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第一章
008
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「……ルディ、オン……?」
「すいません。起こしてしまったかな」
夜の静けさを壊さない、落ち着いた声音で囁かれ、アルメリアはハッと我に返った。
「……ルディオンっ」
慌てて起き上がる彼女に、藍色の瞳の騎士は、一週間前と変わらぬ静かな笑みを口元に昇らせた。
「覚えていてくださって光栄です、フォルランドからいらした姫君」
「……では……やはりあなたが、国王陛下だったのですね」
訪れる者もない深夜に、こうして妃の寝室に入ってこられるのだ。それは彼がこの部屋の鍵を持つ唯一の男性であるからに他ならない。
にわかに緊張するアルメリアに、寝台の端に腰かけたルディオンは軽く肩をすくめた。
「なんだ、もうわかってしまったの? しばらくは気づかないでいてくれないかなと思っていたのに」
「……あのように思わせぶりなことを言われれば、誰でも気づくと思います」
「それもそうだね」
アルメリアの言葉に特に気分を害した様子もなく、ルディオンは明るく笑った。
その様子は優しげな青年のそれにしか見えず、とても巷で噂されているような冷酷な人間には見えない。
思わず怪訝な表情を浮かべるアルメリアに、彼女の言いたいことを察してだろう、ルディオンはおもしろそうに瞳を細めた。
「イメージしていたオスベリア王と違う、と思った?」
「え? ……ええ、はい」
「君は素直なひとだね。そう、思ったことは遠慮しないで言ってくれていいよ。そのほうが僕も楽なんだ。ただでさえ毎日、臣下に顔色をうかがわれているのに、妃にまでそんなことをされては、肩が凝って仕方がないからね」
軽く肩をすくめる若き王は、どうやら本心を口にしている様子だった。
「……でも……申し訳ございません、うたた寝をしてしまって……。こちらにいらっしゃるかどうか、確信が持てなかったものですから」
我ながら言い訳がましいと思ったが、ルディオンは「こちらこそ」と丁寧に返した。
「事前に行くと連絡していなかったからね。事後処理がいろいろあったから、こちらにくる時間が取れるかどうか、わからなかったんだ。なんとか深夜前に切り上げることができたから、顔だけ見ようかと思ったんだよ。眠っているなら、それはそれで別によかったんだ」
「そのようなこと……」
「こんなことで嘘はつかないさ。起こしてしまって申し訳なかったね」
どこまでも紳士的な物言いに、アルメリアはなんだか調子を狂わされる。
言いたいことも聞きたいこともいろいろあったはずなのだが、彼の纏う空気はまるで風に揺れる柳のごとしで、強く押したところで、するりとかわされてしまうような虚しい感じがしたのだ。
とはいえ彼には、こちらを拒絶したり、威嚇するような意思はないらしい。
現に、遅い時間にもかかわらず、こうして足を運んでくれた。アルメリアが起きていたなら、一緒にお茶をするくらいは……と考えていたのかもしれない。
そう思うと、一瞬とは言えうとうとしてしまったことには、苦い思いを抱かずにはいられなかった。
「……わたくしこそ、お出迎えもできず……あの、お渡りくださってありがとうございます。……お会いできてよかった」
アルメリアは、静かな声ながら本心を伝えた。
少なくても、これでルディオンが国王かどうかで悩まされることはなくなった。他にも知りたいことは山ほどあったが、いずれも彼が正体不明のままではどうにもわからなかったことだけに、前提が固まっただけでもマシになったと言える。
だが、彼のほうは少し驚いた様子で、アルメリアのことを凝視していた。
どうしてそんな顔をされるかわからず、かすかに首を傾げると、ルディオンも困ったように苦笑を返す。
