公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第二章 メイド、モデルになる。

002

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(こ、こここ、こんな格好で出て行かなくちゃいけないの……!?)

 ――無理、絶対に無理!! ジゼルは情けなくも泣きそうになっていた。
 だが恥ずかしさのあまりしゃがみ込んでいると、ロイドの心配そうな声が聞こえてくる。

「ジゼル、目も耳もふさいじゃっているからよくわからないけど、着替えられたかい?」

 着替えられたけど、素直に頷くには抵抗がありすぎる。
 だが出て行かないとロイドが心配するばかりだろう。羞恥心しゅうちしんを押し殺し、ジゼルは「は、はい」と頷いた。

「よかった。じゃあ、さっそく出てきてくれ。実際着てみるとどういう感じなのか確認したい」

 ああ、神様――思わず祈りの形に手を結んでから、ジゼルはもう何度目かの覚悟を決めて立ち上がった。
 変に恥じらってもおかしく見えるだろうし……ということで胸を張って出て行こうとするが、駄目だった。
 いざロイドの姿を見たら(いや駄目! やっぱり恥ずかしすぎるでしょう、これは――!!)という気持ちになってしまい、思わず胸の前で両腕を交差させてしまう。背も自然と猫背になった。

「き、着て、みました……」

 かろうじて言うと、目と耳を律儀りちぎに塞ぎ続けていたロイドが「ありがとう」と言ってこちらを振り返る。
 バッチリ目が合った瞬間、恥ずかしさのあまり卒倒そっとうするかと思った。
 だが今にも泡を吹きそうなジゼルと違い、ロイドはかすかに目を見開き息を呑んだまま、しばらく固まってしまう。
 どちらもなにも言えない数秒……ジゼルはとうとう泣きそうな声を漏らした。

「あ、あの、変、ですか……?」

 すると、ロイドはハッと我に返った様子で肩を揺らした。

「変? とんでもない。変どころか、想像以上に美しくて、つい穴が開くほど見つめてしまった。ジゼル、君はなんて白い肌をしているんだ……!」

 思いがけずうっとりした声音でささやかれて、ジゼルは心の中で(ひ――ッ!)と悲鳴を上げた。あいにく褒められても嬉しさはかけらも感じない。恥ずかしすぎる。
 だがロイドのほうはみるみる顔を輝かせていき、硬直こうちょくするジゼルの胸元から腰元までざっと目を走らせ、さらには彼女の周りをぐるりと回って、自分が編み出したランジェリーを鑑賞かんしょうしていた。

「ああっ、思った通りだ、血の通った人間が着るとトルソーに着せかけるものの数倍の美しさが湧き出してくる……! 君は素晴らしいモデルだよジゼル!!」

 いや、だから褒められても嬉しくないし……恥ずかしいし! ジゼルはもはや涙目だ。
 と、再びジゼルの正面に戻ったロイドが「あ」と声を上げた。

「ごめん。ちょっといい? リボンを結び直すから」
「え? うきゃああああああああ!」

 ロイドの手が伸びてきたかと思ったら、乳房の下のリボンをしゅるっとほどいてしまう。だからといって脱げることはないが、心許こころもとない感覚が一気に増して、ジゼルは思わず甲高い悲鳴を発していた。

「い、いやっ、だめです、ロイドさま……っ」
「ちょっとだけだからそのままでいて」

 ロイドは真剣な面持ちでリボンを結び直す。ジゼルは(ひぃぃいっ!)と震えるしかない。リボンを結ぶためロイドがひざまづいているのはいいが、その顔の高さはちょうど胸の下あたり。つまりは総レース地によって透けている腹部の上あたりなのだ。

(見~な~い~でぇぇええ~ッ!!)

 おそらくロイドは下着にしか興味がないだろうが、それでもなけなしの乙女心が羞恥のあまり顔を出してくる。
 おまけに先ほどまでよりずっと強くリボンを結ばれてしまって、身体……というか胸のラインまで強調される感じになってしまい、うわーん! と叫びたい思いだった。

「これでよし、と。――ああ! ますます素敵になった! すまないが、ちょっとスケッチさせてもらっていいかい?」
「す、す、すけっち?」
「そう。実際に着てみると、布がどういうふうによるのかを記録しておきたいから」

 ロイドはさっそくスケッチブックと鉛筆えんぴつを取ると、ものすごい速さで手を動かし始めた。
 笑みを刻んだ口元からちょっと舌をのぞかせつつ、こちらとスケッチブックを往復する視線は真剣そのもの。ジゼルは一時いっとき羞恥を忘れ、夢中になって鉛筆を走らせるロイドをじっと見つめた。

(こんなロイド様は初めて見た……孤児院にいた頃から考えても、こんな表情を浮かべているところなんて見たことがないわ)

 いつもどこか飄々ひょうひょうとして、つかみどころがないのに、自分が好きなことに関しては別人のように集中力を発揮はっきするのか……
 持ち直す時間も惜しいとばかりに、終いには指に鉛筆を三本も持って、交互に書き込む技術には舌を巻いてしまう。本当に彼は服飾のデザインが好きなのだと、ジゼルは素直に感嘆した。

(でも、まさか女性用のこんな下着まで作っていたなんて……っ)

 そこは盲点もうてんだったと思うと同時に、忘れかけていた羞恥心も戻ってきて、ジゼルは声もなく真っ赤になった。

「ジゼル、できるだけ胸を張っていて。……いや、できればもうちょっと色っぽいポーズを取ってもらうほうがいいかな?」

 恥ずかしさのあまり無意識にうつむいたジゼルにすかさず注意したロイドは、ふと思いついた様子であごに手をやる。
 対するジゼルは「い、色っぽいポーズ……?」と口元を引きらせた。

「そう。実際にそれを着て出てくる女性は、猫背でもじもじしていないと思うし。むしろもっと見せつけるように寝台に歩いてくるんじゃないかな?」
「見せつけるように……」

 ジゼルの頭の中に、腰に片手をやって、まっすぐな一本線の上を行くように、高いヒールをコツコツ鳴らしながらやってくる美女の姿が浮かぶ。なまめかしい腰つきと弧を描く真っ赤な唇まで想像したところで、頭から火を噴きそうになった。

「む、む、無理です――! わ、わたしにはその手の色気は皆無でして!」
「そうかなぁ? 健康的で爽やかな美しさに満ちていると思うけど。まぁとにかく、そうだな。ちょっとそこのスツールに腰掛けてみてくれる?」

 健康的で爽やかな美しさってどういうのよ、と胸中で突っ込みまくりながら、ジゼルは言われたとおり背の高いスツールに腰掛ける。
 座面がかなり高い位置にある上、座る面積は小さいので、腰掛けるというよりお尻をちょっとだけ載せるという感じになった。
 なので姿勢は自然と後ろにもたれるようになり、片足を足下のバーに載せていないとっくり返りそうになってしまう。

「ご、ご主人様、ちょっとこれ危ない態勢なんですが……っ」
「……いい……」
「へ?」
「――最高だよジゼル、そのポーズ素晴らしすぎる! ちょっとそのまま動かずにいて!」
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