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第四章 メイド、手を出される。
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その日の夜は午後にやってきた客人が泊まるということで、ロイドはその対応に当たっていた。おかげでモデルのお仕事はお休みだ。
午前の洗濯でふらふらになったジゼルは、夕食後すぐにシャワーを浴びて自室に戻ると、ぱったり寝台に倒れて朝まで眠ってしまった。
おかげで翌朝はいつもより少し早く起床する。いつも通り身支度をして階下に降りていくと、見覚えのない立派な装いの男性がいてびっくりした。
「お、おはようございます……」
「おはようございます。朝からお騒がせしております」
ジゼルの挨拶に、まだ早い時間なのにしっかり服を着込んだ男性がお辞儀を返す。黒の上下にクラヴァット、ベストは灰色でとても仕立てがいい。壮年の落ち着いた雰囲気の男性だった。
「おはようジゼル。こちらはお泊まりになったお客様のお付きの方だよ」
「そうでしたか。失礼しました」
「いいえ。こちらにはお湯をいただきにきただけですので、お気になさらず。では失礼いたします」
男性はお湯の入ったポットを手にすると、すぐに厨房を出て行った。
「立派な方でしたねぇ。どこか大きな家の執事さんみたいに見えました」
「そうだね。それだけ、お泊まりになったお客様が高貴な方ということさ。昨夜も旦那様が遅くまでお相手していたそうだし」
「旦那様がそんなに長くお相手を……ということは、王族の方ですか?」
ぎょっとして問いかけるが、家政婦長は「さぁてね」と肩をすくめた。
「お忍びでいらしているから、そのあたりはわからないけれど。でもお客様がどんな人間であろうと、こちらは公爵家らしく格式高いもてなしを提供するのみさ。部屋が空いたら片付けをお願いするね」
「わかりました。それまでは旦那様のところに行ったほうが……?」
「そうだね。旦那様もお客様に挨拶したいかもしれないから。さっそく起こしに行ってくれ」
「わかりました」
いつも通り朝食を掻き込んだジゼルは、まだパンをもそもそ咀嚼しながら階段を上がった。
ワゴンを押して入っていくとき、昨日のようにロイドがまた居間にいるかも、と思ったが、取り越し苦労だった。昨夜はちゃんと寝台に入ったらしく、ロイドは天蓋付きの寝台でぐっすり眠っていた。
ジゼルはいつも通りの手順でお茶を淹れ、カーテンを開け、最終的に毛布を剥いでロイドを強制的に叩き起こす。ロイドはムニャムニャ言いながらも、ジゼルが押しつけた紅茶を受け取った。
「お客様は朝食を済ませたらお発ちになるそうです」
「そうか。じゃあ僕もこれを飲んで着替えたら、客人のところへ行こう。朝食はそのあとで構わないから」
「かしこまりました。厨房と従者の方に伝えておきます」
「あと、今夜はモデルをお願い」
「は、はい」
さらっとお願いされると、意識がメイドの仕事から一気に引き剥がされる感じがして落ち着かない。
ぎくしゃくしながらロイドの部屋をあとにして、ジゼルはほーっと息を吐いた。
一度地下に戻り、厨房で皿洗いなどを手伝ってから客間へ向かう。お客様は帰られたようで、客室は閑散としていた。泊まる客人によっては家具の位置が変わっていたり、あれこれ散らかっていたりするものだが、今回の客人はかなりきっちりした方だったらしく、ベッドメイクと軽いほこり取り程度で掃除は終わった。
(あの執事っぽいお付きの方のことだから、丁寧にお掃除して出て行かれたんでしょうね。高貴な方に仕えるひとって気配りも上手なんだわ)
ジゼル自身は一介のメイドで、足りないところにその都度手伝いに行く雑用タイプだが、こういう気配りは見習いたいところだと強く思う。
