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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。
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その後も大きなトラブルなく、パーティーは進行していった。
お茶を楽しむあいだに、招待客たちは親しい者同士で「誰の演奏を聴いた」だの「誰の絵を見た」だのと話し合い、興味があれば今度はそちらに足を運ぶ。
そうしてあらかたの作品や芸を見たところで、本格的な商談や交渉が始まった。
この時間になると使用人は暇になる。時折それとなく皿を下げたりしながらも、客人や芸術家たちの気が散らないよう、気配を消してたたずんでいるのが仕事だ。
何組かは気に入った芸術家がいなかったということで早々に帰途に就いたが、大半は支援したい相手や買い取りたい作品のもとへ足を運んで、あれやこれやと話し込んでいる。
チラッと見てみると、パドリックにも何組かの客人が集まっていた。さらに見てみると、少し離れたところでライアンの前にも列ができている。どっちもそれなりに成果を残せたようならよかった、とジゼルは一人微笑んだ。
そうして交渉が終わると、今度は絵画を扱う専門家たちがやってきて、買い取りとなった作品を丁寧に梱包していく。それを運び出すための荷台の用意などを、ジゼルも随時手伝った。
最後の客人が大広間を出たときには日が暮れて、普段の夕食の時間も過ぎていた。
それでも使用人たちは黙々と片付けに向かい、芸術家たちも残った自分の作品を引き取っていく。片付けを終えた者からあてがわれた部屋に帰っていき、作業が完全に終了したのは真夜中に近い時間だった。
「みんなお疲れ様でした。今日遅くまで働いた者は明日は午前休になります。昼から出てくるように」
「お疲れ様でしたー」
執事の声に、地下に集まっていた使用人たちが疲れ切った声で答える。全員ぐったりしていたが、大きな問題なく一仕事を終えた充実感もあって、雰囲気は悪くなかった。
「明日午前休ならシャワーを浴びてから寝ようかなぁ。さすがに汗だく」
メイドの一人が行った言葉に何人かが同調し、さっそく皿を片付けて共同の浴室へと連れ立っていく。
ようやく席に着いたジゼルはこれから食事だ。温かなスープを啜ってほっとしていると、メイドの中でも年かさの者が声をかけてきた。
「会場の片付けの引き継ぎは終わってるかしら?」
「わたしはこれからです」
「そう。じゃあここに書いておいてくれる? あなたの担当は……」
「会場の片付けです。皿は全部下げたんですがクロスはそのままなので……」
「わかった。こっちに詳しくお願い」
ジゼルは早く食事を掻き込みたい気持ちを抑えつつ、渡された紙にあれやこれやと記していく。一言二言で済ます者も多い中、根が真面目なためか、紙の端から端までびっしり書き込んでしまった。
おかげで食事をしているのも最後の一人になり、早く洗い物をしたい厨房係に睨まれてしまう。慌ててスープを飲み干し、パンを籠から一つ取って頬張ったところで、料理の皿をすべて下げられてしまった。
「あ~ん、パーティーで出された残り物の料理も食べたかったのに……っ」
テーブルにはパーティー会場から下げられた料理も並べられていた。試食も兼ねて、残った料理はその夜の使用人の食事になることが多いのだ。
昼間めまぐるしく働きながらチラッとテーブルを盗み見て、これはあまっていたら是非とも食べたい……、と思っていた料理も、まさに目の前に盛られていた。
それをあっさり取り上げられて、さすがのジゼルも泣きたくなる。
「スープとパン一個じゃ、そもそもお腹が満たされないよぅ……」
ジゼルのそんな嘆きも聞こえないとばかりに、厨房係はさっさと厨房の奥へ引っ込んでしまった。
彼らも一日中立ちっぱなしの働きっぱなしで、早く片付けて眠りたい気持ちはわかる。よーく、わかる。
それでもこの仕打ちはひどいぃいい! と、ジゼルはめそめそしながら地下を出た。
使用人用の狭い階段ではなく、火の確認のために表の廊下を歩いて行く。
客人も芸術家もほとんどが帰ったが、遠方からきている者は今夜も泊まっていくので、彼らが自由に城内を歩けるように、あちこちの燭台に火がともされているのだ。
おかげで歩くのに不自由はないくらい明るいが、蝋が床に落ちていたり、火が消えていると見栄えが悪くなる。客人がいるときのメイドは、急ぎのとき以外は表を歩いて、火の様子を確かめるように言われているのだ。
(まぁ今日あたり、みんな疲れているから、そんな決まりも忘れて使用人用の階段で上がっていっちゃっていると思うけど)
規律の厳しい孤児院で育ったせいか、そんなふうに不真面目になれないジゼルである。
二階の客室が連なるところで、さっそく、壁に取りつけられた燭台から落ちたとおぼしき蝋に行き当たった。ジゼルは使用人用の隠し扉から掃除用のへらを持ち出し、床を傷つけないよう丁寧に蝋を剥がしていく。