「まだなにも知らないから、そんなふうに言えるのかな。後宮入りした妃たちは、たいてい三日もすると、僕の顔など見たくもないと泣き出すようになるのだけどね。泣くならまだしも、中には卒倒したり、呼吸困難に陥る者も少なくない。……僕の噂を、なにも聞かなかったというわけではないのだろう?」
藍色の瞳がすっと細くなる。それだけで、先ほどまで親しげだった笑顔が、どこかぞっとするような艶と畏れを含んだものになるのに気づき、アルメリアは息を呑んだ。
「……陛下……」
「ルディオンでいいよ。それとも、親しく呼ぶのも恐ろしいと思ってしまう? 妃を何人も精神患者に貶めている男だから、警戒するのも仕方ないと思うけど」
「……」
ではやはり、彼が冷酷だという噂は、噂ではなかったということだろうか。
口をつぐみ、じっと自分を見つめてくるアルメリアをどう思ってか、ルディオンはふっと小さく息を漏らした。
「君がなにを聞いたかはわからないけど、たぶんそのほとんどが真実だと言って間違いないと思うよ。現に僕に抱かれて心を病んだ女たちは数え切れない。それだけのことをした自覚もあるしね」
「……なぜ……なぜ、そのような真似を? 失礼ながら、陛下は……ルディオンは、女性に対して、そんなひどいことをするような方には見えません。こんなにお優しく……お気遣いいただいているのに」
「君を油断させるための演技かもしれないよ。残虐な獣だって、最初から牙を剥き出しにしているわけじゃない。最初は遠巻きに観察して、相手が弱ったところで、ようやくその本性を現すものさ。僕も同じかもしれない」
「それなら……それなら、わたくしがこの国に入った夜に、わたくしの首を絞めたのは、いったいどういうおつもりだったからなのですか?」
アルメリアは身を乗り出すようにして、ルディオンに詰め寄った。
「あのとき、わたくしに乗り上がっていたのは、ルディオンでしょう? なぜあのような真似を? わたくしを……牙にかけるおつもりだったから?」
ルディオンはかすかに驚いた表情を見せたが、すぐにおもしろそうに口元を緩めた。
「あの夜の相手が僕だと確信しているわけ、か。――確かに、あの日ここに忍んできたのは僕だよ。新しく後宮入りした妃がどんな女性か、見ておきたかったからね。まぁ、あの日も今日と同じで、仕事が立て込んでいたから、訪問の連絡はしなかったけれど」
だけどあのときは寝顔を見にきただけでなく、アルメリアの身体にふれてきた。その真意はどこにあったのかと、アルメリアはじっと息を詰める。
ふれられた羞恥心より、彼の不可解な行動の謎を解きたい気持ちのほうが勝っていた。
「どうして……どうして、あのようなこと」
「君が恐れを成して、国に帰りたいと泣くかな、と思ったから」
なんでもないことのように言われ、アルメリアは一瞬理解が追いつかなかった。
「だってそうだろう? 暗闇の中、いきなり身体を押さえつけられてまさぐられて、その上首まで絞められたら、普通は気味悪がって震え出すものさ。違う?」
「……いえ……」
「少なくても、今日までそれで何人かの妃がここを逃げ出している。いわば――あれは、後宮入りした妃たちが必ず通る、洗礼みたいなものかな。まずあれに耐えられるくらいの精神力の持ち主じゃないと、僕に抱かれるなんてことは絶対的にできないから」
「……」
ということは、彼はアルメリアだけでなく、後宮入りした妃たち全員に、あのような行為を施していたということだ。
(いくら彼女たちが、後宮の妃であるからと言って……)
いたずらに相手を怖がらすような真似を、国王と言えど、していいはずがないではないか。
思わず非難のまなざしを向けると、彼は困ったように頬を指先で掻いた。
「我ながらひどいことをしている自覚はあるよ。それは先ほども言ったことだ」
「なぜ、そのようなことをする必要があるのです?」
