公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第一章 メイド、主人の秘密を知る。

006

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 叱られるならまだしも、微笑みかけられるというのが恐ろしすぎる。
 ひぃっ、と悲鳴を上げたジゼルの脳裏のうりを、様々な単語が駆け巡った。『叱責』『懲罰ちょうばつ』『減給』『解雇』――いずれもろくでもない未来と可能性をはらみまくっている。
 座った状態で再びずざざざとお尻で後ずさり、ジゼルはそのままの格好でガバッとひれ伏した。

「も、申し訳ありませんでした! あ、あの、窓を開けたら風がこちらに入ってきて、扉が開いてしまって……! 部屋の中のものが散らかっていないか心配になって、その、つい……!!」

 完全に言い訳にしか聞こえないだろうが、解雇だけはご勘弁をー! という気持ちでひたすら頭を下げる。
 おかげで床にほとんどへばりつく格好になっていたが、ロイドは気にせず、扉をパタンと閉じた。
 ジゼルはハッと息を呑む。とにかくロイドから離れたくて後ずさってしまったが、おかげで立ち入り禁止の部屋に思い切り入ってしまっていた。出入り口はロイドが閉めてしまった扉一つしかない。
 完全に閉じ込められた……それを知ったジゼルの体中から、冷や汗がだらだらと噴き出てくる。

「お、お許しください、ご主人しゃま……っ」

 恐怖のあまり舌が回らなくなってきた。ああもう、好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものである。本当に今すぐにでも首を切られそう。

(お給料三年分前払いしてもらっちゃっているし、あと一ヶ月は最低でも働かないといけないのに――!)

 終わりだ。どうしよう。そんな気持ちで突っ伏すジゼルだったが、ロイドは特に声を荒げることなく、ジゼルの前に椅子を持ってきて「まぁ座って」と促してくる。

「ところで向こうの部屋、片付けてくれたのはジゼルかな?」

 自身も手近な椅子に腰掛けながら、ロイドがのんびり切り出した。

「は、はい……。いつもの掃除担当のメイドが全員いなかったので、わたしが一人で……」
「君一人で? それは大変だったね。自分でもひどく荒らした自覚があったから、床さえ片付いていればいいと思っていたんだけど、布も丁寧にたたんであったからびっくりしたんだよ」

 わずかに目を見張って、ロイドは感心した面持ちを向けてくる。普段なら「えへへ」と得意になってしまうところだが、今はあいにく「は、はぁ……」と返すのが精一杯だ。
 案の定、

「それほど仕事ができるメイドを手放すのはさすがに惜しいな……。けれどこの部屋を、というか、『あれら』を見られてしまったからには、なにもなくここから帰すということも、ちょっとできないんだよね……」

 ひー、やっぱり! ジゼルは心の中で悲鳴を上げる。
 やはり罰則が与えられるのか? それとも減給? どちらも嫌だけど甘んじて受けるから解雇だけは……! と、ジゼルはぎゅっと目をつむって必死に祈る。
 するとロイドが小さく笑う気配がした。

「そんなに硬くならないでくれ。そうだな。――君が僕のお願いを聞いてくれるというなら、この部屋に立ち入ったことも、僕の秘密の衣装たちを見つけたことも、不問にしてあげていいよ」
「ほ、本当ですか?」

 秘密の衣装、と言いながらトルソーに着せかけられた下着を指すロイドにはどぎまぎしてしまうが、とにかく解雇にならなければなんでもいい。その思いでジゼルは顔を上げる。

「僕のお願い、聞いてもらえる?」
「は、はい……! わたしでお役に立てることなら。あ、もちろん、ここで見たものは誰にも言いませんので!」

 どうやらロイドは誰にも秘密で、並べられている色っぽい下着の数々を作っていたようだ。
 いけないと思いつつ、ジゼルはついトルソーを横目で盗み見てしまう。
 一番手前のトルソーは、いつもドレスを着せかけているものに比べ、乳房の凹凸がしっかりあり、なだらか鎖骨さこつやおへそのくぼみも再現してある。腕がない、首から太腿までの人型であるのは共通しているが、こちらのトルソーには足がちゃんと生えていて、直視するのは恥ずかしいが……股のあたりもきちんと再現してあるようだった。
 そして、それらの恥ずかしいところを隠すように、肌にピタリと吸い付くような下着が着せられている。

(下着って言うか……小さな布を紐でつるしているだけに見えるけど……)

 見れば見るほど……なんというか……

(卑猥……!)

