働くおじさん異世界に逝く~プリンを武器に俺は戦う!薬草狩りで世界を制す~

山鳥うずら

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第八十八話 エルフ皇国【其の七】

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 朝の目覚めはテトラの肘打ちからでした……。俺の隣で「くっ……殺……」と唸っている。どんな夢を見ているのやらと、呆れながらも笑ってしまう。

 俺は彼女を起こさないように身体を起こし、ベッドからそっと抜け出した。

 まだ、朝食までには時間がありそうなので、久しぶりに薙刀を持って、テラスに向かう。貴賓室だけあって、刀を振るのには十分なスペースがある。 

 薙刀を、上下振り、斜め振り、横振り、斜め振り下から、振り返しを連続して振り続ける。薙刀の師匠から、八方振りをどう教わったのか、もう思い出すことが出来なかった。ただ、この基本動作だけは身体が覚えていた。

  ――――今日はどうもしっくりこない。

 刀を振りながら太刀筋が乱れているのが分かる。汗をかきながら、それが未練だと言うことに気が付いた。それを打ち消すために無我夢中で太刀を振り続ける。

「おっちゃん、おはよう、なんだか気合いが入っているね」

「やっと起きてきたか」

 何でもなさそうな顔をして彼女と向かい合う。
 
「ご飯を食べに行きましょう!」

「ああ、汗を流してくるから先に行っててくれ」

「じゃあ、早く済ませてよね」

 そう言って、ぱたぱたと足音を立て、部屋から出て行った。

               *      *      *

  テーブルの上には、朝食とは思えないほどいつもの数倍の量の豪華な食事が所狭しと並んでいた。

「な、なんだこの料理の数は……」

 小さな声でうめいた。

「お昼前には出立なされるので、多めに用意させて頂きました」

 料理を運んでくる給仕が、そっと答えてくれた。

 テトラが俺をドヤ顔で見ている。たぶん彼女が気を利かせてくれたのだろう……。

 朝からパン一つでも結構きついのに、悲観的と言う他はない。最後のご奉公と思い、出された料理を目一杯まで腹に詰め込んだ。

「もう、食べ……られない……」

 腹をさすりながら、沢山食べたぞアピールした。

「おっちゃんは少食なんだから!」

 アピールに失敗しました!!

 結局、大食い親子の二人が、テーブルの上を綺麗にかたずけた。俺にかこつけ、沢山食べるのが目的だったと言わざるを得なかった。

 テーブルに乗せられた食事が片づけられ、お茶と焼き菓子を給仕が運んできた。これでテトラと一緒の食事も最後になる。旅の準備は済ませているので、出立まで時間をもてあます。

「すまないが、給仕に酒を頼めるか」

「おっちゃんは馬鹿ですか!? 最後に酒を飲んで過ごすなんて非常識すぎる!!」

「俺もそう思うんだけど、やる事なんて何もないからな……手でも繋ぐか」

 彼女はそんな冗談を完全に無視して押し黙る。

「そうだ! 私にプリンの作り方を教えてよ」

「プリンか……厨房は使わせて貰えるのか?」

「すぐに聞いてくるわ」

 俺は調理長に簡単なレシピを説明し、道具をそろえて貰う。

 テトラちゃんの簡単クッキングが始まった――

「まず、卵を割ってくれ」

「そんなの簡単よ!」

 そう言って卵を調理台に叩き付けて卵を潰した……。まさかここから説明するとは思わず頭を抱える。 

 俺は彼女の手を取って卵の割り方を教える。自分がさっきやった失態に震えているが、そこは武士の情けで知らない振りをしてやった。

 さきほど割った四つの卵を、スプーンで黄身だけすくい取りボールに移す。泡立て器がないので、細い棒で黄身を丁寧に混ぜる。別の鍋で暖めていた牛乳に砂糖を入れる。

「簡単な作業ね♪」

 卵も割れない新米コックが、楽しそうに鍋に入れた牛乳と砂糖を混ぜる。混ぜ終わったらこの鍋の熱をとり、さっき混ぜた卵を加えて、良くかき混ぜていく。

「ここから大切な作業がある」

  用意してもらった、目の粗い荒い布で液ををこす。

「この作業がキモだ。滑らかなプリンを作るために、この液を通す材料を工夫してくれ。今はこの布しかなかったので代用したが、俺は色々試してあの味を完成させた。

 説明を聞き入っている、テトラの目が眩しすぎる……

 (完成といっても、ただの平凡な味の焼きプリンなんだが……)

 後はフライパンに砂糖と水をまぜ、焦げないように茶色のカラメルソースを作る。出来たソースをプリンの器に少量流し込み、その上からさっき作った液体を流し入れる。テトラはおぼつかない手つきで、その作業をやりきった、

 最後は、水をしいたフライパンの上に、プリンの入った器を並べてフタをする。それを弱火で十分間、蒸し焼きにする。この時間や火加減によって出来が変わる。

 テトラは火のついたフライパンをじっと見続ける。ときおり開けて中を確認する。

「あっ! 小さい気泡が出てきたわ」

 尖った耳をぴくぴくさせる。

「火を弱めて十分待つ」

「十分待ったわ」

「火を止めて五分待つ」

「五分待ったわ」

「熱いから、これは俺が取るぞ」

 フライパンから容器を取り出し、冷めてから冷蔵庫で冷やすと完成だ。

 完成し、固まったプリンを見ながら、身体をくるくる回して喜びを露わにした。

 プリンがちょうど冷えた頃、侍女が旅の準備が出来たと伝えに来た。

             *      *     *

 テトラと俺は一緒に馬車の前まで黙って歩く。沢山の荷物を馬車に積んでいるのを横目で見ながら沈黙が続いた……。

 「楽しかった……」

 テトラは絞るような声を出し、悲しみを必死でこらえている。

「俺も楽しかった」

 テトラは俺に抱きついたまま、離れようとはしない。
 
「いかないで下さい」

 その言葉を聞いて、冷たい心が割れそうになる。

「そうだ、渡すのを忘れてたわ」

 俺は懐から取り出した物をテトラの首にかけ――彼女の手を振り切って馬車に飛び乗った。

「すまないが、早く行ってくれ」

 震える声で、御者にそう告げた。

 エルフ皇国にテトラを置いたまま、馬車は走り出す。

 彼女は自分の首にかけられた、ネックレスの飾りを見て笑う。

 そこには銀色に光る鍵が付いていた―――― 
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