勇者の友人はひきこもり

山鳥うずら

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第十話 初陣【其の二】

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 王都を出立してから二日目の朝を迎えた。昨日は早く寝たせいか、ナタリアが起こしに来る前に目が覚める。ベッドからゆっくりと起き上がり、テントの外に出てみると、兵士たちが朝食の準備をするために忙しなく動き回っていた。

「勇者様、おはようございます、起きておられたのですね」

 僕を起こしに来たナタリアに、声をかけられた。

「おはようございます。すぐに着替えてくるので、ここで待っていて下さい」

「私も着替えを手伝います」

 そう言うと、彼女は僕の後ろからついてきてテントの中に入ってきた。『もう一人で着替えられます』と、言う前に僕はあっという間に上半身を脱がされ、着替えを手伝って貰う羽目になった。照れ隠しに

「今日は良い天気だね」

 と、ありきたりな言葉で彼女に話しかける。

「はい、勇者様……よく晴れて雲一つない快晴です」

 ナタリアは、おかしそうにくすりと笑う。

 僕はその次の言葉を失ってて、黙り込んでしまう。

「もうすぐ朝食が出来ますので、取りに行ってきます」

 彼女はくるりと後ろを向いて、テントから出て行った。僕はなんだか気を遣って貰った事が恥ずかしかった……。

 彼女が運んできた朝食は、野菜と肉の塊が入ったスープであった。お椀の中の大きな肉を、木で出来たスプーンですくい、口の中に放り込む。肉は噛む前にほろりと崩れ落ち、肉汁がジュワーと口一杯に広がった。その味は豚汁に似ていると思った。

「美味しそうに食べますね」

「美味しそうじゃなくて、本当に美味しいんだ」

 俺はスープを啜りながら答えた。

 その時、漠と彼女の会話を割り込むように、テントの外から僕を呼ぶ声が聞こえた。

「入ってきても良いよ」

 僕は外にいる人に声を掛けた。

「勇者様、失礼いたします」

 そう言って、テントの中に入ってきたのは、僕が送り出した斥候の一人だった。

「ダブラスの村を偵察してきて、ただいま戻って参りました」

 兵士は片膝をついて、僕の顔を見上げながら帰還の挨拶をする。

「それはご苦労様です。隊長には偵察してきた情報を話したのですか?」

「はい、まずは勇者様に報告をしろと言われました」

「そうですか……では、お願いいたします」

 僕は落ち着き払った振りをしてこういった。

「現時点において、タブラス村までの道のりで、魔王軍の兵隊は一人も見かけませんでした。村には防衛対策はされておらず、特に危ない場所は遠目でしたが見当たらなかったです」

 兵士は自分が見てきた情報を簡潔に報告する。

「村には魔王軍の兵士が、何人ほどいましたか?」

「そ、それが軍人らしき兵士は、誰一人として見掛けなかったです」

 想定外の答えが返ってきたので、僕は驚きを隠せなかった。

「そうですか……拠点として使えないので、軍隊を引き上げたのかな……とりあえずは村まで行くしかないようですね」

 全ての報告を聞き終えた俺は兵士を労い、隊長にもその情報をすぐに伝えるようにと指示を出した。彼がテントから出て行った後、僕は食べかけのスープを口流し込こみ、朝食を素早く終わらせる。

 戦いの準備を済ませた僕たちは、拠点を畳みタブラス村に進軍した。昨日と同じく地平線から時折大きな魔物が見える以外、静かで何の変哲もない平原だけが続いた。あまりにも退屈な時間が続き、眠気が襲ってくる。僕は同乗しているナタリアと歓談することで、眠気に勝つことが出来た。

 進軍を続けること二時間、森の向こうに切り立った巨大な峡谷がようやく姿を現す。

「ここを抜けると、タブラス村が見えてきます」

 ナタリアが教えてくれた。僕はこれから始まるであろう戦いに、気合いを入れ直した。やがて馬車は巨大な峡谷の前に辿り着く。物語ならここで魔王軍の罠が敷かれていたり、待ち伏せで戦闘が始まったりするのだが、何も起こらないまま安全に峡谷を抜けた。

 そうして見えてきたタブラス村を見て僕は――
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