理解いただけて幸いです。ささ、それでは早速ですが参りましょう」
 僕はまるで何かの犯人のように、周囲をがっちりと囲まれながら彼の用意した車に乗り込んだ。

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