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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。
006
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午後からは普通に仕事だったので地下に降りたが、ジゼルだけでなく大半の人間が疲れた表情を浮かべていた。
勤務が長く年の行った者は要領よく、率先して楽な仕事に志願して、さっさと地下から出て行く。
まだそこまでの発言権がない若いメイドたちは、会場の残った片付けなどに振り分けられて、不満たらたらで移動していた。
「ジゼル、あんたはお客様の見送りと、終わったらそのまま客間の掃除だ。ベッドメイクは洗濯の係にやらせるから、部屋の掃除だけでいいよ」
文句を呟く若いメイドたちのお尻を叩いて追い出したあと、家政婦長が残ったジゼルにそう言いつけてくる。
食後の紅茶を飲んでいたジゼルは思わず噎せそうになった。
「お客様……って、もしかして、一等室にお泊まりの方ですか?」
昨夜、ロイドが訪れていた部屋が一等室だ。もしかしたら彼の恋人かもしれない女性客と鉢合わせるかも……そんな思いでゴクリと唾を飲んでしまう。
「おや、知っているのかい? そうだよ。昼食を食べたら出られると言うことだから、そろそろ向かっておくれ。従者も侍女も引き連れておいでだから、お見送りはさほどかからないだろう」
ジゼルの胸中を知らない家政婦長は、てきぱきと仕事内容を告げてくる。
ジゼルは「はい」と頷きながらも、複雑な心境に、つい顔を強張らせてしまった。
(ロイド様の恋人……どんなひとなのかしら)
好奇心半分、知るのが怖いという気持ち半分……そもそもどうしてそんな気持ちになるのよ、と困惑する気持ちはもりもりで、ジゼルはさっそく二階の客間へ足を運んだ。
扉の前で一度深呼吸してから、たくさんの装飾が施された扉を軽くノックする。返事はすぐに返ってきて、客人の従者らしき壮年の男性が扉を開けた。
「失礼いたします。そろそろご出発の時間と伺いまして……。なにかお手伝いすることはございますか?」
ジゼルの言葉に、壮年の従者はにっこり笑って答えた。
「ありがとう、メイドさん。支度はすでに終わっています。ご主人様が食後のお茶を召し上がっておいでですので、それが終わりましたら出発したいと思っております」
「わかりました。では、先に馬車の用意を言いつけてきてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
まだ年若いメイド相手にも従者は丁寧に接してくれる。
客人はもちろん、その使用人にもいろんなひとがいて、彼らの態度が横柄だと、応対するこちらもどうしても悪感情を抱いてしまう。
逆に丁寧に接してもらえると、率先してなんでもしようという気持ちになる。ロイドの恋人はよい従者に恵まれているようだ。いや、恋人が人格者だから、自然と使用人もそういう人間が集まるようにできているのかもしれない。
(そうよね。ロイド様が恋人に……しかも外部に秘密にしているランジェリーを手渡しされるほど信頼を寄せている相手なわけだもの。きっと立派なひとに違いないわ)
だが、そう思えば思うほど、なんだかしょんぼりしてしまう。
どうしてだろう。ずっと女っ気がなくて、このまま舞台衣装とドレス製作、芸術家の支援だけで一生を終えるのかと思っていたロイドに恋人がいることは、とても喜ぶべきことだと思うのに。
「どうしましたか? メイドさん?」
「あっ……失礼しました。すぐに馬車の用意を言いつけて参ります」
物思いにふけってぼうっとしていたようだ。慌てて頭を下げたジゼルは、玄関に向かって早足で移動する。よりによって他家からやってきているお客様の前で考え事をしてしまうなんて。
(家政婦長に見られていたら大変なところだったわ)
仕事中は仕事に集中しないと。そう思いつつ、やはり胸に芽生えた苦しい気持ちはなかなか消えない。それを振り切るように外に出て、馬車寄場へ走った。
馬車は滞在中にきちんと磨かれており、馬も充分な水と食事を与えられつやつやしている。馬車が玄関前に止まったところで、ジゼルは再び客間へ引き返した。
「馬車のお支度ができました。いつでも出発できます」
「ありがとう。では、先に荷物を運び入れよう」
再び扉をノックすると先ほどと同じ従者が出てきた。ジゼルは「お手伝いいたします」と申し出て、いくつかのトランクを馬車へ運び込む。たった一泊なのに大きなトランクは三つもあった。つくづくお貴族様の移動は大変なのだと思い知らされる。
最後のトランクを運び終えて再び客間に戻ると、奥からドレスにマントを羽織ったご婦人が出てきた。
「お手伝いありがとう。公爵にお暇の挨拶をしたいけれど、まだお休みになっているかしら?」
「はい……」
マントの夫人の声を聞いて、ジゼルは思わず目を見開く。間違いない、この落ち着いたしっとりとした声は、昨夜ロイドと話していた人物の声だ。
(と、いうことは、この方が……)
軽く頭を下げていたジゼルだが、耐えきれずチラッと目を上げてしまう。
すると、ご婦人のほうもジゼルを見つめていた。バッチリ目が合い、ジゼルは慌てて深々と頭を下げる。しかし、
(ちょっと見ただけでもわかったわ。すごい美人……!)