取り替えたリネン類を地下の洗濯場へ運び、回収した花瓶の花を、堆肥を作る裏庭の一角に置けば、客室の掃除は完了だ。
昼食後は洗濯場でアイロンがけを手伝い、休憩時間であるお茶の時間を挟んでからは、厨房で食器洗い。夕食前は料理のほうも手伝って、それなりに働いたところで夕食の時間になった。
「ジゼル、この二日間助かったよ。無理をさせて悪かったね」
夕食時には家政婦長からそんな言葉をもらい、ジゼルはひどく恐縮した。いつもどちらかというとお小言が多い家政婦長が、こんなふうに言ってくるのは稀すぎる。
「そんな、わたしは別になにも……。明日にはお休みをいただきますし」
「でも、あんたのおかげでなんとか一日を回すことができたからね。旦那様にも報告しておくよ」
「あ、あの、その旦那様なんですが。夜はまた作業場に籠もるので、お茶を持ってきてくれとお願いされていて」
「最近遅くまで作業場に籠もっていることが多いねぇ。お茶が欲しいのもわかるけど、ジゼルばかり遅くまで働かせるのはどうかと思うけど」
「いえっ、働くと言ってもその、お茶を届けるだけですので」
一瞬モデルの仕事がばれたかと思ったが、家政婦長は単純にジゼルの働き過ぎを懸念しているだけのようだ。それならいいけど、と呟きつつもどこか心配そうだ。
「本当に大丈夫です。それに、わたしの特技と言ったらお茶を淹れることくらいなので、旦那様がそれをお気に召してくれているのはとても誇らしいんです」
「そう……。あんた自身のやりがいになっているなら、これ以上は言わないことにするよ。明日はゆっくり休みな」
「はい、そうさせてもらいます」
なんとか取り繕ったジゼルはほっとしつつ、食べ終えた皿を持ってそそくさと厨房に入った。
ほかのメイドたちがお休みと言って四階に戻っていくのを見送りつつ、ワゴンにお茶の用意をセットして作業部屋へ向かう。
ロイドはすでに、奥の立ち入り禁止部屋に入っていた。
「――ロイド様? お茶をお持ちしました……」
なんだかいつもと雰囲気が違う……? 扉を開けてすぐ、ジゼルはそんな雰囲気を感じ取る。
机に向かい、背もたれに深く寄りかかって腕を組んでいたロイドは、ジゼルに気づくと少し物憂げに振り返ってきた。
午前の洗濯でふらふらになったジゼルは、夕食後すぐにシャワーを浴びて自室に戻ると、ぱったり寝台に倒れて朝まで眠ってしまった。
おかげで翌朝はいつもより少し早く起床する。いつも通り身支度をして階下に降りていくと、見覚えのない立派な装いの男性がいてびっくりした。
「お、おはようございます……」
「おはようございます。朝からお騒がせしております」
ジゼルの挨拶に、まだ早い時間なのにしっかり服を着込んだ男性がお辞儀を返す。黒の上下にクラヴァット、ベストは灰色でとても仕立てがいい。壮年の落ち着いた雰囲気の男性だった。
「おはようジゼル。こちらはお泊まりになったお客様のお付きの方だよ」
「そうでしたか。失礼しました」
「いいえ。こちらにはお湯をいただきにきただけですので、お気になさらず。では失礼いたします」
男性はお湯の入ったポットを手にすると、すぐに厨房を出て行った。
「立派な方でしたねぇ。どこか大きな家の執事さんみたいに見えました」
「そうだね。それだけ、お泊まりになったお客様が高貴な方ということさ。昨夜も旦那様が遅くまでお相手していたそうだし」
「旦那様がそんなに長くお相手を……ということは、王族の方ですか?」
ぎょっとして問いかけるが、家政婦長は「さぁてね」と肩をすくめた。
「お忍びでいらしているから、そのあたりはわからないけれど。でもお客様がどんな人間であろうと、こちらは公爵家らしく格式高いもてなしを提供するのみさ。部屋が空いたら片付けをお願いするね」
「わかりました。それまでは旦那様のところに行ったほうが……?」
「そうだね。旦那様もお客様に挨拶したいかもしれないから。さっそく起こしに行ってくれ」
「わかりました」
