公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第三章 メイド、いろいろ翻弄される。

007

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 従者がすかさず扉に向かい、扉を少し開ける。その隙間すきまから聞き覚えのある声が漏れてきた。

「正面に馬車が見えたから、そろそろ出発かなと思ってね。挨拶にうかがったんだ」
「これは公爵様……。しばらくお待ちください」

 従者は扉をわずかに空けたまま主人であるご婦人を振り返る。ご婦人はすぐに「お通しして」と頷いた。
 扉が大きく開かれると、誰であろうロイドが、いつもの柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。

「ご挨拶に伺いましたよ、侯爵夫人」
「まぁ、あなたのほうからわざわざ出向いてくれるなんて」
「当然のことです」

 ご婦人が微笑むと、ロイドは胸元に手を当てて軽く頭を下げる。
 公爵であるロイドがわざわざ訪ねるほどの人物とは……。
 侯爵夫人だから、身分的にはロイドのほうが上だろう。
 だが軽くでも頭を下げるロイドに対し、夫人は直立のままだ。ランジェリーの顧客だから敬っているのだろうか?
 混乱するジゼルの前で、夫人は楽しげに微笑んだ。

「一日お世話になったわ。夕食にわたくしの好きな鴨肉かもにくが出てきて嬉しかったと、料理長に伝えてちょうだい。やはりこの家の味付けが一番好き」
「必ず伝えておきます。料理長も喜ぶでしょう」
「それと、このメイドがあなたが以前言っていた子なのね?」

 突然話を振られて、使用人らしく一歩下がってうつむいていたジゼルはぎょっとした。
 ロイドもロイドで「ええ、そうです」とあっさり頷いているし。

(なに? なに? なんなの?『以前言っていた』ってどういう意味!?)

 まさか……とジゼルは想像を働かせてさーっと顔色をなくす。
 もしかしてロイドは、ジゼルが彼のランジェリーモデルを務めていることを、このご婦人に喋ったのだろうか? 外部には知られたくないと言っていたけど、顧客に知られるのは別にいいのか? いや、顧客ではなく、恋人だから知らせていた、とか。

(ありえる……。いくらモデルとは言っても、半裸同然の女をそばに置くことになるんだから、恋人にそのことをあらかじめ伝えておくのは当然の誠意だわ。そのときにロイド様はわたしの特徴として、瞳の色を伝えていたのかも)

 まさかランジェリーモデルを務めていることが知られるなんて……それもロイドの恋人である女性に! これは、もしかしなくても、ちょっと危険な状態なのではないか? とジゼルはだらだらと冷や汗を掻く。

 ――こんなメイド風情をモデルとしてそばに置くなんて言語道断よ! 今すぐに解雇なさい!

(とか、言われたりしてぇえええ――ッ!)

 ひ――ッ! それは困ります侯爵夫人!
 と思ったとき、ん? とジゼルは眉を寄せた。

(侯爵『夫人』……ってことは、このひとは侯爵を夫に持つ奥様、ということよね?)

 ――まさかの人妻!? ということはロイドとこのご婦人は……

(う、浮気相手の関係……!?)

 あのロイドが、まさか……人妻相手に浮気!
 衝撃的な事実に、ジゼルは緊張を通り越して、なんだかふーっと気が遠くなってきた。
 立ち尽くす彼女の前で、二人の会話は続いていく。

「そうなの……。純真そうな子ね。この子なら悪くないのではなくて?」

 侯爵夫人がにっこり微笑む。
 悪くない……悪くないってどういう意味? ジゼルの混乱は増すばかりだ。
 ロイドもなぜだか頷いているし。

「そう言っていただけると僕としても嬉しいです。それより、来月には新しい劇場も完成しますし、僕の贔屓ひいきの子たちもたくさん出演するので、是非あなたも足を運んでください」
「本当にあなたは、芸術家の育成のためには手間暇てまひまを惜しまないわね。社交期ももう本格化するのだから、少しは芸術家ではなく貴族の動向にも目を向けなさいな」
「僕の興味のある話をしてくれる相手のもとへなら、きちんと出向きますよ。が、なぜだかああいう場には、僕を政治や司法の場に引っ張っていきたいひとたちも大勢いて。そういう方をかわすのは骨が折れるんです」
「あなたが芸術にしか能のない愚か者なら、そういうひとたちも寄ってこないんでしょうけどね。なまじ頭がいいのも考えものということね」
「ご理解いただけて嬉しい限りです」

 おどけたように肩をすくめながら、ロイドはすっと手を差し出した。

「玄関ホールまでエスコートしても?」
「もちろんよ。では、メイドさん。ジゼルと言ったかしら?」
「え? あ、はい……!」

 いきなり呼ばれてびっくりするあまり、声がひっくり返ってしまう。
 だが侯爵夫人は気にした様子もなく、それどころか可愛らしいとでも言いたげに目を細めて微笑んだ。
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