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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。
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パーティーは盛況だった。招待客は自分の好きな時間に訪れるが、だいたいは昼食を食べたあとにやってくる客人が多く、どんなに早いものでもお茶の時間までは楽しんでいく。
お茶の時間の前が一番来客が多くなるので、城の前の馬車寄場には次々と馬車が入ってきている。使用人たちはその対応に追われ、見えないところで走り回っていた。
ジゼルは客人を迎える役になったので、受付を終えた客人から上着や帽子を受け取ったあと、会場である大広間までの案内を務めた。
「お目当ての芸術家がいるようでしたら、優先的にご案内させていただきます」
「わたしたちは絵画が好きでね。画家が集まっているところに連れて行ってくれ」
「かしこまりました。ご案内いたします」
でっぷりと張り出したお腹とつやつやしたほっぺたが印象的な紳士と、対照的にほっそりとした背の高い夫人の夫婦を、ジゼルは丁寧に案内する。
途中作品が飾られた廊下を通るので、客人が足を止めたときには同じように足を止めじっと待った。
「あちらが、画家の集まるブースになっております。手すきの者をお呼びいたしますか?」
「うむ」
「では、こちらにお座りください。飲み物をお持ちいたしますので」
ジゼルが目配せルすると、控えていた給仕がすぐさまあれこれ飲み物を持って行く。
ジゼルはそのあいだに絵画のブースに入り、手が空いている画家はいないかとキョロキョロした。
「あ、昨日のメイドさん」
と、横から片手を上げて近寄ってくる人間がいる。ジゼルも聞き覚えのある声にぱっと顔を上げるが、あいにく近寄ってくる画家に覚えはなかった。
「え、と。誰でしたっけ?」
「昨日衣装を着付けてもらった者です。パドリックです」
「……ああ!」
ジゼルはポンッと両手を打ち合わせる。
言われてみれば優しげな声があの画家の青年と同じだ。昨日は伸びっぱなしのボサボサの髪に古着だったが、風呂に入り散髪もしたのか、着ている上等な服と相まって、ほとんど別人になっていた。
「すみません、まったく気づきませんでした。垢抜けてすっきりしましたね」
「僕も鏡を見てびっくりしました……。髪がこんなに軽いのは久しぶりです」
襟足あたりまでしかない髪をさわって、画家のパドリック青年は面映ゆそうに笑った。
「ちょうどよかったわ。今、絵を見たいという新しいお客様が見えているの。あなたのところに案内するわね」
「ありがとうございます。……あ、あの、メイドさん! あとでちょっとお話ししたいことがあるんですが」
話したいこと? と首を傾げたジゼルは、昨日のロイドとの会話をハッと思い出す。
「言っておきますけど、わたしはロイド様と変な関係になんてありませんからね!」
「え? ああ、それはわかっています。僕が言いたいのはその、別のことでして」
ちょっと頬を染めて目を泳がせるパドリックに首を傾げつつ、ロイドとのことじゃなければいいや、と思ったジゼルは軽く頷いた。
「今は忙しいので、客人がはけた夜にでもお伺いします。じゃ、お客様を連れてきますね」
「はい……お願いします」
パドリックは緊張した面持ちで頷く。支援者とまでいかなくても、お得意様となってくれるかもしれない相手とこれから会うのだ。そりゃあ緊張もするだろう。
(見た目はすっかりよくなったから、あとはどもらず話せればきっと大丈夫よ。頑張って)
とパドリックに念を送りながら、ジゼルは飲み物片手にくつろいでいた夫妻を彼のもとへ案内する。
パドリックはすっかり硬くなってぎくしゃくしていたが、夫妻は気にしないようだ。それよりも絵が見たいと言って、パドリックを伴い奥に入っていく。
いい結果に結びつきますように、と祈っていると、「やぁ、ご苦労様」と背後から声をかけられた。
「あ、ロイド様。なにかご用ですか?」
「いいや。ちょうど絵画のブースへ行こうとしていたところで、君を見つけたからね。変な男に絡まれたりしていない?」
「していないに決まっているじゃないですか……。それより、さっきパドリックさんのところにお客様をご案内したところです。お名前は忘れちゃったけど、なかなか恰幅のいいご主人とほっそりした奥様のご夫婦でした」
「ああ、マージョリー伯爵夫妻だね。彼らは絵画の蒐集が趣味なんだ。ちょっと声をかけてこよう」
「パドリックさんの絵、気に入られるといいんですけど」
ジゼルがぽつりと言うと、そちらへ行きかけていたロイドが立ち止まり、ぐるっと振り向いた。
「ん? ずいぶんパドリックに肩入れするね?」
「そういうわけじゃないですけど……昨日衣装合わせでお世話した縁がありますから」
なるほどね、と頷きながらも、ロイドはちょっと苦笑している。
なぜ彼がそんな顔をするかわからず、ジゼルは「?」と首を傾げた。
だがなにを聞くより先に、ロイドはブースに入っていく。やがて件の伯爵夫妻と朗らかに話している声が聞こえてきた。
意味深な表情の理由が気になるけれども、じっくり考えている暇はない。今も会場を回る執事から「ぼうっとしていないで、次の客人を案内してきなさい」と怒られてしまった。
ジゼルは慌てて謝って、玄関ホールへ再び向かう。