「だから、僕に抱かれるだけの素質があるかどうか、見極めるためだよ。その点、君は合格だった。ここにやってきたどの姫君よりも優秀だったと言える。――なにせ、僕が物陰に身を隠したあと、快楽の熾火に耐えきれずに、みずから慰めてしまうほどだからね。さすがにあれには驚いたよ」
アルメリアはハッと息を呑み、次のときには首筋まで真っ赤になった。
――そうだった。あのあと、身体の疼きがやまないことに耐えかねて、アルメリアは自分で欲求を慰めてしまった。
見られていることなど気づきもしないで、苦しみの中に見いだした快楽のすさまじさを追って、かなり大胆に秘所をいじくっていた気がする。
声もなく固まるアルメリアに、それまで少しばつが悪そうにしていたルディオンは、ぷっと小さく噴きだした。
「……笑わないでくださいっ」
「はははっ。いや、可愛い反応だなぁと思って。……あのときは手練れの娼婦よりもずっと婀娜めいて見えたのに、今の君ときたら、まるで恋も知らない初心な女の子じゃないか。驚いてしまってね」
驚いた、と言いつつ、その顔は笑っている。アルメリアはいたたまれなくて、上掛けを鼻先まで引き上げてしまった。
「……で、でも、首を絞められたこと自体は恐ろしかったです。あんなこと……普通の、その……行為、では、行わないと思いますわ」
もっとも、アルメリアが知っている情交も、叔父に無理やり強要されたものでしかない。
それでも、夫婦間で一般的に行われているものは、もう少し穏やかな行為だと思うだけに、そのことはきちんと質しておかなければ気が済まなかった。
「うん。普通の行為じゃ、愛する者の首を絞めるなんて、正気の沙汰じゃないと思うよ。むしろ立派な離婚理由になるんじゃないかな。夫から妻への暴力という点で」
ルディオンはけろりとそう答える。アルメリアは耳を疑うが、彼自身は特におかしなことを言っているつもりはないようだった。
「……それが、普通のことではないとわかっていて、その上でルディオンは、わたくしの首を絞めたとおっしゃるのですか?」
「そうだよ」
「なぜ」
「なぜ?」
逆に問い返され、アルメリアは言葉に詰まった。
「僕がそういう異常な人間だって、知ってて君は嫁いできたんじゃないの?」
「……」
目の前にたたずむ青年は、とても噂されているような非道な人物には見えない。
けれど彼は確かに、自分がしてきた異常な行為の数々を認めた。アルメリアの首を絞めたことすら、平然と肯定して見せた。
ということは――やはり彼は、なにかしら『異常』を持つ人間なのだと、認めざるを得ない。
「……妃の首を絞めるのは……洗礼だとおっしゃいましたね。ならば、それを乗り越えたわたくしには、次にどんなことが待ち受けているのでしょう」
恐ろしく思う気持ちを押し殺し、アルメリアは静かに尋ねた。
藍色の瞳がすっと細められる。だがその口元は緩く微笑みを浮かべたままで、アルメリアは背筋がぞっとするのを感じ、身震いした。
「――知りたいかい?」
冷酷と噂される青年王は、それまでより少し沈んだ声音を響かせた。
「それを知るということはつまり、精神を病みここを去っていった妃たちと、同じ行為を受け入れるということに他ならない。……最初からひどいことをするつもりはないけど、大切に育てられた姫君にとっては、それでも屈辱以外のなにものでもない行為だろう。それを、君は受け入れられる?」
わざとこちらの恐怖を煽るような物言いをするのはなぜなのだろう。脅しじゃないよとでも言いたいのだろうか。
だが……たとえなにが待っていようと、アルメリアはそれを受け入れるしかない。
彼女にはもう帰る場所もないし、受け入れてくれるひともいないのだ。
それなら……それならば、目の前のこの、優しげながらも底知れないものを持つ青年のことを、理解していきたい。
「……努力します。ですから、なにもしないうちから、わたくしを遠ざけるようなことはおっしゃらないでください」
すがる気持ちも織り交ぜ、静かに首肯すると、ルディオンはふっと吐息混じりに笑った。