が、もう少しというところで近くの扉が開いて、彼女は慌てて立ち上がった。
お茶を楽しむあいだに、招待客たちは親しい者同士で「誰の演奏を聴いた」だの「誰の絵を見た」だのと話し合い、興味があれば今度はそちらに足を運ぶ。
そうしてあらかたの作品や芸を見たところで、本格的な商談や交渉が始まった。
この時間になると使用人は暇になる。時折それとなく皿を下げたりしながらも、客人や芸術家たちの気が散らないよう、気配を消してたたずんでいるのが仕事だ。
何組かは気に入った芸術家がいなかったということで早々に帰途に就いたが、大半は支援したい相手や買い取りたい作品のもとへ足を運んで、あれやこれやと話し込んでいる。
チラッと見てみると、パドリックにも何組かの客人が集まっていた。さらに見てみると、少し離れたところでライアンの前にも列ができている。どっちもそれなりに成果を残せたようならよかった、とジゼルは一人微笑んだ。
そうして交渉が終わると、今度は絵画を扱う専門家たちがやってきて、買い取りとなった作品を丁寧に梱包していく。それを運び出すための荷台の用意などを、ジゼルも随時手伝った。
最後の客人が大広間を出たときには日が暮れて、普段の夕食の時間も過ぎていた。
それでも使用人たちは黙々と片付けに向かい、芸術家たちも残った自分の作品を引き取っていく。片付けを終えた者からあてがわれた部屋に帰っていき、作業が完全に終了したのは真夜中に近い時間だった。
「みんなお疲れ様でした。今日遅くまで働いた者は明日は午前休になります。昼から出てくるように」
「お疲れ様でしたー」
執事の声に、地下に集まっていた使用人たちが疲れ切った声で答える。全員ぐったりしていたが、大きな問題なく一仕事を終えた充実感もあって、雰囲気は悪くなかった。
「明日午前休ならシャワーを浴びてから寝ようかなぁ。さすがに汗だく」
メイドの一人が行った言葉に何人かが同調し、さっそく皿を片付けて共同の浴室へと連れ立っていく。
ようやく席に着いたジゼルはこれから食事だ。温かなスープを啜ってほっとしていると、メイドの中でも年かさの者が声をかけてきた。
「会場の片付けの引き継ぎは終わってるかしら?」
「わたしはこれからです」
「そう。じゃあここに書いておいてくれる? あなたの担当は……」
「会場の片付けです。皿は全部下げたんですがクロスはそのままなので……」
「わかった。こっちに詳しくお願い」
ジゼルは早く食事を掻き込みたい気持ちを抑えつつ、渡された紙にあれやこれやと記していく。一言二言で済ます者も多い中、根が真面目なためか、紙の端から端までびっしり書き込んでしまった。
おかげで食事をしているのも最後の一人になり、早く洗い物をしたい厨房係に睨まれてしまう。慌ててスープを飲み干し、パンを籠から一つ取って頬張ったところで、料理の皿をすべて下げられてしまった。
「あ~ん、パーティーで出された残り物の料理も食べたかったのに……っ」
テーブルにはパーティー会場から下げられた料理も並べられていた。試食も兼ねて、残った料理はその夜の使用人の食事になることが多いのだ。
昼間めまぐるしく働きながらチラッとテーブルを盗み見て、これはあまっていたら是非とも食べたい……、と思っていた料理も、まさに目の前に盛られていた。
それをあっさり取り上げられて、さすがのジゼルも泣きたくなる。
「スープとパン一個じゃ、そもそもお腹が満たされないよぅ……」
ジゼルのそんな嘆きも聞こえないとばかりに、厨房係はさっさと厨房の奥へ引っ込んでしまった。
彼らも一日中立ちっぱなしの働きっぱなしで、早く片付けて眠りたい気持ちはわかる。よーく、わかる。
それでもこの仕打ちはひどいぃいい! と、ジゼルはめそめそしながら地下を出た。
使用人用の狭い階段ではなく、火の確認のために表の廊下を歩いて行く。
客人も芸術家もほとんどが帰ったが、遠方からきている者は今夜も泊まっていくので、彼らが自由に城内を歩けるように、あちこちの燭台に火がともされているのだ。
おかげで歩くのに不自由はないくらい明るいが、蝋が床に落ちていたり、火が消えていると見栄えが悪くなる。客人がいるときのメイドは、急ぎのとき以外は表を歩いて、火の様子を確かめるように言われているのだ。
(まぁ今日あたり、みんな疲れているから、そんな決まりも忘れて使用人用の階段で上がっていっちゃっていると思うけど)
規律の厳しい孤児院で育ったせいか、そんなふうに不真面目になれないジゼルである。
二階の客室が連なるところで、さっそく、壁に取りつけられた燭台から落ちたとおぼしき蝋に行き当たった。ジゼルは使用人用の隠し扉から掃除用のへらを持ち出し、床を傷つけないよう丁寧に蝋を剥がしていく。
が、もう少しというところで近くの扉が開いて、彼女は慌てて立ち上がった。
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