27 / 107
第一章
1-8 意思と選択
しおりを挟む
「おいおいルイナー、おまえマジふざんけんなよ」
ダウターがニヤニヤと笑いながら大女を責める。先ほどまであの転生者がいた場所には、もう彼の存在していた痕跡は何も残っていなかった。
「ここからがおもろいんやんけ! 最後は絶対『この穴は攻撃だから無効だ』とか言って穴の上歩こうとして落ちると思ったのによお!」
ルイナーと呼ばれる大女は彼の言葉に何の興味も示していないようで手を振りながら大きなあくびをしている。
「あんな弱っちいやつ相手に面白い事なんて何にもないよ。ねえママ?」
彼女は肩に乗せている少女に頭をこすりつける。少女は微笑みながら小さな手でその頭を撫でてやっている。
「なんやねんもー……。そや、ブレイカー、結局あの穴ってどこまで掘ったんや?」
ダウターはぽっかりと開いたドーナツ状の大穴をのぞき込む、自分も落ちたりしないように注意しながら少し離れて穴の中を覗いてみるが、中はまっくらでその深さは全くわからなかった。
「えーっとねー。向こう側まで掘ったよー」
にわかには信じられない言葉をのんびりとした口調で放つ。この穴まさか貫通してる……?
「ギャハハ! まじかよ! それやったら尚更落ちたとこ見たかったやんけもー」
彼は足で地面を蹴り、穴に砂かけながら後ろに手を伸ばす。するとそこにはこの世界に来るときに通ったあの大きな赤い扉が現れていた。
「そんじゃさっさと帰って新人君とお話でもするか。リーダーもずっと待ってるやろうしな」
あのフードの老人はこの世界の説明を終えた後一人ですぐに帰っていたが、責任者不在がはよくないということだろうか。それともやっぱり病気にでもかかっているのだろうか。
音もなく開いた扉の中に次々に入っていく。あの鬼のような大女だけを残し、肩に乗っていた小さな少女もそこから降りて全員そのまま扉に入っていったが、なぜか彼女だけは扉に背を向けて腕を回し首を鳴らしている。ダウターに促されて僕も扉の中に入る。後ろで何かが崩れ落ちるような音がした。
「やあ、おかえりみんな」
僕たちがまた裁判所のような場所に戻ってくると、リーダーが手を広げて迎えてくれた。
「私は御覧の通りあまり身体が丈夫ではなくてね、極力仕事をさぼるようにしているんだ」
彼はハハハと笑う。始めと同じように彼の横に他のメンバー達が順番に並んでいった。先ほどまでは彼らと共に行動をしていたせいか、少し親近感のようなものも感じていたが、こうしているとまた裁きを待つ被告人のような気分になる。
「それで初めての転生世界はどうだったかな?」
どうと聞かれてもよくわからなかったというのが正直な感想だ。彼らと共に移動する間に、あの転生者の過去を知った。というか頭の中の本を読むように追体験した時、彼にもきちんとした理由があって人間を裏切ったんだと考えた。しかし僕の目の前に並ぶ面々はそれを彼の愚かな性癖と言い捨て、あっという間に彼を塵より細かい何かに変えてしまったのだ。
「何だかよく見知った物ばかりだなと思いました。もちろん悪魔をこの目でみるのは初めてでしたが、建物とか動植物とか、単に違和感を感じられなかっただけかもしれませんが」
ひとまず当たり障りのないことを言っておく。悪魔を見るのは確かに初めてだったが、どれもこれも想像を超えるようなものではなかった。ゲームや漫画に出てくるような、どこかで見たことがあるような物ばかりだったのだ。
「ハハハ、そりゃそうさ。転生世界っていうのは転生者の望むとおりに出来上がるからね。転生した瞬間に重力が元の世界の百倍だったりしたら即死しちゃうし、酸素が薄くても濃くても人は生きられない。だから転生世界は全部地球のコピーなのさ。」
「地球のコピー……ですか?」
