公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第二章 メイド、モデルになる。

003

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「えっ、えええええ……?」

 両手でスツールの座面をしっかり掴み、胸から腰を突き出すような体勢のままでいろと言われ、ジゼルは冷や汗を掻く。なんと言ってもお尻がずるっと滑り落ちる一歩手前、みたいな体勢なのだ。腹筋に力を入れていないと、本当に転げ落ちてしまう。
 おかげで奥歯を食いしばったひどい顔になったが、ロイドが見ているのはジゼルの顔ではなく身体なので特に問題はなかった。
 ――いや、問題ありありな気がするが!

(こんな恥ずかしいポーズをスケッチなんかしないでよぉおおおお!)

 おまけにこのポーズだと、ももまで隠してくれていたはずのすそがかすかに持ち上がり、下に穿いているショーツまでばっちり見えてしまうのだ! 透けはしないが、薄っぺらい布一枚しか隠すものがないのもまた事実。
 色気もなにもない心配だが、下の毛がはみ出していたらどうしよう……などという、よけいな心配まで出てきてしまう!

(そんな心配を抱くことが、そもそも恥ずかしすぎるから――ッ!!)

 とにかく一刻も早く終わってくれ! ともはや祈るのみである。椅子からずり落ちないよう必死でしがみついているうち、ロイドが「ありがとう!」と嬉しげな声を上げた。

「もう大丈夫だよジゼル! いやぁ今の最高のポージングだった。おかげでこれまで着た状態がどんなものかわからなかった僕の作品が、いかに身につけた状態でも美しいかを確認することができたよ!」
「そ、それは、ははは……っ、よかったですね……」

 もはや笑うしかない。よろよろとスツールから降りながら、ジゼルは再び前屈まえかがみになって、胸元と下肢を手でおおった。

「本当にありがとうジゼル。君は僕の救いの女神だ」

 スケッチブックを置いたロイドは、うっとりしたまなざしをジゼルに向けながら、彼女の足下にひざまづく。そしてあろうことか、その手を取って口づけた。
 手の甲にちょんっとキスされただけだが、突然のことに驚きすぎて、ジゼルは「ひあああっ!」とひっくり返った声を上げてしまう。

「ろろ……っ、ロイド様! 使用人相手にいったいなにを……っ」
「ここにいる君はメイドではなく、僕の美意識をインスパイアしてくれた、うるわしのランジェリーモデルだよ。君がこれほど美しく僕の作品を着こなしてくれるなんて……おかげで今あふれんばかりのアイディアが頭の中を駆け巡っている。これらはすべて、君の献身けんしんと勇気の賜物たまものだ」

 今度は指先にチュッとされて、再び「ひぃいいっ」と声が漏れる。ロイドのような美形に跪かれ、美辞麗句びじれいくとともにそんなことをされては、悲鳴を上げないでいるほうが難しいだろう。

「そ、それは、あの、とてもようございました……! ですから頼みますから離して」
「ああ、これは失礼。レディの手をずっと握っているなんて不躾ぶしつけだったね」

(そう言いながら今度はほっぺを近づけてくるのやめてぇええええ!)

 名残惜しげにジゼルの手の甲に頬を押しつけ、スリスリしてくるロイドに、ジゼルは今度こそ卒倒しそうな心境である。
 一方のロイドはキリッとした顔で立ち上がった。

「これからデザインを形にするから、明後日の夜、またここにきてほしい。実は三日後にここで開かれるパーティーに、ランジェリーの顧客もくる予定になっていてね。直接手渡しする予定なんだ。だからその前日に、着た状態を確認したい」

 ロイドはそれまでより落ち着いた口調で語りかけてくる。手が離されるなり思わず後ずさったジゼルも、物理的な距離が開いた安心感もあって、ほっと頷くことができた。

「わかりました。じゃあ、明後日に」
「またここでね。それまでは弁護士に契約書も用意させておくから」
「はい……」

 ジゼルはよろよろとついたての影に引っ込み、大急ぎでメイド服に着替える。脱いだ下着を持ってそっとついたての影から出ると、すでにロイドは机に向かって、なにやら作業を始めていた。

「本当にありがとう、ジゼル。君のおかげでいい作品が作れそうだ」

 ジゼルに気づいたロイドは、わざわざ立ち上がって、昼と同じく彼女のことをぎゅっと抱きしめてきた。

「そ、それは、よかったですが。あの、ロイド様、あんまり気軽にメイドに抱きつくのは、そのぉ、どうかと……」
「ああすまない。恥ずかしさをこらえて協力してくれた君がひどく愛おしく感じて。つい我慢ができなくなった」

(愛おしいって……)

 思わず胸がとくんとしてしまうが、おそらくその『愛おしい』は男女間で感じるあれこれではない気がする。
 例えば可愛がっているペットが、主人が投げたボールを拾って持ってきたときに感じる「わあああ、いい子ですねぇえええ、すごいですねぇええ!」みたいな感情であろう。

(――それはそれで、わたしは犬か猫か! って思っちゃうけど)

 でも……
 ジゼルはじっとロイドの横顔を見つめた。

 机に戻ったロイドは、今にも鼻歌でも歌い出しそうな笑顔で、楽しげに鉛筆を走らせている。ここ最近疲れた様子で、笑顔を浮かべていてもどことなく影があったから、こんなに陽気なロイドを見るのは本当に久しぶりだ。

 ――大恩ある彼が、こんなふうに元気になってくれるのなら、モデルをするのも悪くないかもしれない。

 とてつもなく恥ずかしいが、ロイド以外の誰に見られるわけでもない。
 彼が水を与えられた草木のように輝けるなら、それでいいではないか。
 そう思うと、恥ずかしいことをしているという後ろめたさより、ロイドの役に立っているという誇らしさのほうが大きくなる気がして、ジゼルは自然と笑顔になった。

「じゃあ、わたしは部屋に戻ります。あんまり遅くならないようにしてくださいね」
「わかっているよ、ジゼル。明日も起こしにきてね」
「わかりました」

 脱いだ下着をトルソーの脇に置いて、ジゼルはそっと立ち入り禁止部屋を出る。
 いっぱいいっぱいでいる時間が長かったせいか、もう何時間も経った気がしたが、実際には一時間にも満たない滞在時間だった。一応誰にも会わないように気をつけながら、四階へ戻ったジゼルは、そこでようやく大きなため息を吐き出す。

「いろいろと濃い一日だったわ……」

 いつも寝る前は孤児院に寄付するための肌着をったりしているが、今日はそれらをする気力もない。モデルもそうだが、昼間あれほど荒れていた作業部屋を片付けるのも相当大変だったのだ。
 おかげで寝間着に着替えて足を洗う頃にはまぶたが重たくなっていて、ジゼルは横になるなり、あっという間に眠り込んでしまった。
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