公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第二章 メイド、モデルになる。

001

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 お茶の時間を取れなかったので、ジゼルは夕食を一番に摂らせてもらい、その後は明日の食事の仕込みを手伝った。
 いもの皮むきをし、ニンジンを一口大に切る。言葉で言うのは簡単だが、旦那様に出す用のスープのほかに、使用人全員分の食事に使う量となると、これだけでも大変だ。
 それが終わったら大量の肉にハーブをよく馴染ませ、涼しいところに入れておく作業。
 終わる頃にはすっかりヘトヘトになってしまって、ジゼルはほかのメイドたちに「お疲れ~」と声をかけられる始末だった。

「今日は作業部屋の掃除も一人だったんでしょう? 間が悪いわよね。パーティーの予定が三日後になければ、もっと人手も回せたでしょうに」
「は、ははは、まぁこういう日もあるって……」

 苦笑いするジゼルに、家政婦長が近寄ってきた。

「ジゼル。旦那様から、今日からしばらく、夜にもあんたにお茶を届けてもらいたいって要望があったんだ。あんたのれるお茶が、ことのほかお気に召したみたいだね」

 どこか嬉しげに言う家政婦長に、メイドたちも「へぇ、すごいわね」と素直に感心している。

「それに旦那様は、夜はお部屋でお酒を召し上がることが多いのに」
「しばらく衣装製作に忙しくなるから、夜も眠気覚ましにお茶のほうがいいんだってさ」
「わたしたちも大概たいがい働いている気がするけど、旦那様ってそれ以上にあれこれやっているわよね」

 一人のメイドが言った言葉に、その場にいた全員が頷く。

「もう仕事が上がりの時間なのに悪いね。お茶を届けたらそのまま上がっていいからね。片付けは翌日の掃除係にやらせるから」
「わかりました」

 ――なるほど、ロイドはこうやって自然にジゼルを呼び出すことにしたわけか。
 頑張ってね~、とジゼルに手を振りながら、住み込みの使用人たちが四階へと上がっていく。それを見送ったジゼルは、さっそくお茶の用意を始めた。

 本当に眠気覚ましのためのお茶が欲しいのかもしれないので、目が冴える効能があるという茶葉を選んで、ティーセットともにお盆に載せる。料理長からお茶菓子ももらって一階まで運ぶと、隠し扉からワゴンを引っ張り出した。
 そして何食わぬ顔で、作業部屋へとジゼルはワゴンを押していく。

 ほとんどの使用人は夕食が終われば仕事上がりだ。通いの者は日が落ちる前にはもう城を出ているので、朝と違って誰ともすれ違わない。時折、家政婦長や不寝番ふしんばんのメイドが火の確認に回るようだが、それ以外は静かなものだ。

(とか考えているうちに、ついちゃった……)

 ジゼルは「はぁぁ……っ」と重苦しいため息をついてから、覚悟を決めて、作業部屋の扉をノックした。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 作業場は昼間と同じく片付けられていて、明かりも入れられていない。
 だが構わずワゴンを進めていき、奥の扉を目指す。よくよく耳を澄ませば、中から鉛筆の音を走らせるシャッシャッといういう音が漏れ聞こえてきた。

「だ、旦那様、ジゼルです。お茶をお持ちしました……」

 思わず声がかすれたが、扉の向こうの主は気にしない様子で「ありがとう、入って」と声をかけてくる。
 ジゼルは再び覚悟を決め、扉を開いた。

「やぁ。疲れているのに悪いね。こっちでちょっと待っていて。あ、お茶はその辺にでも置いておいて」

 振り返ったロイドが屈託くったくなく言ってくる。
 ジゼルはワゴンを扉の向こうに置き、ティーセットを載せた盆だけ運び込む。部屋は昼間見たときより散らかっている様子だったが、床に散らかっているのは布ではなく、すでに描き込みが終わったデザイン画が主だった。

 チラッとそちらに目をやり、思わず赤面する。デザイン画の中に描かれていた細見の女性には、すでにあられもない下着が着せられており、これがいずれ実物になるのか……と思うと、とても直視していられなかった。
 だが恥じらうジゼルに対し、鉛筆えんぴつをものすごい速度で走らせるロイドは楽しげだ。

「いやぁ、君がモデルを引き受けてくれると思ったら、不思議といろいろなアイディアが出てきてね。自分でもびっくりするくらい」

 生き生きと輝くロイドの横顔を見ていると、それはよかった、という気持ちにもなったが……

(アイディアが浮かぶようになったなら、わたしが下着を着る必要性はないのでは……?)