「そう。転生者はそのコピーを自分の心の奥底に眠る願望や欲望通りに弄りまわすのさ、子供みたいにね。そしてエルフやドワーフ、悪魔をなんかを生み、ダンジョンや新種の鉱石を作り上げ、魔法や超能力を使う。だから地球に当たり前にあるものは転生世界にも当たり前に存在するのさ。食べ物の味や栄養なんかの目に見えない部分も全く同じなんだ」
なるほど、と素直に理解した。だから悪魔みたいな地球には本来存在しないものでも、どこかで見聞きしたような物になっていたのだ。
「ところでエルフでも魔族でも、地球に存在していない生き物はどうやって生きているか考えたことはあるかい? 食生活とか繁殖とか、ゴーレムのような土人形はどうやって増えているんだと思う?」
「ええと……いや、わかりません。今まで考えたこともなかったし」
リーダーは微笑みながらウンウンと頷く。
「そうだよね。転生者達もみんな君と同じでそんなこと考えたりはしないんだ。でも転生世界は転生者の望んだようにゴーレムを生み出す。不思議だと思わないかい」
不思議だねなんて言われても今更が過ぎる気もする。この場所や目の前の彼ら自身も僕からしたら不思議を極めたような存在である。
「それじゃあ転生者がその世界でハッピーエンド、めでたしめでたしを迎えた後はその世界はどうなると思う?」
「めでたしめでたしの後……ですか?」
「そう。話の終わりのその先だよ。鬼を退治した桃太郎の老後や、ガラスの靴を履いて王子様と結婚したシンデレラの新婚生活。さっきの転生者なら人間を裏切って世界が魔族に支配されたその後の話さ。何十年か先に彼は年を取って老衰で死ぬのだろうか? じゃあ死んだあとも彼が弄った世界はそのまま続いていくのだろうか?」
「それは……」
いつの間にかリーダーやその周りにいるメンバーは顔を歪め、ひどく辛そうな顔をしていた。いや、ルイナーと呼ばれたあの女性だけはまた居眠りをしているようで、コクリコクリと船をこいでいるが。
「私たちはね、その先があまりにもひどい地獄であることを知ったのさ。だからこうして転生者を殺してはその世界を壊して回っている。君がここに戻ってくるときに大きな音を聞いただろう?それは比喩でも冗談でもなくあの世界が壊れた音さ」
「今は名もなき転生者の君よ、どうか私たちと一緒にこの転生殺しを手伝ってくれないか。私たちは一人でも多くの人を救いたいのだ」
リーダーは椅子から立ち上がり、その場で僕に向かって大きく手を伸ばした。しかし僕は……
「……すみませんがそれはできないと思います。僕は人を救う事と、転生者を殺す事が両立するとはどうしても思えない。そもそも僕もその転生者の一人のはずだし、貴方たちもそうではないのですか……?」
「あいつらは死なんと救われへんのや! せやから俺らも……俺らも!」
「ダウター!!!」
急に大きな声を出したダウターにリーダーが厳しい口調で怒鳴る。
「すいません……」
いつの間にか寝ているルイナーを除くすべての者が静かに泣いているようだった。さっきの世界で転生者を何の躊躇もなく殺した人たちだとは思えない。何に対して涙しているのかも僕には理解できなかった。
「君が今、私達やこの転生というシステムについて心から理解できることはとても少ないんだ。だから……すまない」
「……え?」
リーダーはゆっくりと階段を降りこちらに近づいてくる。不安で胸がざわつく。
彼が僕の隣に立った。
「転生で勇者の次に人気のある職業は何かわかるかい?」
僕は答えようとするがなぜかうまく言葉が出せない、なんとか首を左右に動かし、否定の意思を表す。
「それは回復系さ。特に戦いを嫌う女性に人気が高い」
いつの間にか彼の手にはおどろおどろしい道具が握られており、同じぐらい禍々しいたくさんの道具が台に乗せられて彼の横に並べられていた。
「その回復師に非常に密接な関係があるのがね、拷問なんだ」
