公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第一章 メイド、主人の秘密を知る。

005

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 一度昼食を取りに地下室に戻ったとき以外、ジゼルはずっと作業部屋に詰めて片付けを続けた。
 ひとまず、床と机に散らばっていた布はたたんで一カ所に積み上げ、針やはさみなど、放置しておくと怪我をする恐れのあるものは道具箱に丁寧にしまう。
 レースは、すでに切られたものは箱に集め、ロール状のものはきちんと巻き取って、壁に一列に並べた。
 その辺に散らばるボタンやビーズも、とにかく拾えるだけ拾って箱に収める。本当なら種類や色別に分けなければならないのだが、さすがにそこまでする気力はなかった。

「つ、疲れた。お茶休憩もしそびれたわね」

 そろそろ日が傾く時刻になり、ジゼルはようやくスツールに腰掛け、ぜーはー言いながら机にもたれた。一心不乱いっしんふらんに片付けた甲斐かいあって、作業場は整然と整頓せいとんされている。デザイン画や鉛筆もあちこちに落ちていたので、それも拾ってきちんと一カ所にまとめて置いた。
 そのうちの一枚をなんとなしに手に取り、しげしげ見つめる。どうやら次の舞台で女優が着る衣装らしく、全面に刺繍ししゅうが施された豪華なドレスが描かれていた。おまけになんの鳥の羽を使っているのかと問いかけたくなるような、大きな羽根飾りのついた帽子までかぶっている。

「舞台女優も大変ねぇ。ただ歌って踊るだけじゃなく、こんな重たそうな帽子までかぶらないといけないんだから。わたしはメイド服で充分だわ」

 このメイド専用のワンピースも、孤児院にいた頃は着たことがないほど肌触りのいい布で作られている。全員半年に一回採寸を受けて、懇意こんいにしている仕立屋に作らせているものだ。半年に一回、三着ずつ支給されるので、汚しても破れてもさほど慌てずに済む嬉しい仕様である。
 エプロンとヘッドキャップを取れば、そのまま外へ出てもおかしな格好に見られないので、ジゼルはすっかりこの装いを気に入っていた。

「さて、と。ちょっと窓を開けて風を通しておこう」

 デザイン画や布が飛ばないよう重しを乗せてから、ジゼルはずらっと並ぶ窓を次々に開けていく。爽やかな春の風が吹き込んできて、ジゼルはふぅ、とため息をついた。
 と、その風にあおられてか、奥の扉がきぃっと音を立てて開いた。

「あれ? あの部屋って確か……」

 それまで意識しなかった奥の部屋を見やり、ジゼルはかすかにギクッとする。
 というのも、城に使える全員に通達されているある言葉が耳をかすめたからだ。

『旦那様の作業場には、掃除などで立ち入ることは認めますが、その奥にある部屋へ立ち入ることは厳禁です。これは旦那様直々に仰せられたことですので、全員妙な気は起こさないように』

 家政婦長がいつもにも増して怖い顔で重々しく言っていた言葉がよみがえる。その通達がきたのはちょうど半年くらい前だったか。
 掃除の補助以外で作業場に入ることがない上、だいたいは目の前に散らばる布やら糸やらに気を取られていたから、すっかり忘れていたが……あの扉の向こうが、その立ち入り禁止の部屋に違いない。

「ど、どうしよう。でも、窓から入った風で中にあるものが吹き飛ばされていたりしたら……大変よね……?」

 向こうがなんのための部屋なのか知らないが、こちらと同じく作業場であれば、布やレースが散らばっている可能性がある。折悪しく風はわりと強めに吹き込んでいて、重しを置いた布やデザイン画がパタパタと音を立てているくらいだ。
 とにかく、ジゼルは窓を急いで閉めた。そして恐る恐る扉に近づく。

 ――ちょっと中を確認して、特に荒れていないようなら、そのまま扉を閉めて出て行けばいいわ。ちゃんと扉を閉めずに出た旦那様にも非があるわよ、きっと……

 そんな言い訳をしつつ、扉にじりじりとにじり寄る。

「し、失礼しまーす……」

 入ってはいけないところに入ろうとしている罪悪感のせいか、扉の隙間すきまに入っていくとき勝手にそんな挨拶がれた。
 その部屋は作業場に比べると狭かったが、それでもジゼルが寝起きしている個室の五倍はあろうかという広い部屋だった。
 壁にはやはり布やレースが並んでいる。床もだいぶ散らばっていて、かさばった布から突き出るように何体かのトルソーが置かれていた。

(なんだ。この部屋も作業場と変わらないみたいね)

 ――と、一瞬ほっとしたのが命取りだった。
 胸の中に、この部屋ではどんな衣装を作っているのかしら、という好奇心が芽生えてしまう。
 さっき見たデザイン画みたいな、ごてごての舞台衣装かしら?
 そんな気持ちで、ジゼルは女性型のトルソーを今一度じっと見つめて……

「……えっ……? な、なにあれ……?」

 ぱっと見ただけでは判断しづらく、思わず目を擦って、再びじっと見つめてしまう。
 が、それがなんであるかに思い至った瞬間、ジゼルの頬は一気にぱぁっと真っ赤になった。

「も、ももも、もしかしてこれって……、し、下着――ッ!?」

 驚きのあまり大きな声まで出てしまう。ジゼルはあわあわと後ずさった。
 ――そう、その部屋のトルソーたちに着せられていたのは、舞台衣装でも婦人用のドレスでもなかった。
 ゴテゴテしているどころか、布面積が一般のシュミーズやドロワーズに比べ、なんというか……圧倒的に少ない、下着と言うことすらはばかられる、なにかだった。

「な、なななななんでこんなものが……っ。ていうか、これ、下着なの?」
「その通り。それは僕が考案した女性用のセクシーなランジェリーだよ」
「ぎゃあああああああああああッ!!」

 よろよろとさらに後ずさったジゼルは、なにかにドンッと背中からぶつかる。それとほぼ同時に頭上から声をかけられて、彼女は幽霊でも見たかのように甲高い悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまった。

「だっ、だだ、旦那様……!!」
「いけない子だね、ジゼル。この部屋は立ち入り禁止って通達していたと思ったんだけど」

 いったいいつの間に帰ったのか。座り込むジゼルを悠々と見下ろして、ロイドがにっこりと笑顔を浮かべていた。
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