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第二百八話 その光の先に
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早まる鼓動を押さえながら光源に近づいていく。緑の光は、二股に分かれた大木の隙間から漏れていた。目を開けてその光をじっと見つめて立ち尽くす。
俺は意を決して、その大木の隙間に飛び込んだ――緑の光に包まれ身体が引き込まれていく……。身体から光が消え、世界の様相が一変した。目の前には、沢山の軍服がハンガーラックに掛けられ、俺は日本に帰って来られたことを実感した。
店内にいた人たちは、突然現れた俺に誰一人として気付かない。俺は何もなかったかのように振る舞い、店から出て行った。久しぶりの御徒町は何も変わらず、華やかで雑多な繁華街のままだった。その街を見た瞬間、自分は白昼夢を見ていたサラリーマンだと錯覚する。しかし右手に持った薙刀と大きなリュックの重さが、無情にも現実に引き戻す……。
これからどうするか暫し頭をひねる。財布は向こうの世界で、すぐに盗まれ持っていなかった。警察に行けば、交通費を貸して貰えると聞いたことがあるが、流石に刀を握りしめ交番に駆け込む度胸はなかった。そこで元いた会社まで歩いていくことに決めた。会社は小伝馬町にあるので、徒歩でも十分移動出来る範囲にある。そこで俺はおのぼりさんになった気分で、久しぶりに東京の街ブラを楽しんだ。
三十分ほど歩いて会社の前に到着した。小さな雑居ビルの四階と五階を借り切ったその社屋を久しぶりに見て、不思議と目頭が熱くなる。俺は狭いエレベーターに乗り込み、四階のボタンを押して、長い間留守にしていた職場に足を運ぶ――
小さな会社なので、アポ無しでも簡単に出入りすることが出来た。廊下を歩いている知らない女性社員に声を掛けた。
「すいません、真北君はいますか」
彼女は一瞬、俺の顔を訝しげに見た。
「真北課長なら居ますが、呼んできますね」
そう言って、廊下の奥に消えていく。
「すいません、大変お待たせしました」
そうして暫く待つこと数分、一人の男が俺の方へと駆け寄り、営業スマイルを向ける。俺の姿を見て少し考えた末、絶句する。
「ええっ! 音茶先輩じゃないですか。無精ひげのせいで、直ぐに分かりませんでしたよ」
廊下に彼の声が響いた。
「ああ、久しぶりだな真北」
気恥ずかしそうに、ひげに手をやった。
「それになんですかその格好は……こんな会社でなかったら警察を呼ばれますよ」
「社員の教育が良かったから、お前が来てくれたんだ」
「はっはっは、田中には後で注意しておきます。それにしても今まで何処で何をしていたんですか」
「神隠しにあって、異世界で冒険者をしていた」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
「またーーっ! こんなところで立ち話もなんですから、商談室に行きましょう」
そう言って俺たちは、壁で区切られた小さな商談室に入る。
「無断欠席なんてしない先輩が、突然出社しなくなったので会社は大変だったんですよ」
笑いながら話している真北の眉が、少しだけ吊り上がるのが分かった……。
「すまない……」
俺は肩をすくめて謝りを入れた。
「それで、今更会社に戻ってきた理由は何ですか」
真北は、俺に問いかける。
「実は……恥ずかしながら、お金を借りに来た」
歯切れ悪く、そう口にすると彼の顔色が一瞬変わった。
「幾らぐらい必要ですか……」
真北がジトっとした目を俺へと向ける。
「二万円ほど貸して欲しい。町田に妹が住んでいるんだが、会いに行く金が無い」
「言いにくい事をずばり聞かせて貰いますが、そんな格好なので、先輩は浮浪者なんですよね……」
俺は真北に薙刀を見せる。
「こんな刀を持った浮浪者がいると思うか? 会社帰りに神隠しにあったのは嘘じゃない……信じられないと思うが、異世界から帰ってきたばかりだ」
と、彼の目を見て、正直に話した。
「先輩は昔から冗談を言う人でしたが、こんなぼけは言わなかったはずですね……」
彼は懐から財布を取り出し、俺に二万円を手渡した。
「感謝する……すまないが振込先と連絡先を教えてくれ」
「このお金は返さなくて良いですよ」
俺の目をまっすぐ見て、そう答えた。
「そういう訳にはいかない」
「じゃあ、落ち着いたら異世界の話をして下さい」
彼の言葉に胸が熱くなるのを感じた。
「ああ、飲み屋でたっぷりと語ってやるわ」
俺は最後にそう言って、会議室で真北と別れた。
