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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。
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「――じゃあ、僕はこれで失礼します」
「ええ、いい品をありがとう、ロイド」
扉のほうから聞こえてきた会話に、ジゼルは思わず息を止めそうになった。壁にピタリと張りついて、花がたくさん生けられた大きな花瓶の陰に隠れるように身を潜める。
ほどなく扉がぱたんと閉じられる音がして、誰かがこちらに歩いてきた。
昼間ほど明るくないこともあり、その誰かはジゼルに気づくことなく歩いて行く。
上着こそ脱いでいたが、あの上等なシャツとベスト、脚衣姿の横顔は、誰であろうロイドだ。口角がちょっと上がっていて、どこか満足げな、嬉しげな面持ちをしている。
ロイドが廊下の角を曲がり、階段を降りていくまで、ジゼルは息を止めて必死に気配を消していた。
ようやく物音が無くなったところでほぅっと息を吐き、そろそろと花瓶の陰から顔を出す。当たり前だが、彼が出てきた扉は硬く閉まっていた。
(あそこは客間の中でも一等室……ということは、貴族のお客様が泊まっているお部屋だわ)
そういえばロイドは、完成したランジェリーをパーティーの夜に顧客に渡すと言っていた。
先ほど彼と会話していたひとがそうだったのだろうか? しっとりと落ち着いた大人の女性の声だった気がする。
(でも、顧客なのはいいとして……王族でもあるロイド様を呼び捨てにするなんて)
短い挨拶だけの会話だったが、親密そうな雰囲気が垣間見えたし。ロイドも微笑んでいたし。ましてこんな遅い時間に女性の部屋を訪れるなんて――
(あ、怪しすぎる……!)
ロイドが誰か女性と付き合っていると聞いたことはないが、年齢的にも立場的にも、お付き合いをしているひとがいてもおかしくない。その相手がランジェリーの顧客である可能性もないわけではないだろう。
(もしかして下着を届けるのを口実に、今まで部屋の中で楽しく過ごしていたのかもしれないし……)
部屋の中で、楽しく……
ジゼルはその様子をたちまち想像した。
もしかしたらジゼルがしたように、顧客の女性が新しいランジェリーを試着していたりして……
試着だけならまだしも……ぬ、脱がせて……そのまま、二人で寝台へとか……っ!
(あ、あり得ない話ではない、わよ、ね?)
けれど――
(そういう相手がいるなら……どうしてわたしに、下着姿を見たい、なんて言ってくるのよ)
女性の下着姿が見たいなら、顧客兼恋人に着てもらえばいい。わざわざメイドのジゼルを選ぶ必要なんてない。それでもジゼルにそう言ってきたのは……やっぱり、遊びでいやらしいことをしたかったから?
そう思うと、なぜだか急激にずんっと落ち込んで、身体にまとわりついていた疲れが二倍にも三倍にも膨らんだ気がした。
「……は、ははは……、まぁ、そりゃそうよね。わたしはただのメイドだし、おまけに孤児だし、遊び相手にはもってこいだもんね……」
家族がいないから、もてあそんだとしても外部からの非難も少ない。ジゼル本人がぎゃあぎゃあ騒げば解雇してしまえばいいだけで、ロイドのほうには傷一つつかないのだ。ジゼルはその場にしゃがみ込んでしまった。
(なのに……どうしてこんなに、胸が痛いかなぁ……)
遊び相手だと見られているとはっきりわかったことで、こんなにショックを受けるなんてどうかしている。
王族であり公爵でもあるロイドが、メイドごときを本気でどうこう思うわけないのに。
「……、寝よ」
疲れているから余計に思考が後ろ向きになるのだ。ジゼルはよろよろ立ち上がる。とにかくさっさと寝よう。たっぷり寝て、起きて、シャワーを浴びれば、少しはシャキッとするはず。
――そして次にロイドに会ったときに、モデルをするのはいいが、遊び相手になるのは絶対に御免だ、とはっきり言うのだ。
「うん、それがいい。そうすればこれまで通りに過ごせるはずだから」
ジゼルはそう言い聞かせて、廊下を進む。ブツブツ呟きながら歩くのに精一杯で、蝋を落とすためのへらをうっかり自室に持ってきてしまった。
あとで戻しておかなくちゃ、とため息をつきつつ、靴をぽいぽい脱ぎ捨てる。寝台に腰掛け、パンパンになった足を揉んだ。