彼は手に持っていた道具を目の前にかざす。それはペットにつける首輪のように見えたが、ついているトゲや針からそんなほのぼのとした物では無いということがわかる。その首輪の輪を挟むようにして彼と目が合う。彼の顔から笑みはすでに消え、深く刻まれた皺がこの場の恐怖を増幅していた。
「拷問をする上で一番大切で難しい事は何かわかるかい?」
逃げなければ! と強く思うが身体は指一本動かない。彼は首輪の留め具をゆっくりと外し、僕の首にまいていく。今はベルトが十分に緩んだ状態なのでトゲや針が首筋に触れるだけで済んでいるが、彼がこのベルトをぎゅっと引くだけでそれらは全て僕の首を深く貫くだろう。
「それはね、拷問を受けている人間が死なないようにすることなんだ。拷問をする人は対象を死なせずにできるだけ大きな苦痛を与えて目的を達成しないといけない。足を切り落としてしまえば対象に与える苦痛は非常に大きなものになるが、切り落としたその足は責めることができなくなってしまうし、元に戻らぬその身体を見て対象は逆に口を閉ざす決意を固めてしまうかもしれない。これは拷問をする側からしたら失敗だ。でもね……」
彼はベルトをほんの少しだけ締めた。針がわずかに首に食い込む。後ほんの少しでも力を加えられてしまえば、針は僕の肌を貫通してしまうだろう。
「例えば回復術師が横に居たらどうだろう。腕を斬ろうが足を斬ろうが治してしまえば元通りだ。同じ場所を何回も斬ったり焼いたりすることもできる。相手の身体を気遣う必要がなくなってしまうんだ。それは拷問を受ける側にとって責めが一生終わらないことを示すものでもある。人間は終わりがない物には耐えられないんだ。だからどれだけ強情な人であっても、すぐに相手の要求を呑んでしまうようになる」
「さてこの場所には転生をスムーズに行うために色んな機能が働いていることは説明したね」
「私は今からそれを解除する。するとどうなるか? 抑制されている恐怖や痛みが直に君に作用することになる」
「今は目をこわばらせ、息を呑むぐらいで済んでいるこの恐怖が何倍にも膨れ上がる。連続殺人鬼が揃う家で身動きが取れないまま拷問をされるんだ、当たり前だろう? そして本物の痛みが休みなく君を襲い続ける。これは君が私たちを手伝ってくれるまで永遠に続く。真っ黒になるまで焼かれた肌や切り落とされた指は瞬時に癒え、神経は再び繋がり、本当に永遠に続く苦しみとなる。でも君は僕たちの仲間なんだ、当然そんなことはしたくない。これは本当だよ。だからね……」
彼が一言一言ゆっくりと間を切りながら説明していく。選択肢がない事は僕にも、そして彼にもわかっているようだ。いつの間にか彼の顔には笑顔が戻っていた。
「私たちと一緒に転生者をみんなみんな殺してくれないかい?」
僕は大きく頷いた。
ダウターがニヤニヤと笑いながら大女を責める。先ほどまであの転生者がいた場所には、もう彼の存在していた痕跡は何も残っていなかった。
「ここからがおもろいんやんけ! 最後は絶対『この穴は攻撃だから無効だ』とか言って穴の上歩こうとして落ちると思ったのによお!」
ルイナーと呼ばれる大女は彼の言葉に何の興味も示していないようで手を振りながら大きなあくびをしている。
「あんな弱っちいやつ相手に面白い事なんて何にもないよ。ねえママ?」
彼女は肩に乗せている少女に頭をこすりつける。少女は微笑みながら小さな手でその頭を撫でてやっている。
「なんやねんもー……。そや、ブレイカー、結局あの穴ってどこまで掘ったんや?」
ダウターはぽっかりと開いたドーナツ状の大穴をのぞき込む、自分も落ちたりしないように注意しながら少し離れて穴の中を覗いてみるが、中はまっくらでその深さは全くわからなかった。
「えーっとねー。向こう側まで掘ったよー」
にわかには信じられない言葉をのんびりとした口調で放つ。この穴まさか貫通してる……?