 という考えも浮かんでくる。
 だが辞退する暇は無かった。キリがいいところまで書き終えたのだろう。よし、と鉛筆を置いたロイドは、ジゼルに向き合うなり満面の笑みで両手を掲げた。

「さて、じゃあさっそく着替えてきて。最初はこれがいいかな!」

 そう言ってかかげられているのは、スケスケの薄い生地で作られた、黒い……布と紐。

(そう、布と、紐よ。あれが下着のはずがないわ、絶対に……!)

 と全力で主張したくなるくらい、布面積が少ない下着だったが、ロイドはそれを「顧客のイメージに合わせて作ったセクシーランジェリーなんだけどね」と言い張る。

「さっそく着替えてみてくれる? そっちのついたての向こうを使って」

(――って、別室に行って着替えるとかじゃないのぉ……?)

 ついたての向こうでは着替える様子は見えないだろうが、物音は丸聞こえだろう。恥ずかしすぎる!
 そんなジゼルの心の声が聞こえたのか、ロイドが「ごめんね」と先に謝ってきた。

「恥ずかしいだろうけど我慢して。この部屋にあるものは門外不出。顧客に売り出すとき以外では外に出したくないんだ。目も耳もふさいでいるから、お願い、ね?」
「は、はぁ……」

 ……ああもう、こうなったら半ば自棄ヤケである。
 ついたての向こうに引っ込んだジゼルは、無駄に恥ずかしがって終わらせる時間を長引かせるのは無意味だと結論づけた。覚悟を決めてエプロンを脱ぎ捨て、ワンピースを脱ぎ、下着やストッキングに手をかける。
 さすがに全裸になるときは、ロイドがちゃんと目を閉じ耳を塞いでいるかをこっそり確認したけれど。

(というか、これ、どうやって着るの……!?)

 最初に手に取ったのは、まさに布に紐だけの下着である。真っ黒な布地は絹製なのか、肌触りは恐ろしいほどいい。紐もやはり絹なのだろうか? すべすべだ。

「あ、ああああの、これ、その、どうやって着れば……」

 恥ずかしいが、ここはもう聞くしかない。するとロイドはその辺のトルソーを指した。

「あそこにあるのと同じような感じのものなんだ。なんとか見よう見まねで着てみて」

(見よう見まねと言われましても……!)

 ついたての影からちょっとだけ顔を出し、近くのトルソーを見やる。形状からして、どうやらこの布と紐は下半身を覆うもののようだ。
 恥ずかしさに何度も手を止めそうになりながらも、ジゼルは自分の股に布地部分を押し当て、黒い紐を両脇で結ぶ。ドロワーズと違って覆われる部分があまりに少なく、本当にこの着方でいいの? と何度もトルソーとに比べてしまった。

 その後はもう一枚の布を手に取る。これもどう着ればいいのだろう? 今一度トルソーを見つつ、袖なしのシュミーズと同じような感じかしら? と考え、頭から被るように身につける。

(う、うわぁ、お腹のあたり透けちゃうじゃない……!)

 思った通り、二つ目のそれは袖なしのシュミーズに似た形のものだった。丈も短いけれど、一応ももの半ばまである。
 もっとも肩の部分は下肢の下着と同様、ただの紐だ。乳房の部分にはしっかり布があって透けることはないけれど、切り込みが深いので谷間ははっきり見えてしまう。

 乳房の下には絹の幅広のリボンがあり、とりあえず結んでみた。
 そうすると胸の下から太腿の半ばまでを覆う総レースの布がわずかによって、なんとも言えない陰影いんえいを浮かび上がらせる。

 本当に大切なところ――乳房と下肢の恥部ちぶ――だけは布がしっかり覆ってくれているが、そのほかは剥き出し、あるいはレース地のため透けてしまうという、とんでもない格好だった。
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