卵形の小さな顔を縁取る金色の髪に、ぱっちりした大きな瞳。つやつやの唇にバラ色のほっぺた。まるで薔薇のように華やかで美しいひとだった。年の頃はおそらく二十代の前半か半ばくらい。ロイドと同じくらいだろう。
これからの馬車移動を考慮してか、あまり膨らみのないスカートと暗い色のマントを羽織っているから、遠目では地味に見えるけれど……
(一度顔を見たら振り返らずにはいられないほどの美人だわ……!)
ますます、優美な美貌を誇るロイドとお似合いではないか、と思って気持ちがずんっと落ち込む。
だが、向こうもジゼルのことが気になったらしく、ふっくらした唇を軽く開いて「あなた、もしかして……」とジゼルに声をかけてきた。
「は、はい、なんでございましょう」
「もう一度、よく瞳を見せてちょうだい」
「ひ、瞳? うきゃっ……」
ジゼルが目をぱちくりして聞き返すと、ご婦人が白魚のような手を伸ばして、ジゼルの顎に指先をかける。そのままくいっと持ち上げられて、正面から目が合ってしまった。
「ひっ、あ、あの……っ」
「――やっぱり、綺麗なピンク色の瞳だわ。じゃああなたが……」
軽く目を見開いたご婦人が言いかけたとき、扉が外から軽快にノックされた。
勤務が長く年の行った者は要領よく、率先して楽な仕事に志願して、さっさと地下から出て行く。
まだそこまでの発言権がない若いメイドたちは、会場の残った片付けなどに振り分けられて、不満たらたらで移動していた。
「ジゼル、あんたはお客様の見送りと、終わったらそのまま客間の掃除だ。ベッドメイクは洗濯の係にやらせるから、部屋の掃除だけでいいよ」
文句を呟く若いメイドたちのお尻を叩いて追い出したあと、家政婦長が残ったジゼルにそう言いつけてくる。
食後の紅茶を飲んでいたジゼルは思わず噎せそうになった。
「お客様……って、もしかして、一等室にお泊まりの方ですか?」
昨夜、ロイドが訪れていた部屋が一等室だ。もしかしたら彼の恋人かもしれない女性客と鉢合わせるかも……そんな思いでゴクリと唾を飲んでしまう。
「おや、知っているのかい? そうだよ。昼食を食べたら出られると言うことだから、そろそろ向かっておくれ。従者も侍女も引き連れておいでだから、お見送りはさほどかからないだろう」
ジゼルの胸中を知らない家政婦長は、てきぱきと仕事内容を告げてくる。
ジゼルは「はい」と頷きながらも、複雑な心境に、つい顔を強張らせてしまった。
(ロイド様の恋人……どんなひとなのかしら)
好奇心半分、知るのが怖いという気持ち半分……そもそもどうしてそんな気持ちになるのよ、と困惑する気持ちはもりもりで、ジゼルはさっそく二階の客間へ足を運んだ。
扉の前で一度深呼吸してから、たくさんの装飾が施された扉を軽くノックする。返事はすぐに返ってきて、客人の従者らしき壮年の男性が扉を開けた。
「失礼いたします。そろそろご出発の時間と伺いまして……。なにかお手伝いすることはございますか?」
ジゼルの言葉に、壮年の従者はにっこり笑って答えた。
「ありがとう、メイドさん。支度はすでに終わっています。ご主人様が食後のお茶を召し上がっておいでですので、それが終わりましたら出発したいと思っております」
「わかりました。では、先に馬車の用意を言いつけてきてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
まだ年若いメイド相手にも従者は丁寧に接してくれる。
客人はもちろん、その使用人にもいろんなひとがいて、彼らの態度が横柄だと、応対するこちらもどうしても悪感情を抱いてしまう。