足を洗うことも……それどころか着替えるのも億劫になってしまって、ヘッドキャップとエプロンを外したジゼルは、そのままごろんと横になって眠ってしまった。
「ええ、いい品をありがとう、ロイド」
扉のほうから聞こえてきた会話に、ジゼルは思わず息を止めそうになった。壁にピタリと張りついて、花がたくさん生けられた大きな花瓶の陰に隠れるように身を潜める。
ほどなく扉がぱたんと閉じられる音がして、誰かがこちらに歩いてきた。
昼間ほど明るくないこともあり、その誰かはジゼルに気づくことなく歩いて行く。
上着こそ脱いでいたが、あの上等なシャツとベスト、脚衣姿の横顔は、誰であろうロイドだ。口角がちょっと上がっていて、どこか満足げな、嬉しげな面持ちをしている。
ロイドが廊下の角を曲がり、階段を降りていくまで、ジゼルは息を止めて必死に気配を消していた。
ようやく物音が無くなったところでほぅっと息を吐き、そろそろと花瓶の陰から顔を出す。当たり前だが、彼が出てきた扉は硬く閉まっていた。
(あそこは客間の中でも一等室……ということは、貴族のお客様が泊まっているお部屋だわ)
そういえばロイドは、完成したランジェリーをパーティーの夜に顧客に渡すと言っていた。
先ほど彼と会話していたひとがそうだったのだろうか? しっとりと落ち着いた大人の女性の声だった気がする。
(でも、顧客なのはいいとして……王族でもあるロイド様を呼び捨てにするなんて)
短い挨拶だけの会話だったが、親密そうな雰囲気が垣間見えたし。ロイドも微笑んでいたし。ましてこんな遅い時間に女性の部屋を訪れるなんて――
(あ、怪しすぎる……!)
ロイドが誰か女性と付き合っていると聞いたことはないが、年齢的にも立場的にも、お付き合いをしているひとがいてもおかしくない。その相手がランジェリーの顧客である可能性もないわけではないだろう。
(もしかして下着を届けるのを口実に、今まで部屋の中で楽しく過ごしていたのかもしれないし……)
部屋の中で、楽しく……
ジゼルはその様子をたちまち想像した。
もしかしたらジゼルがしたように、顧客の女性が新しいランジェリーを試着していたりして……
試着だけならまだしも……ぬ、脱がせて……そのまま、二人で寝台へとか……っ!
(あ、あり得ない話ではない、わよ、ね?)
けれど――
(そういう相手がいるなら……どうしてわたしに、下着姿を見たい、なんて言ってくるのよ)
女性の下着姿が見たいなら、顧客兼恋人に着てもらえばいい。わざわざメイドのジゼルを選ぶ必要なんてない。それでもジゼルにそう言ってきたのは……やっぱり、遊びでいやらしいことをしたかったから?
そう思うと、なぜだか急激にずんっと落ち込んで、身体にまとわりついていた疲れが二倍にも三倍にも膨らんだ気がした。
「……は、ははは……、まぁ、そりゃそうよね。わたしはただのメイドだし、おまけに孤児だし、遊び相手にはもってこいだもんね……」
家族がいないから、もてあそんだとしても外部からの非難も少ない。ジゼル本人がぎゃあぎゃあ騒げば解雇してしまえばいいだけで、ロイドのほうには傷一つつかないのだ。ジゼルはその場にしゃがみ込んでしまった。
(なのに……どうしてこんなに、胸が痛いかなぁ……)
遊び相手だと見られているとはっきりわかったことで、こんなにショックを受けるなんてどうかしている。
王族であり公爵でもあるロイドが、メイドごときを本気でどうこう思うわけないのに。
「……、寝よ」
疲れているから余計に思考が後ろ向きになるのだ。ジゼルはよろよろ立ち上がる。とにかくさっさと寝よう。たっぷり寝て、起きて、シャワーを浴びれば、少しはシャキッとするはず。
――そして次にロイドに会ったときに、モデルをするのはいいが、遊び相手になるのは絶対に御免だ、とはっきり言うのだ。
「うん、それがいい。そうすればこれまで通りに過ごせるはずだから」
ジゼルはそう言い聞かせて、廊下を進む。ブツブツ呟きながら歩くのに精一杯で、蝋を落とすためのへらをうっかり自室に持ってきてしまった。
あとで戻しておかなくちゃ、とため息をつきつつ、靴をぽいぽい脱ぎ捨てる。寝台に腰掛け、パンパンになった足を揉んだ。
足を洗うことも……それどころか着替えるのも億劫になってしまって、ヘッドキャップとエプロンを外したジゼルは、そのままごろんと横になって眠ってしまった。
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