エレベーターを降りてビルから出たとき、俺は疲れたように息を吐く。心のどこかに明日からこの会社で働きたいと思う自分がいた……。
東京という町は、地方都市と大きな違いがある。俺みたいな変な格好をしていても、それなりに受け止める抱擁力があるのだ。外国人労働者も多いので、少々奇抜なファッションをしていてもおかしくない。
――そんな心の中で言い訳をしながら小田急電車に乗って移動していた。乗客の目が辛い……大概の人が俺を見ると目をそらすか、ひそひそと声を潜めて話し合っている。まあ、写メまで撮られるほど、奇抜な格好ではないのが救いだと、自分自身に言い聞かせた。
妹の家は町田駅の近くの住宅街にあった。数回しか顔を見せに行ってなかったので、無事に着けるか賭けに近いものがあった。しかし有名なスーパーが近所にあったのを思い出したので、それを頼りに辿り着くことが出来た。
この後起こった経緯を簡単にまとめると、俺の財産は全て妹が相続していた。貯蓄は貯金と積み立ての保険を入れれば一千万は軽く超えていた。もちろん俺は会社を退社扱いになっていたので、退職金も数百万は受け取ってたと思う。俺が一番残念だと思ったのは、人生を掛けて溜め込んだ、漫画関係のグッズやフィギュア、玩具などこれらを叩き売っても一財産になるほど持っていたのが、全て売られてしまっていた事だ。
数百万ぐらいは返して貰うように言ったら渋い顔をされたので、ではここで数年間よろしくと言ったら、銀行から三百万円を引き出してきた。子供が三人いるのでと、ぶつぶつ言われたが聞き流して現金を受けとった。
俺は金より一番大切な物をこの世界で失っていた……。自分がもう死亡者扱いになっていたみたいで、住民票を取り戻すのに少々難儀した。妹がしっかり身元保証人になったので、東京の安アパートを借りて役所と交渉を続けることが出来た。最初は漫画喫茶の住人になるが、好きな漫画を読み尽くすまで、それほど時間が掛からなかった――――
――――俺は小さな机に座り、デスクトップのパソコンを開いたままお気に入りの漫画を何度も読み直す。机の下には、三十本入りのうまい棒が各種積んでおり、いつでも自由に食べられるようにしている。浦島太郎になっていた俺は、新しい情報に一喜一憂していたが、このうまい棒が十円で買えなくなっていたことが、一番ショックな出来事だった。望んだ生活に戻っているはずだった……
パソコンの画面をぼーと眺めながら、俺は異世界生活を思い出す――
俺は意を決して、その大木の隙間に飛び込んだ――緑の光に包まれ身体が引き込まれていく……。身体から光が消え、世界の様相が一変した。目の前には、沢山の軍服がハンガーラックに掛けられ、俺は日本に帰って来られたことを実感した。
店内にいた人たちは、突然現れた俺に誰一人として気付かない。俺は何もなかったかのように振る舞い、店から出て行った。久しぶりの御徒町は何も変わらず、華やかで雑多な繁華街のままだった。その街を見た瞬間、自分は白昼夢を見ていたサラリーマンだと錯覚する。しかし右手に持った薙刀と大きなリュックの重さが、無情にも現実に引き戻す……。
これからどうするか暫し頭をひねる。財布は向こうの世界で、すぐに盗まれ持っていなかった。警察に行けば、交通費を貸して貰えると聞いたことがあるが、流石に刀を握りしめ交番に駆け込む度胸はなかった。そこで元いた会社まで歩いていくことに決めた。会社は小伝馬町にあるので、徒歩でも十分移動出来る範囲にある。そこで俺はおのぼりさんになった気分で、久しぶりに東京の街ブラを楽しんだ。
三十分ほど歩いて会社の前に到着した。小さな雑居ビルの四階と五階を借り切ったその社屋を久しぶりに見て、不思議と目頭が熱くなる。俺は狭いエレベーターに乗り込み、四階のボタンを押して、長い間留守にしていた職場に足を運ぶ――
小さな会社なので、アポ無しでも簡単に出入りすることが出来た。廊下を歩いている知らない女性社員に声を掛けた。
「すいません、真北君はいますか」
彼女は一瞬、俺の顔を訝しげに見た。
「真北課長なら居ますが、呼んできますね」
そう言って、廊下の奥に消えていく。
「すいません、大変お待たせしました」
そうして暫く待つこと数分、一人の男が俺の方へと駆け寄り、営業スマイルを向ける。俺の姿を見て少し考えた末、絶句する。
「ええっ! 音茶先輩じゃないですか。無精ひげのせいで、直ぐに分かりませんでしたよ」
廊下に彼の声が響いた。
「ああ、久しぶりだな真北」
気恥ずかしそうに、ひげに手をやった。
「それになんですかその格好は……こんな会社でなかったら警察を呼ばれますよ」
