公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第四章 メイド、手を出される。

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 ハッと目覚めたジゼルは、軽く混乱した。

「……あれ? わたしいつの間に眠って……?」

 目に映るのは、見慣れぬ高い天井だ。跳ね起きたジゼルは周囲を見回し、そこが紛れもなく、ロイドがランジェリーを仕立てるための立ち入り禁止部屋であることを知る。
 彼女はいつの間に、かふかふかの長椅子を二つくっつけ、その上にマットレスを載せたところに寝かされていた。

 いったいいつ眠ってしまったのだろう。確かこの部屋で際どい下着を身につけ、モデルをしていたはずなのだが……
 と、あの際どい下着姿から着替えていなかったことを思い出し、ジゼルは思わず悲鳴を上げて上掛けの中をのぞき込む。

「あ、でも、ワンピースは着てる……」

 下着はそのまま身につけていたが、その上にお仕着せのワンピースを身につけていた。
 首元までくるボタンは胸まで開けられていて、紐に通した指輪がチラリとのぞいている。

「……」

 腕組みしたまま数秒考えたジゼルは、やはりランジェリーモデルを務めるためにこの部屋へきて、それ以降の記憶がないことを確認した。
 同時に、最後に残された記憶が、ロイドがいきなりキスを仕掛けてきたことであるのも思い出す。おかげで一気に顔中に熱が集まった。

(な、な、なんでロイド様、いきなりキスするのよ……!)

 ……やはりジゼルを遊び相手として認識しているからだろうか?

(いや、でも……ちょっと待てよ?)

 よく思い出してみよう。確かロイドはキスする前、気もそぞろになっていたジゼルを注意したのだ。
 そして、このランジェリーは男性を『その気にさせる』ためにあるものだ、とかなんとか言って、それを教えるためにキスした……という流れだった気がする。
 と、いうことは。

(ロイド様は、わたしにランジェリーモデルの心得みたいなものを教えるために、キスをしてきたとか?)

 誘惑してみろ、みたいなことも、そういえば言っていた気がする。
 ――要はロイドは、セクシーランジェリーを身につける意義を思い出せ、と言いたかったのかもしれない。

(あの下着は男性を誘惑するために着るものだものね! だからわたしが恥ずかしがりもせず、ただ『早く終われ~』って念じていたのが、ロイド様にしたら、本気でモデルのお仕事と向き合っていないというふうに見えたのかも!)

 それならちょっとした腹いせに、キスの一つや二つしたくなっちゃったのかもしれない!

「……なるほど、そう考えればつじつまは合うわね」

 ジゼルは自分の推理にほぅほぅと頷く。我ながらいい線を行っているのではないだろうか?
 どのみち、ロイドが自分が生み出した下着に相応のプライドを持っているのは確かだ。
 それをおざなりに着られたら、そりゃあ腹が立つものも道理だろう。

「次に顔を合わせたときにでも謝っておかなくちゃ……」

 ぽつりと呟いたジゼルは、ひとまず長椅子の上から降り立つ。マットレスはさすがに一人で運べないので、長椅子でできた簡易寝台はひとまずそのままにして、上掛けを丁寧にたたんで置いておいた。
 そして扉が開かないかを気にしつつ、一応ついたての陰に隠れて、ワンピースと下着を脱ぐ。一度裸になってから、自分で置いたところにそのままになっていたドロワーズやシュミーズを着込んだ。
 もう一度ワンピースを身につけ、いつの間にかほどかれていた髪も簡単にまとめる。

(ロイド様は自室でお休みかしら? 今何時くらい……?)

 時計を見ると、メイドが起き出すにはまだまだ早い時間だ。今なら誰にも気づかれず自室に戻ることも可能だろう。
 お仕着せのワンピースはすっかりしわが寄っているし、顔も洗っていない状態ではその辺を出歩けない。ジゼルはすぐさま部屋を出て、誰にも見つからないことを祈りつつ、使用人用の通路へ飛び込んだ。
 足音を忍ばせて一気に四階まで駆け上がり、自室に入ってようやくほーっと息をつく。

(今日はお休みなんだよなぁ。普通に仕事の日だったら、朝のお茶を持って行くときに謝ることができたんだけど)

 ロイドと顔を合わせる日が一日空いてしまうのは、ちょっと気まずい……。とにもかくにも着替えて顔を洗い、皺になったワンピースを手にジゼルは地下へと降りた。
 勤務外の日であっても、厨房に行けば食事は提供してもらえる。ジゼルは休みの日でも朝夕は普通に厨房で食べていた。
 すでに朝食にありついていた男性たちに挨拶して、スープをもらって端っこの席に座る。
 いつもと違いのんびりとパンを食べていると、家政婦長が困った顔で入ってきた。