逆に丁寧に接してもらえると、率先してなんでもしようという気持ちになる。ロイドの恋人はよい従者に恵まれているようだ。いや、恋人が人格者だから、自然と使用人もそういう人間が集まるようにできているのかもしれない。
(そうよね。ロイド様が恋人に……しかも外部に秘密にしているランジェリーを手渡しされるほど信頼を寄せている相手なわけだもの。きっと立派なひとに違いないわ)
だが、そう思えば思うほど、なんだかしょんぼりしてしまう。
どうしてだろう。ずっと女っ気がなくて、このまま舞台衣装とドレス製作、芸術家の支援だけで一生を終えるのかと思っていたロイドに恋人がいることは、とても喜ぶべきことだと思うのに。
「どうしましたか? メイドさん?」
「あっ……失礼しました。すぐに馬車の用意を言いつけて参ります」
物思いにふけってぼうっとしていたようだ。慌てて頭を下げたジゼルは、玄関に向かって早足で移動する。よりによって他家からやってきているお客様の前で考え事をしてしまうなんて。
(家政婦長に見られていたら大変なところだったわ)
仕事中は仕事に集中しないと。そう思いつつ、やはり胸に芽生えた苦しい気持ちはなかなか消えない。それを振り切るように外に出て、馬車寄場へ走った。
馬車は滞在中にきちんと磨かれており、馬も充分な水と食事を与えられつやつやしている。馬車が玄関前に止まったところで、ジゼルは再び客間へ引き返した。
「馬車のお支度ができました。いつでも出発できます」
「ありがとう。では、先に荷物を運び入れよう」
再び扉をノックすると先ほどと同じ従者が出てきた。ジゼルは「お手伝いいたします」と申し出て、いくつかのトランクを馬車へ運び込む。たった一泊なのに大きなトランクは三つもあった。つくづくお貴族様の移動は大変なのだと思い知らされる。
最後のトランクを運び終えて再び客間に戻ると、奥からドレスにマントを羽織ったご婦人が出てきた。
「お手伝いありがとう。公爵にお暇の挨拶をしたいけれど、まだお休みになっているかしら?」
「はい……」
マントの夫人の声を聞いて、ジゼルは思わず目を見開く。間違いない、この落ち着いたしっとりとした声は、昨夜ロイドと話していた人物の声だ。
(と、いうことは、この方が……)
軽く頭を下げていたジゼルだが、耐えきれずチラッと目を上げてしまう。
すると、ご婦人のほうもジゼルを見つめていた。バッチリ目が合い、ジゼルは慌てて深々と頭を下げる。しかし、
(ちょっと見ただけでもわかったわ。すごい美人……!)
卵形の小さな顔を縁取る金色の髪に、ぱっちりした大きな瞳。つやつやの唇にバラ色のほっぺた。まるで薔薇のように華やかで美しいひとだった。年の頃はおそらく二十代の前半か半ばくらい。ロイドと同じくらいだろう。
これからの馬車移動を考慮してか、あまり膨らみのないスカートと暗い色のマントを羽織っているから、遠目では地味に見えるけれど……
(一度顔を見たら振り返らずにはいられないほどの美人だわ……!)
ますます、優美な美貌を誇るロイドとお似合いではないか、と思って気持ちがずんっと落ち込む。
だが、向こうもジゼルのことが気になったらしく、ふっくらした唇を軽く開いて「あなた、もしかして……」とジゼルに声をかけてきた。
「は、はい、なんでございましょう」
「もう一度、よく瞳を見せてちょうだい」
「ひ、瞳? うきゃっ……」
ジゼルが目をぱちくりして聞き返すと、ご婦人が白魚のような手を伸ばして、ジゼルの顎に指先をかける。そのままくいっと持ち上げられて、正面から目が合ってしまった。
「ひっ、あ、あの……っ」
「――やっぱり、綺麗なピンク色の瞳だわ。じゃああなたが……」
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