いつも通り朝食を掻き込んだジゼルは、まだパンをもそもそ咀嚼しながら階段を上がった。
ワゴンを押して入っていくとき、昨日のようにロイドがまた居間にいるかも、と思ったが、取り越し苦労だった。昨夜はちゃんと寝台に入ったらしく、ロイドは天蓋付きの寝台でぐっすり眠っていた。
ジゼルはいつも通りの手順でお茶を淹れ、カーテンを開け、最終的に毛布を剥いでロイドを強制的に叩き起こす。ロイドはムニャムニャ言いながらも、ジゼルが押しつけた紅茶を受け取った。
「お客様は朝食を済ませたらお発ちになるそうです」
「そうか。じゃあ僕もこれを飲んで着替えたら、客人のところへ行こう。朝食はそのあとで構わないから」
「かしこまりました。厨房と従者の方に伝えておきます」
「あと、今夜はモデルをお願い」
「は、はい」
さらっとお願いされると、意識がメイドの仕事から一気に引き剥がされる感じがして落ち着かない。
ぎくしゃくしながらロイドの部屋をあとにして、ジゼルはほーっと息を吐いた。
一度地下に戻り、厨房で皿洗いなどを手伝ってから客間へ向かう。お客様は帰られたようで、客室は閑散としていた。泊まる客人によっては家具の位置が変わっていたり、あれこれ散らかっていたりするものだが、今回の客人はかなりきっちりした方だったらしく、ベッドメイクと軽いほこり取り程度で掃除は終わった。
(あの執事っぽいお付きの方のことだから、丁寧にお掃除して出て行かれたんでしょうね。高貴な方に仕えるひとって気配りも上手なんだわ)
ジゼル自身は一介のメイドで、足りないところにその都度手伝いに行く雑用タイプだが、こういう気配りは見習いたいところだと強く思う。
取り替えたリネン類を地下の洗濯場へ運び、回収した花瓶の花を、堆肥を作る裏庭の一角に置けば、客室の掃除は完了だ。
昼食後は洗濯場でアイロンがけを手伝い、休憩時間であるお茶の時間を挟んでからは、厨房で食器洗い。夕食前は料理のほうも手伝って、それなりに働いたところで夕食の時間になった。
「ジゼル、この二日間助かったよ。無理をさせて悪かったね」
夕食時には家政婦長からそんな言葉をもらい、ジゼルはひどく恐縮した。いつもどちらかというとお小言が多い家政婦長が、こんなふうに言ってくるのは稀すぎる。
「そんな、わたしは別になにも……。明日にはお休みをいただきますし」
「でも、あんたのおかげでなんとか一日を回すことができたからね。旦那様にも報告しておくよ」
「あ、あの、その旦那様なんですが。夜はまた作業場に籠もるので、お茶を持ってきてくれとお願いされていて」
「最近遅くまで作業場に籠もっていることが多いねぇ。お茶が欲しいのもわかるけど、ジゼルばかり遅くまで働かせるのはどうかと思うけど」
「いえっ、働くと言ってもその、お茶を届けるだけですので」
一瞬モデルの仕事がばれたかと思ったが、家政婦長は単純にジゼルの働き過ぎを懸念しているだけのようだ。それならいいけど、と呟きつつもどこか心配そうだ。
「本当に大丈夫です。それに、わたしの特技と言ったらお茶を淹れることくらいなので、旦那様がそれをお気に召してくれているのはとても誇らしいんです」
「そう……。あんた自身のやりがいになっているなら、これ以上は言わないことにするよ。明日はゆっくり休みな」
「はい、そうさせてもらいます」
なんとか取り繕ったジゼルはほっとしつつ、食べ終えた皿を持ってそそくさと厨房に入った。
ほかのメイドたちがお休みと言って四階に戻っていくのを見送りつつ、ワゴンにお茶の用意をセットして作業部屋へ向かう。
ロイドはすでに、奥の立ち入り禁止部屋に入っていた。
「――ロイド様? お茶をお持ちしました……」
なんだかいつもと雰囲気が違う……? 扉を開けてすぐ、ジゼルはそんな雰囲気を感じ取る。
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