そろそろお茶の時間だから、厨房から新たな飲み物やお菓子を運び込む頃だろう。その頃には来客が落ち着くから、厨房に駆り出されるかもしれない。
頭の中でそんな算段をしつつ、ジゼルはメイドらしくあちこち走り回った。
お茶の時間の前が一番来客が多くなるので、城の前の馬車寄場には次々と馬車が入ってきている。使用人たちはその対応に追われ、見えないところで走り回っていた。
ジゼルは客人を迎える役になったので、受付を終えた客人から上着や帽子を受け取ったあと、会場である大広間までの案内を務めた。
「お目当ての芸術家がいるようでしたら、優先的にご案内させていただきます」
「わたしたちは絵画が好きでね。画家が集まっているところに連れて行ってくれ」
「かしこまりました。ご案内いたします」
でっぷりと張り出したお腹とつやつやしたほっぺたが印象的な紳士と、対照的にほっそりとした背の高い夫人の夫婦を、ジゼルは丁寧に案内する。
途中作品が飾られた廊下を通るので、客人が足を止めたときには同じように足を止めじっと待った。
「あちらが、画家の集まるブースになっております。手すきの者をお呼びいたしますか?」
「うむ」
「では、こちらにお座りください。飲み物をお持ちいたしますので」
ジゼルが目配せルすると、控えていた給仕がすぐさまあれこれ飲み物を持って行く。
ジゼルはそのあいだに絵画のブースに入り、手が空いている画家はいないかとキョロキョロした。
「あ、昨日のメイドさん」
と、横から片手を上げて近寄ってくる人間がいる。ジゼルも聞き覚えのある声にぱっと顔を上げるが、あいにく近寄ってくる画家に覚えはなかった。
「え、と。誰でしたっけ?」
「昨日衣装を着付けてもらった者です。パドリックです」
「……ああ!」
ジゼルはポンッと両手を打ち合わせる。
言われてみれば優しげな声があの画家の青年と同じだ。昨日は伸びっぱなしのボサボサの髪に古着だったが、風呂に入り散髪もしたのか、着ている上等な服と相まって、ほとんど別人になっていた。
「すみません、まったく気づきませんでした。垢抜けてすっきりしましたね」
「僕も鏡を見てびっくりしました……。髪がこんなに軽いのは久しぶりです」
襟足あたりまでしかない髪をさわって、画家のパドリック青年は面映ゆそうに笑った。
「ちょうどよかったわ。今、絵を見たいという新しいお客様が見えているの。あなたのところに案内するわね」
「ありがとうございます。……あ、あの、メイドさん! あとでちょっとお話ししたいことがあるんですが」
話したいこと? と首を傾げたジゼルは、昨日のロイドとの会話をハッと思い出す。
「言っておきますけど、わたしはロイド様と変な関係になんてありませんからね!」
「え? ああ、それはわかっています。僕が言いたいのはその、別のことでして」
ちょっと頬を染めて目を泳がせるパドリックに首を傾げつつ、ロイドとのことじゃなければいいや、と思ったジゼルは軽く頷いた。
「今は忙しいので、客人がはけた夜にでもお伺いします。じゃ、お客様を連れてきますね」
「はい……お願いします」
パドリックは緊張した面持ちで頷く。支援者とまでいかなくても、お得意様となってくれるかもしれない相手とこれから会うのだ。そりゃあ緊張もするだろう。
(見た目はすっかりよくなったから、あとはどもらず話せればきっと大丈夫よ。頑張って)
とパドリックに念を送りながら、ジゼルは飲み物片手にくつろいでいた夫妻を彼のもとへ案内する。
パドリックはすっかり硬くなってぎくしゃくしていたが、夫妻は気にしないようだ。それよりも絵が見たいと言って、パドリックを伴い奥に入っていく。
いい結果に結びつきますように、と祈っていると、「やぁ、ご苦労様」と背後から声をかけられた。
「あ、ロイド様。なにかご用ですか?」
「いいや。ちょうど絵画のブースへ行こうとしていたところで、君を見つけたからね。変な男に絡まれたりしていない?」
「していないに決まっているじゃないですか……。それより、さっきパドリックさんのところにお客様をご案内したところです。お名前は忘れちゃったけど、なかなか恰幅のいいご主人とほっそりした奥様のご夫婦でした」
「ああ、マージョリー伯爵夫妻だね。彼らは絵画の蒐集が趣味なんだ。ちょっと声をかけてこよう」
「パドリックさんの絵、気に入られるといいんですけど」
ジゼルがぽつりと言うと、そちらへ行きかけていたロイドが立ち止まり、ぐるっと振り向いた。
「ん? ずいぶんパドリックに肩入れするね?」
「そういうわけじゃないですけど……昨日衣装合わせでお世話した縁がありますから」
なるほどね、と頷きながらも、ロイドはちょっと苦笑している。
なぜ彼がそんな顔をするかわからず、ジゼルは「?」と首を傾げた。
だがなにを聞くより先に、ロイドはブースに入っていく。やがて件の伯爵夫妻と朗らかに話している声が聞こえてきた。
意味深な表情の理由が気になるけれども、じっくり考えている暇はない。今も会場を回る執事から「ぼうっとしていないで、次の客人を案内してきなさい」と怒られてしまった。
ジゼルは慌てて謝って、玄関ホールへ再び向かう。
そろそろお茶の時間だから、厨房から新たな飲み物やお菓子を運び込む頃だろう。その頃には来客が落ち着くから、厨房に駆り出されるかもしれない。
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