馬鹿な子だね、と笑われたような気がするが、それでもいい。
彼の持つ闇がどれほど根深いものなのか、アルメリアは見極めたい気持ちに駆られていた。
「すいません。起こしてしまったかな」
夜の静けさを壊さない、落ち着いた声音で囁かれ、アルメリアはハッと我に返った。
「……ルディオンっ」
慌てて起き上がる彼女に、藍色の瞳の騎士は、一週間前と変わらぬ静かな笑みを口元に昇らせた。
「覚えていてくださって光栄です、フォルランドからいらした姫君」
「……では……やはりあなたが、国王陛下だったのですね」
訪れる者もない深夜に、こうして妃の寝室に入ってこられるのだ。それは彼がこの部屋の鍵を持つ唯一の男性であるからに他ならない。
にわかに緊張するアルメリアに、寝台の端に腰かけたルディオンは軽く肩をすくめた。
「なんだ、もうわかってしまったの? しばらくは気づかないでいてくれないかなと思っていたのに」
「……あのように思わせぶりなことを言われれば、誰でも気づくと思います」
「それもそうだね」
アルメリアの言葉に特に気分を害した様子もなく、ルディオンは明るく笑った。
その様子は優しげな青年のそれにしか見えず、とても巷で噂されているような冷酷な人間には見えない。
思わず怪訝な表情を浮かべるアルメリアに、彼女の言いたいことを察してだろう、ルディオンはおもしろそうに瞳を細めた。
「イメージしていたオスベリア王と違う、と思った?」
「え? ……ええ、はい」
「君は素直なひとだね。そう、思ったことは遠慮しないで言ってくれていいよ。そのほうが僕も楽なんだ。ただでさえ毎日、臣下に顔色をうかがわれているのに、妃にまでそんなことをされては、肩が凝って仕方がないからね」
軽く肩をすくめる若き王は、どうやら本心を口にしている様子だった。
「……でも……申し訳ございません、うたた寝をしてしまって……。こちらにいらっしゃるかどうか、確信が持てなかったものですから」
我ながら言い訳がましいと思ったが、ルディオンは「こちらこそ」と丁寧に返した。
「事前に行くと連絡していなかったからね。事後処理がいろいろあったから、こちらにくる時間が取れるかどうか、わからなかったんだ。なんとか深夜前に切り上げることができたから、顔だけ見ようかと思ったんだよ。眠っているなら、それはそれで別によかったんだ」
「そのようなこと……」
「こんなことで嘘はつかないさ。起こしてしまって申し訳なかったね」
どこまでも紳士的な物言いに、アルメリアはなんだか調子を狂わされる。
言いたいことも聞きたいこともいろいろあったはずなのだが、彼の纏う空気はまるで風に揺れる柳のごとしで、強く押したところで、するりとかわされてしまうような虚しい感じがしたのだ。
とはいえ彼には、こちらを拒絶したり、威嚇するような意思はないらしい。
現に、遅い時間にもかかわらず、こうして足を運んでくれた。アルメリアが起きていたなら、一緒にお茶をするくらいは……と考えていたのかもしれない。
そう思うと、一瞬とは言えうとうとしてしまったことには、苦い思いを抱かずにはいられなかった。
「……わたくしこそ、お出迎えもできず……あの、お渡りくださってありがとうございます。……お会いできてよかった」
アルメリアは、静かな声ながら本心を伝えた。
少なくても、これでルディオンが国王かどうかで悩まされることはなくなった。他にも知りたいことは山ほどあったが、いずれも彼が正体不明のままではどうにもわからなかったことだけに、前提が固まっただけでもマシになったと言える。
だが、彼のほうは少し驚いた様子で、アルメリアのことを凝視していた。
どうしてそんな顔をされるかわからず、かすかに首を傾げると、ルディオンも困ったように苦笑を返す。
「まだなにも知らないから、そんなふうに言えるのかな。後宮入りした妃たちは、たいてい三日もすると、僕の顔など見たくもないと泣き出すようになるのだけどね。泣くならまだしも、中には卒倒したり、呼吸困難に陥る者も少なくない。……僕の噂を、なにも聞かなかったというわけではないのだろう?」