「ギャハハ! まじかよ! それやったら尚更落ちたとこ見たかったやんけもー」
彼は足で地面を蹴り、穴に砂かけながら後ろに手を伸ばす。するとそこにはこの世界に来るときに通ったあの大きな赤い扉が現れていた。
「そんじゃさっさと帰って新人君とお話でもするか。リーダーもずっと待ってるやろうしな」
あのフードの老人はこの世界の説明を終えた後一人ですぐに帰っていたが、責任者不在がはよくないということだろうか。それともやっぱり病気にでもかかっているのだろうか。
音もなく開いた扉の中に次々に入っていく。あの鬼のような大女だけを残し、肩に乗っていた小さな少女もそこから降りて全員そのまま扉に入っていったが、なぜか彼女だけは扉に背を向けて腕を回し首を鳴らしている。ダウターに促されて僕も扉の中に入る。後ろで何かが崩れ落ちるような音がした。
「やあ、おかえりみんな」
僕たちがまた裁判所のような場所に戻ってくると、リーダーが手を広げて迎えてくれた。
「私は御覧の通りあまり身体が丈夫ではなくてね、極力仕事をさぼるようにしているんだ」
彼はハハハと笑う。始めと同じように彼の横に他のメンバー達が順番に並んでいった。先ほどまでは彼らと共に行動をしていたせいか、少し親近感のようなものも感じていたが、こうしているとまた裁きを待つ被告人のような気分になる。
「それで初めての転生世界はどうだったかな?」
どうと聞かれてもよくわからなかったというのが正直な感想だ。彼らと共に移動する間に、あの転生者の過去を知った。というか頭の中の本を読むように追体験した時、彼にもきちんとした理由があって人間を裏切ったんだと考えた。しかし僕の目の前に並ぶ面々はそれを彼の愚かな性癖と言い捨て、あっという間に彼を塵より細かい何かに変えてしまったのだ。
「何だかよく見知った物ばかりだなと思いました。もちろん悪魔をこの目でみるのは初めてでしたが、建物とか動植物とか、単に違和感を感じられなかっただけかもしれませんが」
ひとまず当たり障りのないことを言っておく。悪魔を見るのは確かに初めてだったが、どれもこれも想像を超えるようなものではなかった。ゲームや漫画に出てくるような、どこかで見たことがあるような物ばかりだったのだ。
「ハハハ、そりゃそうさ。転生世界っていうのは転生者の望むとおりに出来上がるからね。転生した瞬間に重力が元の世界の百倍だったりしたら即死しちゃうし、酸素が薄くても濃くても人は生きられない。だから転生世界は全部地球のコピーなのさ。」
「地球のコピー……ですか?」
「そう。転生者はそのコピーを自分の心の奥底に眠る願望や欲望通りに弄りまわすのさ、子供みたいにね。そしてエルフやドワーフ、悪魔をなんかを生み、ダンジョンや新種の鉱石を作り上げ、魔法や超能力を使う。だから地球に当たり前にあるものは転生世界にも当たり前に存在するのさ。食べ物の味や栄養なんかの目に見えない部分も全く同じなんだ」
なるほど、と素直に理解した。だから悪魔みたいな地球には本来存在しないものでも、どこかで見聞きしたような物になっていたのだ。
「ところでエルフでも魔族でも、地球に存在していない生き物はどうやって生きているか考えたことはあるかい? 食生活とか繁殖とか、ゴーレムのような土人形はどうやって増えているんだと思う?」
「ええと……いや、わかりません。今まで考えたこともなかったし」
リーダーは微笑みながらウンウンと頷く。
「そうだよね。転生者達もみんな君と同じでそんなこと考えたりはしないんだ。でも転生世界は転生者の望んだようにゴーレムを生み出す。不思議だと思わないかい」
不思議だねなんて言われても今更が過ぎる気もする。この場所や目の前の彼ら自身も僕からしたら不思議を極めたような存在である。
「それじゃあ転生者がその世界でハッピーエンド、めでたしめでたしを迎えた後はその世界はどうなると思う?」
「めでたしめでたしの後……ですか?」
「そう。話の終わりのその先だよ。鬼を退治した桃太郎の老後や、ガラスの靴を履いて王子様と結婚したシンデレラの新婚生活。さっきの転生者なら人間を裏切って世界が魔族に支配されたその後の話さ。何十年か先に彼は年を取って老衰で死ぬのだろうか? じゃあ死んだあとも彼が弄った世界はそのまま続いていくのだろうか?」
「それは……」
いつの間にかリーダーやその周りにいるメンバーは顔を歪め、ひどく辛そうな顔をしていた。いや、ルイナーと呼ばれたあの女性だけはまた居眠りをしているようで、コクリコクリと船をこいでいるが。
「私たちはね、その先があまりにもひどい地獄であることを知ったのさ。だからこうして転生者を殺してはその世界を壊して回っている。君がここに戻ってくるときに大きな音を聞いただろう?それは比喩でも冗談でもなくあの世界が壊れた音さ」
「今は名もなき転生者の君よ、どうか私たちと一緒にこの転生殺しを手伝ってくれないか。私たちは一人でも多くの人を救いたいのだ」
リーダーは椅子から立ち上がり、その場で僕に向かって大きく手を伸ばした。しかし僕は……
