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第五章 メイド、専属侍女になる。
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なにも言えずに固まったジゼルに変わり、やんわりと口を開いたのはロイドだ。
「それは聞き捨てならない言葉だな、サリヨン。孤児院で育ったジゼルにとって、孤児たちはいわば家族だ。君だって、なにか美しいものを目にしたり、素敵な体験をしたときは、それを家族や恋人、仲のよい友人と共有したいと思うだろう? ジゼルにとってはその相手が孤児だというだけで、それは貶めるべき要素ではないよ」
口調こそ柔らかで、いつも通りの笑顔だったが、言葉にできないなにかひやりとしたものがロイドの言葉には溢れていた。
サリヨンもそれに気づいたのだろう。面倒くさそうな表情を一変させ、「すみません」と恥じ入った様子で頭を下げた。
「僕じゃなくてジゼルに謝ってほしいんだけどね。ま、朝から妙な空気になるのはよくないし、君は賢いから二度同じことはしないとわかってる。――紅茶を入れてくれないか? 意外かもしれないが、紅茶を淹れさせたらジゼルはこの城で一番か二番の腕前だ。サリヨン、君も従者ならそれくらいできないとね?」
にっこりと笑顔でたきつけられて、サリヨンはカッと頬に朱を走らせる。部屋の隅にあったワゴンを引っ張ってきた彼は、すまし顔で紅茶を淹れて見せたが……
「蒸らしすぎだね、渋い。ということでサリヨン、君はジゼルに礼儀作法を教える代わりに、ジゼルからは美味しいお茶の入れ方を教わってね」
ロイドに笑顔でバッサリ言われて、サリヨンはなにも言えぬまま真っ赤になっていた。
さすがにサリヨンが気の毒になったジゼルだが、怒り心頭のサリヨンに自分から教えますと言い出すのは気が引ける。
とにかくロイドは作業室に籠もるというので「昼食時になったら呼びにきてね」と言って部屋を出て行った。
残されたジゼルはそろそろとサリヨンを見やる。
「え、ええと……。ご主人様が不在のとき、小間使いってなにをすれば」
「主人が不在の時は基本的に自由時間。洗濯や掃除みたいなことはメイドたちの仕事だし。小間使いはあくまで主人の話し相手やちょっとしたお世話が仕事で、その他はのんびりしていてかまわなかったりするんだ」
「は、はぁ、そういうもので……」
「けど、僕にはこの時間にもやることが山ほどある」
そう言って彼は自分にあてがわれている部屋にいったん入る。
居間に戻ってきたときには、大量の本と紙とペンを抱えていた。それをどんっと机において、ジゼルに座るように命じる。
「え、ええと? この大量の本はいったい……」
「ロイド様が不在で空いている時間、僕は君の家庭教師になる」
「ほへ?」
「君に貴族令嬢レベルの教育を施すのが僕のもう一つの仕事だ。言っておくけど君に拒否権はないから。君みたいな庶民を教えるなんて僕としてはほんっっっとうに不本意なことだけど、引き受ければお給金を倍にすると言われたからね。……いや別にお金に困っているわけじゃないけど? けどもらえるものはもらっておきたいじゃないか」
(うわぁ、わたしと同じような経緯でお仕事を引き受けている……!)
ジゼルも給金の増額と引き換えにロイドのランジェリーモデルを引き受けたようなものだ。目の前の少年も同じ経緯かと思うと、サリヨンには悪いが、ちょっとだけ親近感が湧いた。
「言っておくけど僕は優しくないし、そもそも容赦する気もない。これから日常の所作、話し方、テーブルマナー、ダンス、読み書き、詩作、歴史、音楽、全部叩き込んでいくから」
「え、え? ダ、ダンス? 歴史?」
途中からとんでもない単語が聞こえてきたので、ジゼルは口元を引きつらせる。「今言った言葉すら一度で覚えられないの?」とサリヨンはうんざりした顔をした。
「ま、そういうことだからビシバシ行くよ。今日は文字の書き取り! 羽根ペンで紙に文字を書くとか、どうせやったことないんでしょ? というか字は読める?」
「よ、読めはしますがぁ……書くのはぁ~……ちょっとぉ~……」
へへへへ……と笑いながら明後日の方向を向くジゼルに、サリヨンは本日何度目かの盛大なため息をつき、ばんっと机を叩いた。
「習うより慣れろだ。今から一時間、みっちり書き取りの練習! この教科書のここからここまで全部音読してから書き取り! 始め!」
「ひいいいぃいい~……!!」
生まれて初めて持つ羽根ペンに、文字通り悪戦苦闘しながら、ジゼルは必死になって書き取りを始めるのだった。
「それは聞き捨てならない言葉だな、サリヨン。孤児院で育ったジゼルにとって、孤児たちはいわば家族だ。君だって、なにか美しいものを目にしたり、素敵な体験をしたときは、それを家族や恋人、仲のよい友人と共有したいと思うだろう? ジゼルにとってはその相手が孤児だというだけで、それは貶めるべき要素ではないよ」