「見たいなら見てもいいよ。隠したいのはこういった下着を作っているという事実であって、下着自体は、ドレスや舞台衣装と同じく僕の自慢の作品たちなわけだから」
「ほわぁっ!」

 盗み見ているのがバッチリばれていて、ジゼルは驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。
 同時に彼の言葉に聞き捨てならぬものを見つけて、思わず息を呑んでしまう。

「さ、作品、ってことは……っ。まさか、この下着、ロイド様がお作りになったんですか!?」

 それこそ、婦人用ドレスや舞台衣装と同じように。
 信じられない思いで瞠目どうもくするジゼルに、ロイドは「そうだよ」とあっさり首肯しゅこうした。

「……ま、まさか、自分で着て楽しむため用に……?」
「あはは。さすがにそれはないかな。というかサイズ的に無理だよ。女性用に作ってあるんだから」

 確かにそうだ……と今一度トルソーを見やったジゼルだが、ロイドの今の口ぶりだと「案外自分で着てみるのも楽しいかもね」と思っていそうでちょっと怖い。この主人は基本的に派手好きだし、常人にはおよそ思いつきもしない妙なことを楽しむタイプだ。

「あくまで女性への販売用だよ。ひょんなことから作ることになったものでね」
「そ、そうなんですか……」

 並べられたトルソーが着ている脇にも、同じようなデザインであろう布と紐のかたまりのようなものが、たくさん置かれている。
 貴族男性でありながらドレスや舞台衣装を製作しているのもめずらしいが、まさか下着にまで手を出していたなんて。しかも販売用、ということは、すでに顧客こきゃくも得ているということだ。改めてロイドの手腕に驚いてしまう。

(でも、この部屋を立ち入り禁止にしていたってことは、ドレスとかと違って、下着を作っていることはさすがに外部に知られたくない、ということよね……?)

 ……まぁ、それはそうだろう。王族というのは民の模範もはんとして生きる宿命を背負っているらしく、あまり奇異きいなことをすると、場合によってはひどいバッシングを受けることになるのだ。
 女性用の下着……それもこんないやらしい感じのものを作っていると知られるのは、外聞が悪いだけでなく、王族としても名のある公爵としてもいろいろダメージを負うことになるのであろう。

「――で、どうだい? 僕が編み出したランジェリーたちは」

 あれこれ考えている中で問いかけられて、ジゼルは「ひぇっ」と首をすくめる。

「ど、どう、と言われましても……っ」
「なんともいやらしくて、見るのも恥ずかしい感じ?」
「はい……、い、いえっ、その、大変可愛らしいデザインと言いますか! り、リボンとかレースもついているみたいですし……!」

 奥のトルソーに掛けられている下着は、乳房を覆う三角部分が全面フリフリしたものだったので、とっさにそんなことを口走る。

「女の子にそう言ってもらえて嬉しいよ。僕が衣装を製作するときのモットーは『見る者はもちろん、着る者も楽しめる』ということなんだ。あれを身につける女性自身の気分が高揚こうようすることこそ、デザイナーとしての僕の狙いであり、願いでもあるのだよ」

 胸に手を当て、軽く目を伏せ、ロイドはうっとりと自身の信条を語っていく。
 それはまぁ、立派なことだと思うが。

(これを着て気分を高揚させる――)

 って、どういうこと? とウブなジゼルは戸惑うばかりだ。
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