藍色の瞳がすっと細くなる。それだけで、先ほどまで親しげだった笑顔が、どこかぞっとするような艶と畏れを含んだものになるのに気づき、アルメリアは息を呑んだ。
「……陛下……」
「ルディオンでいいよ。それとも、親しく呼ぶのも恐ろしいと思ってしまう? 妃を何人も精神患者に貶めている男だから、警戒するのも仕方ないと思うけど」
「……」
ではやはり、彼が冷酷だという噂は、噂ではなかったということだろうか。
口をつぐみ、じっと自分を見つめてくるアルメリアをどう思ってか、ルディオンはふっと小さく息を漏らした。
「君がなにを聞いたかはわからないけど、たぶんそのほとんどが真実だと言って間違いないと思うよ。現に僕に抱かれて心を病んだ女たちは数え切れない。それだけのことをした自覚もあるしね」
「……なぜ……なぜ、そのような真似を? 失礼ながら、陛下は……ルディオンは、女性に対して、そんなひどいことをするような方には見えません。こんなにお優しく……お気遣いいただいているのに」
「君を油断させるための演技かもしれないよ。残虐な獣だって、最初から牙を剥き出しにしているわけじゃない。最初は遠巻きに観察して、相手が弱ったところで、ようやくその本性を現すものさ。僕も同じかもしれない」
「それなら……それなら、わたくしがこの国に入った夜に、わたくしの首を絞めたのは、いったいどういうおつもりだったからなのですか?」
アルメリアは身を乗り出すようにして、ルディオンに詰め寄った。
「あのとき、わたくしに乗り上がっていたのは、ルディオンでしょう? なぜあのような真似を? わたくしを……牙にかけるおつもりだったから?」
ルディオンはかすかに驚いた表情を見せたが、すぐにおもしろそうに口元を緩めた。
「あの夜の相手が僕だと確信しているわけ、か。――確かに、あの日ここに忍んできたのは僕だよ。新しく後宮入りした妃がどんな女性か、見ておきたかったからね。まぁ、あの日も今日と同じで、仕事が立て込んでいたから、訪問の連絡はしなかったけれど」
だけどあのときは寝顔を見にきただけでなく、アルメリアの身体にふれてきた。その真意はどこにあったのかと、アルメリアはじっと息を詰める。
ふれられた羞恥心より、彼の不可解な行動の謎を解きたい気持ちのほうが勝っていた。
「どうして……どうして、あのようなこと」
「君が恐れを成して、国に帰りたいと泣くかな、と思ったから」
なんでもないことのように言われ、アルメリアは一瞬理解が追いつかなかった。
「だってそうだろう? 暗闇の中、いきなり身体を押さえつけられてまさぐられて、その上首まで絞められたら、普通は気味悪がって震え出すものさ。違う?」
「……いえ……」
「少なくても、今日までそれで何人かの妃がここを逃げ出している。いわば――あれは、後宮入りした妃たちが必ず通る、洗礼みたいなものかな。まずあれに耐えられるくらいの精神力の持ち主じゃないと、僕に抱かれるなんてことは絶対的にできないから」
「……」
ということは、彼はアルメリアだけでなく、後宮入りした妃たち全員に、あのような行為を施していたということだ。
(いくら彼女たちが、後宮の妃であるからと言って……)
いたずらに相手を怖がらすような真似を、国王と言えど、していいはずがないではないか。
思わず非難のまなざしを向けると、彼は困ったように頬を指先で掻いた。
「我ながらひどいことをしている自覚はあるよ。それは先ほども言ったことだ」
「なぜ、そのようなことをする必要があるのです?」
「だから、僕に抱かれるだけの素質があるかどうか、見極めるためだよ。その点、君は合格だった。ここにやってきたどの姫君よりも優秀だったと言える。――なにせ、僕が物陰に身を隠したあと、快楽の熾火に耐えきれずに、みずから慰めてしまうほどだからね。さすがにあれには驚いたよ」