「……すみませんがそれはできないと思います。僕は人を救う事と、転生者を殺す事が両立するとはどうしても思えない。そもそも僕もその転生者の一人のはずだし、貴方たちもそうではないのですか……?」
「あいつらは死なんと救われへんのや! せやから俺らも……俺らも!」
「ダウター!!!」
急に大きな声を出したダウターにリーダーが厳しい口調で怒鳴る。
「すいません……」
いつの間にか寝ているルイナーを除くすべての者が静かに泣いているようだった。さっきの世界で転生者を何の躊躇もなく殺した人たちだとは思えない。何に対して涙しているのかも僕には理解できなかった。
「君が今、私達やこの転生というシステムについて心から理解できることはとても少ないんだ。だから……すまない」
「……え?」
リーダーはゆっくりと階段を降りこちらに近づいてくる。不安で胸がざわつく。
彼が僕の隣に立った。
「転生で勇者の次に人気のある職業は何かわかるかい?」
僕は答えようとするがなぜかうまく言葉が出せない、なんとか首を左右に動かし、否定の意思を表す。
「それは回復系さ。特に戦いを嫌う女性に人気が高い」
いつの間にか彼の手にはおどろおどろしい道具が握られており、同じぐらい禍々しいたくさんの道具が台に乗せられて彼の横に並べられていた。
「その回復師に非常に密接な関係があるのがね、拷問なんだ」
彼は手に持っていた道具を目の前にかざす。それはペットにつける首輪のように見えたが、ついているトゲや針からそんなほのぼのとした物では無いということがわかる。その首輪の輪を挟むようにして彼と目が合う。彼の顔から笑みはすでに消え、深く刻まれた皺がこの場の恐怖を増幅していた。
「拷問をする上で一番大切で難しい事は何かわかるかい?」
逃げなければ! と強く思うが身体は指一本動かない。彼は首輪の留め具をゆっくりと外し、僕の首にまいていく。今はベルトが十分に緩んだ状態なのでトゲや針が首筋に触れるだけで済んでいるが、彼がこのベルトをぎゅっと引くだけでそれらは全て僕の首を深く貫くだろう。
「それはね、拷問を受けている人間が死なないようにすることなんだ。拷問をする人は対象を死なせずにできるだけ大きな苦痛を与えて目的を達成しないといけない。足を切り落としてしまえば対象に与える苦痛は非常に大きなものになるが、切り落としたその足は責めることができなくなってしまうし、元に戻らぬその身体を見て対象は逆に口を閉ざす決意を固めてしまうかもしれない。これは拷問をする側からしたら失敗だ。でもね……」
彼はベルトをほんの少しだけ締めた。針がわずかに首に食い込む。後ほんの少しでも力を加えられてしまえば、針は僕の肌を貫通してしまうだろう。
「例えば回復術師が横に居たらどうだろう。腕を斬ろうが足を斬ろうが治してしまえば元通りだ。同じ場所を何回も斬ったり焼いたりすることもできる。相手の身体を気遣う必要がなくなってしまうんだ。それは拷問を受ける側にとって責めが一生終わらないことを示すものでもある。人間は終わりがない物には耐えられないんだ。だからどれだけ強情な人であっても、すぐに相手の要求を呑んでしまうようになる」
「さてこの場所には転生をスムーズに行うために色んな機能が働いていることは説明したね」
「私は今からそれを解除する。するとどうなるか? 抑制されている恐怖や痛みが直に君に作用することになる」
「今は目をこわばらせ、息を呑むぐらいで済んでいるこの恐怖が何倍にも膨れ上がる。連続殺人鬼が揃う家で身動きが取れないまま拷問をされるんだ、当たり前だろう? そして本物の痛みが休みなく君を襲い続ける。これは君が私たちを手伝ってくれるまで永遠に続く。真っ黒になるまで焼かれた肌や切り落とされた指は瞬時に癒え、神経は再び繋がり、本当に永遠に続く苦しみとなる。でも君は僕たちの仲間なんだ、当然そんなことはしたくない。これは本当だよ。だからね……」
彼が一言一言ゆっくりと間を切りながら説明していく。選択肢がない事は僕にも、そして彼にもわかっているようだ。いつの間にか彼の顔には笑顔が戻っていた。
「私たちと一緒に転生者をみんなみんな殺してくれないかい?」
僕は大きく頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??
スキル買います
モモん
ファンタジー
「お前との婚約を破棄する!」
ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。
見習い聖女であるレイミは、実は対価と引き換えにスキルを買い取ることのできる特殊な能力を有していた。
婚約破棄を受け入れる事を対価に、王子と聖女から特殊なスキルを受け取ったレイミは、そのまま姿を消した。
レイミと王妃の一族には、数年前から続く確執があり、いずれ王子と聖女のスキル消失が判明すれば、原因がレイミとの婚約破棄にあると疑われるのは明白だ。
そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。
かくして、子爵令嬢の逃走劇が幕を開ける。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる