公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第四章 メイド、手を出される。

006

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「失礼します……って、ロイド様!?」

 寝室に直行しようと、おざなりに居間を通り過ぎようとしたジゼルは、長椅子にロイドが腰掛けているのを見て仰天ぎょうてんした。
 目の前のテーブルにデザイン画をこれでもかと並べていたロイドも、驚いた様子でジゼルを見やる。

「ああ、おはようジゼル。ごめんね、集中していてノックの音に気づかなかったよ」
「い、いえ、それはいいのですが……ってこれ、例の下着のデザイン画なんじゃ……!?」

 足下にまで広がったデザイン画に目を落とし、ジゼルは思わず息を呑む。ロイドは「ああ……」と照れくさそうに苦笑した。

「一度は眠ろうと思って部屋に戻ったはずなんだけど、どうにも寝付けなくてね。アイディアがあふれて止まらないせいだ。作業部屋に戻ると君を起こしてしまうと思ってここでやっていたんだけど……もう朝なのか」

 乱れた金髪を掻き上げながら、ロイドは窓の外を見やってまた驚いた顔をする。どうやら無心で作業していたため、夜が明けていたことに気づかなかったようだ。

「と、いうことは、一睡いっすいもしないでこれを描いていたんですか? うっ……」

 拾い上げたデザイン画に描かれていた下着をチラッと見てしまったジゼルはたちまち赤面する。フリルやリボンを多用した可愛いシュミーズが描かれていたが、丈はおへそくらいしかなく、おまけに下肢の布がこれまた少ない。
 ロイドはそれをひょいと取り上げ、かき集めたほかのデザイン画とともに、くるくるっと丸めてケースに収めた。

「君はともかくほかのひとの目にふれると厄介なことになるからね。きちんと回収しておかないと」
「はぁ、そうですね……。あ、あの、昨夜、途中で寝てしまってすみませんでした。寝床まで、なんだか作っていただいて……」

 ひとまず今朝のことを謝っておこうと頭を下げるジゼルに、ロイドは「本当は部屋まで運んであげたかったんだけどね」と肩をすくめた。

「あいにくと君が着ていたランジェリーは門外不出もんがいふしゅつだから、その上から服を着せて運ぶとなると、またこっちに戻ってきて着替えてもらわないといけないから二度手間だと思ってね……。かと言って寝ている君から下着を取り去って着替えさせるのも、紳士としてさすがにどうかと思って――」
「あああああっ、はい、そうですね! 後者のほうを思いとどまってくださって本当によかったです!」

 それ以上言わないでいいからという気分で、真っ赤になったジゼルは会話をぶった切る。

「……まぁそれでも、ワンピースを着せる過程もなかなかなものでね。煩悩ぼんのうまみれになった結果がこのデザイン画の山なわけだから、よかったのか悪かったのか……」
「ロイド様? なにかぶつぶつ聞こえますけど、なんですか?」
「なんでもないよ、独り言。それより」

 デザイン画をしまった箱を戸棚にきっちり収め、ロイドは不思議そうに首を傾げた。

「確か君は今日休みじゃなかったっけ? 十日以上の連日勤務はうちでは禁止にしていたはずなんだけど」
「あ、はい。今日がお休みの予定でしたが、欠勤が三人も出ちゃったので、補充が入る明後日にお休みを回してもらいました」
「それはありがたいことだけど、そうなると君の健康が心配だ。もうすっかり熱はいいようだけど、絶対に無理はしないようにしなさい。いいね?」
「わ、わ、わかりましたから、あの、わざわざ近づいて言わなくても大丈夫ですからぁあああ……!」

 つかつかと近寄ってきたロイドの指先にあごをすくい上げられ、鼻先がくっつきそうな距離で念を押される。吐息すらかかる距離に驚き、ジゼルは危うくっくり返りそうになった。

「君がまた熱を出して倒れるようなことがあったら、さすがの僕も罪悪感で一緒になって倒れちゃいそうだから、本当に気をつけてね」
「そ、そんな、大げさですよ……。それにわたし、丈夫さだけが取り柄なので、平気です。ロイド様のほうがこの頃はお忙しかったと思いますし」
「僕のほうは趣味でやっていることだから全然。この頃は君というランジェリーモデルを得たおかげで、下着だけじゃなくドレスのデザインもものすごくはかどっているんだ」
「ドレス、ですか?」

 舞台女優から着想を得るならまだしも、ジゼルのような孤児院育ちの娘をモデルにするべきではないと思うけども。

「うん。今度ドレスも是非ぜひ着てみてほしいな。僕が作ったランジェリーの上から、ね?」
「なっ……」

 あの際どい下着を着た上からドレスを!? 絶対に無理――!

(……でも無理だ無理だと言いながらも、なんだかんだ際どい下着を着ることへの抵抗は薄れてきたからなぁ……)

 人間の慣れとは恐ろしいものである。
 一方でこんなに屈託くったくなく笑うロイドを見ると、やはり昨夜の自分の態度はいただけなかったと、反省の気持ちが戻ってきた。ジゼルは再びロイドに深く頭を下げる。

「ロイド様、昨日はすみませんでした! モデルをしている最中に気もそぞろになるなんて、お仕事に真剣に向き合っていなかった証拠です。本当にすみませんでした……!」
「え?」

 ロイドはちょっと驚いた様子で、頭を深く下げるジゼルを前に目をぱちくりさせる。

「ちょっと待ってジゼル。いきなりどうしたんだい? 僕は君がモデルの仕事を真剣にしていないなんて考えていないよ?」
「え……で、でも、わたしが上の空でいたから、ロイド様はもっとしっかりしろという意味で、キスをしてきたんですよね?」

 わずかに目を見張ったロイドが、まさに『絶句』という表情でこちらをじっと見てきたので、ジゼルはひどく戸惑った。

「いわばキスはお仕置きみたいな感じで……、あ、でも、男性を誘うためにそれっぽい雰囲気にするためのキスだったのかしら? ……ああもう、どちらでもいいですけど、とにかくすみませんでした。今後はセクシーランジェリーのモデルらしく、男性を誘惑できるような雰囲気作りを頑張ります!」

 ビシッと気をつけしたジゼルは、こぶしを握って宣言する。
 決意に輝くピンク色の瞳と、必ずご主人様のお役に立ちます、というオーラを放つジゼルに、ロイドはたっぷり五秒くらい沈黙した挙げ句……なぜだか片手で目元を覆って、深々とため息を吐き出した。

「……そうか、そういう風に受け止められてしまうのか。僕としたことが計算外だった。キスでもすればちょっとは意識してくれると思ったのに……」
「え、だから、きちんとモデルとしての意識を高めて、今後は頑張りますので!」
「そうじゃないんだよなぁ。いや、仕事熱心なのはとてもいいことなんだけれど、ちょっと違う……違うんだよジゼル……」

 ロイドは軽く首を振りながらなぜか奥に歩いて行って、戸棚とだなひじを預けてぐったりとうなだれた。一気に疲れが出てきたようなロイドの姿に、ジゼルは心配になって声をかける。

「あ、あの、ロイド様。徹夜したならちょっとお休みになったほうがいいと思います。今日は特にお出かけの予定とかはないんですよね?」
「……そうだね。確か午後に来客予定はあったと思うけど」
「それなら家政婦長にはわたしから言っておきますから。また昼食の時間にでも起こしにきますから。ね?」

 ジゼルの言葉に、ロイドも「うん、そうしようかな……」と呟き、どことなく弱々しい足取りで奥の寝室へ入っていった。

「ロイド様、徹夜でよほど疲れたのね。あれだけのデザイン画を描けばそれは疲れるわよねぇ。まったく、自分こそ身体を大事にしてほしいものだわ」

 ロイドが聞いたらまたため息をつかれそうなことを大真面目に呟いて、ジゼルはワゴンを押して部屋を出ていく。ちょうどロイド付きの従者がやってきたので、ロイドは今寝付いたところだと説明し、お世話をお願いした。
 地下に戻って家政婦長にも同じことを伝え、ジゼルは欠勤の穴を埋めるべく、午前中は洗濯に励むのだった。
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