「おはようございます、家政婦長」
「おはようジゼル。あんたは今日休みだったっけ?」
「はい」
「そうか……」

 浮かない顔の家政婦長というのはめずらしい。パンをゴクリと飲み込んだジゼルは、つい無視できなくて声をかけていた。

「なにか面倒ごとでもあったんですか?」
「面倒ってわけじゃないんだが、二人欠勤が出てね。それと、マーサが辞めることになったんだよ」
「えっ、マーサが? どうして」

 ジゼルは思わず声を上げる。
 マーサというのは、二歳の娘を持つ住み込みのメイドだ。ちょうど一週間前にも娘さんが熱を出して、作業場の片付けをジゼルに任せて家に戻っている。あのあともちょくちょく城を抜けていたが、辞めるというのは驚きだ。

「なんでも娘さんの病状が悪化したとかでね。その病の専門医が南のほうにいるってんで、娘さんの付き添いが必要だったらしいんだ。旦那も働いているし、上にも兄姉がいるしで、結局マーサがついていくことになったんだよ」
「そうなんですか……。娘さん、そんなに重いんだ」

 ジゼルは胸の奥がきゅっと痛んでたまらなくなる。孤児院育ちだけに、小さい子が病気にかかり、苦しむ姿は何度も見てきた。満足に医者にかかることもできない環境だったため、助からなかった命も何度か見送ってきている。
 マーサの娘はまだ二歳だ。ようやく自我も出てきて、動き回れるようになる年齢だけに、回復してほしいと祈らずにはいられなかった。

「でもマーサ、薬代を稼ぐためにも仕事をしなきゃって言っていたのに……」
「安心をし。マーサには旦那様が、治療費や生活費を融通ゆうづうされたんだ。いずれ娘が回復してこっちに戻ってきたときに、少しずつ返してくれればいいと言ってね」
「本当ですか!?」

 思わず目を見張るジゼルに、家政婦長は少し誇らしげに胸を張った。

「旦那様は慈悲深い方だからね。使用人の事情にも心を配られる素晴らしい方なんだよ」
「よかったぁ……」

 金銭面での心配がなくなれば、マーサも娘にしっかりついていてあげられるだろう。

「まぁ、だからといって今日の忙しさがなくなるわけじゃないけどね……」

 家政婦長がふと現状を思い出した様子でため息をついた。欠勤が二人出た上、もともと出勤予定だったマーサも辞めてしまったことで、今日はかなり手が足りないらしい。
 ……働く者も様々で、こういう話を聞いたところで、自分は休みなので、と言って嬉々として休みを謳歌おうかする者もいるだろう。というか、たぶん大半がそうだと思う。
 だがジゼルは幸か不幸か少数派だった。それになるべく早くロイドに謝りたいという気持ちがあって、ついそろそろと手を上げてしまう。

「あの、わたし、今日出ましょうか? お休みはまた別の日にでも回してもらえばいいんで」
「ええ? でもあんた、確かパーティーの前後も休みがなくて、十日間くらい連勤だっただろう? そろそろ休まないと身体がたないよ。だいたい二日前には熱を出していたじゃないか」
「その熱もぶり返す気配は特にありませんし。でもあの、その代わりと言ってはなんですが、旦那様を起こす係はわたしにやらせてください」
「それは構わないけど、いつもあんたに頼んでいるわけだし……。でも本当にいいのかい? 欠勤が出たのは洗濯場のほうだから、今日一日力仕事になるよ」
「う、それは大変そうな……。でも大丈夫です! なんとかやります! 体力だけはあるんです!」
「まぁそれは日頃の働きぶりを見ていればわかるけど……」

 力こぶを作るポーズをするジゼルに、家政婦長は感心すればいいのかあきれればいいのかわからないといった微妙な表情を浮かべた。
 だが現実問題、人手が足りないのだから仕方がない。明後日には補充要員が入るから、ということで、ひとまず今日と明日の二日間は働くことになった。

「パーティーとかが入るわけじゃないし、普段のお仕事だけならなんとかなるでしょ」

 それに、孤児院にいた頃は基本的に休みなどなかった。季節によってやることは違うが、朝は日の出とともに起きて水汲みずくみをし、その日の当番によって食事の用意や掃除や洗濯に振り分けられる。今の時期は畑仕事に精を出していたし、冬に入る前は酢漬すづけを作ったりまきを割ったり、やることはいくらでもあった。
 年長になってからは小さい子たちの面倒を見たし、合間合間に読み書きと計算を習ったりと、めまぐるしく動いていたのだ。それに比べればきちんと休みが用意されている今の職場はかなり親切だと思える。

「おまけにお給金ももらえるしね。あ、そういえばわたしの初給料日っていつかしら? 家政婦長に確認しておこう」

 そんなことを考えつつ、ジゼルはいつものようにロイドの私室へワゴンを押していった。
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