口調こそ柔らかで、いつも通りの笑顔だったが、言葉にできないなにかひやりとしたものがロイドの言葉には溢れていた。
サリヨンもそれに気づいたのだろう。面倒くさそうな表情を一変させ、「すみません」と恥じ入った様子で頭を下げた。
「僕じゃなくてジゼルに謝ってほしいんだけどね。ま、朝から妙な空気になるのはよくないし、君は賢いから二度同じことはしないとわかってる。――紅茶を入れてくれないか? 意外かもしれないが、紅茶を淹れさせたらジゼルはこの城で一番か二番の腕前だ。サリヨン、君も従者ならそれくらいできないとね?」
にっこりと笑顔でたきつけられて、サリヨンはカッと頬に朱を走らせる。部屋の隅にあったワゴンを引っ張ってきた彼は、すまし顔で紅茶を淹れて見せたが……
「蒸らしすぎだね、渋い。ということでサリヨン、君はジゼルに礼儀作法を教える代わりに、ジゼルからは美味しいお茶の入れ方を教わってね」
ロイドに笑顔でバッサリ言われて、サリヨンはなにも言えぬまま真っ赤になっていた。
さすがにサリヨンが気の毒になったジゼルだが、怒り心頭のサリヨンに自分から教えますと言い出すのは気が引ける。
とにかくロイドは作業室に籠もるというので「昼食時になったら呼びにきてね」と言って部屋を出て行った。
残されたジゼルはそろそろとサリヨンを見やる。
「え、ええと……。ご主人様が不在のとき、小間使いってなにをすれば」
「主人が不在の時は基本的に自由時間。洗濯や掃除みたいなことはメイドたちの仕事だし。小間使いはあくまで主人の話し相手やちょっとしたお世話が仕事で、その他はのんびりしていてかまわなかったりするんだ」
「は、はぁ、そういうもので……」
「けど、僕にはこの時間にもやることが山ほどある」
そう言って彼は自分にあてがわれている部屋にいったん入る。
居間に戻ってきたときには、大量の本と紙とペンを抱えていた。それをどんっと机において、ジゼルに座るように命じる。
「え、ええと? この大量の本はいったい……」
「ロイド様が不在で空いている時間、僕は君の家庭教師になる」
「ほへ?」
「君に貴族令嬢レベルの教育を施すのが僕のもう一つの仕事だ。言っておくけど君に拒否権はないから。君みたいな庶民を教えるなんて僕としてはほんっっっとうに不本意なことだけど、引き受ければお給金を倍にすると言われたからね。……いや別にお金に困っているわけじゃないけど? けどもらえるものはもらっておきたいじゃないか」
(うわぁ、わたしと同じような経緯でお仕事を引き受けている……!)
ジゼルも給金の増額と引き換えにロイドのランジェリーモデルを引き受けたようなものだ。目の前の少年も同じ経緯かと思うと、サリヨンには悪いが、ちょっとだけ親近感が湧いた。
「言っておくけど僕は優しくないし、そもそも容赦する気もない。これから日常の所作、話し方、テーブルマナー、ダンス、読み書き、詩作、歴史、音楽、全部叩き込んでいくから」
「え、え? ダ、ダンス? 歴史?」
途中からとんでもない単語が聞こえてきたので、ジゼルは口元を引きつらせる。「今言った言葉すら一度で覚えられないの?」とサリヨンはうんざりした顔をした。
「ま、そういうことだからビシバシ行くよ。今日は文字の書き取り! 羽根ペンで紙に文字を書くとか、どうせやったことないんでしょ? というか字は読める?」
「よ、読めはしますがぁ……書くのはぁ~……ちょっとぉ~……」
へへへへ……と笑いながら明後日の方向を向くジゼルに、サリヨンは本日何度目かの盛大なため息をつき、ばんっと机を叩いた。
「習うより慣れろだ。今から一時間、みっちり書き取りの練習! この教科書のここからここまで全部音読してから書き取り! 始め!」
「ひいいいぃいい~……!!」
生まれて初めて持つ羽根ペンに、文字通り悪戦苦闘しながら、ジゼルは必死になって書き取りを始めるのだった。
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更新ありがとうございますw
全力でうろたえるジゼルちゃんが可愛い(///ω///)
そしてジゼルちゃんの平和的な寝顔(爆)をスケッチして額に飾ろうとするロイドさまが何気に楽しそうで何よりですw
こんにちは、みながみはるかさん。
返信が遅くなって申し訳ありません。
ロイド様の押しが強くてジゼルちゃんも大変ですが、
今後も見守っていただけるとありがたいです(^_^;)
ジリジリと旦那さまに外堀を埋められて、範囲が狭まって行く感が良いですね~(///ω///)♪
ジゼルの出生の秘密も気になりますw
続きが楽しみです(* ̄∇ ̄)ノ
こんにちは、みながみはるかさん。
お読みいただきありがとうございます!
順調に外堀を埋められていくジゼルです笑
彼女の出生の謎を含めのんびり更新していきますので
今後ともよろしくお願いいたします(*^O^*)