アルメリアはハッと息を呑み、次のときには首筋まで真っ赤になった。
――そうだった。あのあと、身体の疼きがやまないことに耐えかねて、アルメリアは自分で欲求を慰めてしまった。
見られていることなど気づきもしないで、苦しみの中に見いだした快楽のすさまじさを追って、かなり大胆に秘所をいじくっていた気がする。
声もなく固まるアルメリアに、それまで少しばつが悪そうにしていたルディオンは、ぷっと小さく噴きだした。
「……笑わないでくださいっ」
「はははっ。いや、可愛い反応だなぁと思って。……あのときは手練れの娼婦よりもずっと婀娜めいて見えたのに、今の君ときたら、まるで恋も知らない初心な女の子じゃないか。驚いてしまってね」
驚いた、と言いつつ、その顔は笑っている。アルメリアはいたたまれなくて、上掛けを鼻先まで引き上げてしまった。
「……で、でも、首を絞められたこと自体は恐ろしかったです。あんなこと……普通の、その……行為、では、行わないと思いますわ」
もっとも、アルメリアが知っている情交も、叔父に無理やり強要されたものでしかない。
それでも、夫婦間で一般的に行われているものは、もう少し穏やかな行為だと思うだけに、そのことはきちんと質しておかなければ気が済まなかった。
「うん。普通の行為じゃ、愛する者の首を絞めるなんて、正気の沙汰じゃないと思うよ。むしろ立派な離婚理由になるんじゃないかな。夫から妻への暴力という点で」
ルディオンはけろりとそう答える。アルメリアは耳を疑うが、彼自身は特におかしなことを言っているつもりはないようだった。
「……それが、普通のことではないとわかっていて、その上でルディオンは、わたくしの首を絞めたとおっしゃるのですか?」
「そうだよ」
「なぜ」
「なぜ?」
逆に問い返され、アルメリアは言葉に詰まった。
「僕がそういう異常な人間だって、知ってて君は嫁いできたんじゃないの?」
「……」
目の前にたたずむ青年は、とても噂されているような非道な人物には見えない。
けれど彼は確かに、自分がしてきた異常な行為の数々を認めた。アルメリアの首を絞めたことすら、平然と肯定して見せた。
ということは――やはり彼は、なにかしら『異常』を持つ人間なのだと、認めざるを得ない。
「……妃の首を絞めるのは……洗礼だとおっしゃいましたね。ならば、それを乗り越えたわたくしには、次にどんなことが待ち受けているのでしょう」
恐ろしく思う気持ちを押し殺し、アルメリアは静かに尋ねた。
藍色の瞳がすっと細められる。だがその口元は緩く微笑みを浮かべたままで、アルメリアは背筋がぞっとするのを感じ、身震いした。
「――知りたいかい?」
冷酷と噂される青年王は、それまでより少し沈んだ声音を響かせた。
「それを知るということはつまり、精神を病みここを去っていった妃たちと、同じ行為を受け入れるということに他ならない。……最初からひどいことをするつもりはないけど、大切に育てられた姫君にとっては、それでも屈辱以外のなにものでもない行為だろう。それを、君は受け入れられる?」
わざとこちらの恐怖を煽るような物言いをするのはなぜなのだろう。脅しじゃないよとでも言いたいのだろうか。
だが……たとえなにが待っていようと、アルメリアはそれを受け入れるしかない。
彼女にはもう帰る場所もないし、受け入れてくれるひともいないのだ。
それなら……それならば、目の前のこの、優しげながらも底知れないものを持つ青年のことを、理解していきたい。
「……努力します。ですから、なにもしないうちから、わたくしを遠ざけるようなことはおっしゃらないでください」
すがる気持ちも織り交ぜ、静かに首肯すると、ルディオンはふっと吐息混じりに笑った。
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