「社員の教育が良かったから、お前が来てくれたんだ」
「はっはっは、田中には後で注意しておきます。それにしても今まで何処で何をしていたんですか」
「神隠しにあって、異世界で冒険者をしていた」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
「またーーっ! こんなところで立ち話もなんですから、商談室に行きましょう」
そう言って俺たちは、壁で区切られた小さな商談室に入る。
「無断欠席なんてしない先輩が、突然出社しなくなったので会社は大変だったんですよ」
笑いながら話している真北の眉が、少しだけ吊り上がるのが分かった……。
「すまない……」
俺は肩をすくめて謝りを入れた。
「それで、今更会社に戻ってきた理由は何ですか」
真北は、俺に問いかける。
「実は……恥ずかしながら、お金を借りに来た」
歯切れ悪く、そう口にすると彼の顔色が一瞬変わった。
「幾らぐらい必要ですか……」
真北がジトっとした目を俺へと向ける。
「二万円ほど貸して欲しい。町田に妹が住んでいるんだが、会いに行く金が無い」
「言いにくい事をずばり聞かせて貰いますが、そんな格好なので、先輩は浮浪者なんですよね……」
俺は真北に薙刀を見せる。
「こんな刀を持った浮浪者がいると思うか? 会社帰りに神隠しにあったのは嘘じゃない……信じられないと思うが、異世界から帰ってきたばかりだ」
と、彼の目を見て、正直に話した。
「先輩は昔から冗談を言う人でしたが、こんなぼけは言わなかったはずですね……」
彼は懐から財布を取り出し、俺に二万円を手渡した。
「感謝する……すまないが振込先と連絡先を教えてくれ」
「このお金は返さなくて良いですよ」
俺の目をまっすぐ見て、そう答えた。
「そういう訳にはいかない」
「じゃあ、落ち着いたら異世界の話をして下さい」
彼の言葉に胸が熱くなるのを感じた。
「ああ、飲み屋でたっぷりと語ってやるわ」
俺は最後にそう言って、会議室で真北と別れた。
エレベーターを降りてビルから出たとき、俺は疲れたように息を吐く。心のどこかに明日からこの会社で働きたいと思う自分がいた……。
東京という町は、地方都市と大きな違いがある。俺みたいな変な格好をしていても、それなりに受け止める抱擁力があるのだ。外国人労働者も多いので、少々奇抜なファッションをしていてもおかしくない。
――そんな心の中で言い訳をしながら小田急電車に乗って移動していた。乗客の目が辛い……大概の人が俺を見ると目をそらすか、ひそひそと声を潜めて話し合っている。まあ、写メまで撮られるほど、奇抜な格好ではないのが救いだと、自分自身に言い聞かせた。
妹の家は町田駅の近くの住宅街にあった。数回しか顔を見せに行ってなかったので、無事に着けるか賭けに近いものがあった。しかし有名なスーパーが近所にあったのを思い出したので、それを頼りに辿り着くことが出来た。
この後起こった経緯を簡単にまとめると、俺の財産は全て妹が相続していた。貯蓄は貯金と積み立ての保険を入れれば一千万は軽く超えていた。もちろん俺は会社を退社扱いになっていたので、退職金も数百万は受け取ってたと思う。俺が一番残念だと思ったのは、人生を掛けて溜め込んだ、漫画関係のグッズやフィギュア、玩具などこれらを叩き売っても一財産になるほど持っていたのが、全て売られてしまっていた事だ。
数百万ぐらいは返して貰うように言ったら渋い顔をされたので、ではここで数年間よろしくと言ったら、銀行から三百万円を引き出してきた。子供が三人いるのでと、ぶつぶつ言われたが聞き流して現金を受けとった。
俺は金より一番大切な物をこの世界で失っていた……。自分がもう死亡者扱いになっていたみたいで、住民票を取り戻すのに少々難儀した。妹がしっかり身元保証人になったので、東京の安アパートを借りて役所と交渉を続けることが出来た。最初は漫画喫茶の住人になるが、好きな漫画を読み尽くすまで、それほど時間が掛からなかった――――
――――俺は小さな机に座り、デスクトップのパソコンを開いたままお気に入りの漫画を何度も読み直す。机の下には、三十本入りのうまい棒が各種積んでおり、いつでも自由に食べられるようにしている。浦島太郎になっていた俺は、新しい情報に一喜一憂していたが、このうまい棒が十円で買えなくなっていたことが、一番ショックな出来事だった。望んだ生活に戻っているはずだった……
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