公爵様のランジェリードール―衣装室は立ち入り厳禁!―

佐倉 紫

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第五章 メイド、専属侍女になる。

009

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「――僕が惰眠だみんをむさぼっているあいだに、そんな面白いやりとりをしていたの? またなんとも、朝から愉快なことだったねぇ」
「笑い事ではありません、ご主人様。本当にこんな世間知らずを小間使いになさるおつもりですか?」

 くっくっくっと肩を揺らして笑うロイドに対し、食卓から少し離れたところに控えるサリヨンは険悪な視線をジゼルに向けてくる。その目は明らかに「なんでおまえがロイド様と同じ食卓につくんだよ」と訴えていた。

 そう、ジゼルは今、ロイド専用の食事室で、彼と同じ丸テーブルについている。

 ジゼルとしても不本意だが、当のロイドが「食事は一緒に取るように」と言っているのだから、こちらをにらまれても困るんです、という気持ちでいっぱいだった。

「ジゼルは決して世間知らずではないよ、サリヨン。ただ僕たち貴族の社会を知らないというだけなんだ。なぜかと言えば、それは彼女がふれる必要のなかった世界だからさ。僕らがどれだけ努力しても、庶民の生活を完全には理解できないのと同じように、ね」

 ジゼルの言葉は必要ないとばかりにさえぎるサリヨンだが、主人であるロイドの言葉を否定することはさすがにしないらしい。はなはだ納得がいかない、という顔をしつつも表だってそれを口に出すことはなかった。

「でもジゼルならきちんと勉強して訓練すれば、僕たちの世界にも上手く溶け込めると思う。それを見越して小間使いに引き抜いたんだよ? 当然、今後も立派に務めてもらうつもりさ」

 にっこりと期待に満ちた笑顔を向けられ、ジゼルは思わず頬を引きつらせる。
 期待をかけてもらえるのは嬉しいが、ロイドがジゼルを持ち上げれば持ち上げるほど、サリヨンの視線が刺々しくなるのは単純に焦るし困りものである。

「それにはサリヨン、君の協力も必要不可欠だ。僕はどうしても仕事やらなにやらで城を空けることもあるから、そういうときはジゼルの指導係としてあれこれ世話を焼いてあげてね」
「……ご主人様がそうおっしゃるなら」

 おっしゃったのがロイドでなかったら即お断りだ、という口調で言うサリヨンに、ジゼルはなんだか申し訳ない気持ちになった。

「あ、あのぅ、ロイド様、一つ伺いたいことがあるのですが」
「なんだい、ジゼル?」
「ロイド様が用意してくださったドレス……って、これで大丈夫でしたか? 作業場の衣装棚にかかっていると夕べおっしゃっていたのを思い出して、慌てて見繕みつくろってきたんですが」

 ジゼルはほんの少し胸を張って、袖口そでぐちが見えるように腕を上げる。

 サリヨンに一から自分で仕立てろと言われたときはどうしようかと思ったが、そういえばロイドが衣装棚にドレスを入れてあると言っていたことを思い出し、それらしいところを探ってみたのだ。そしたら飾り気は少ないが上品なドレスがいくつか置いてあり、とりあえずそのうちのひとつを身につけてみた。
 合わせて置いてあったコルセットも前留めのもので、ドレスはお仕着せのワンピースと同じくボタンで留めるものだったので、一人で着ることができたのだが……

「うん、それで合っているよ。君のピンクの瞳には濃い色のドレスのほうが映えるだろうと思って藍色にしてみたけど、思った通りよく似合うね」

 お世辞ではなく本当に心からの笑みを添えて褒められて、ジゼルは嬉しさと気恥ずかしさにぼんっと真っ赤になった。

「あ、あああ、ありがとう、ございます……」

(うわぁあ、嬉しいけれど恥ずかしい……っ)

 きわどい下着を身につけるほうがよほど恥ずかしいと思うのだが、普通の格好(?)を褒められるのはまた別の照れくささがある。
 ――もっともそんな二人のやりとりを、サリヨンは「けっ」とでも言いたげな目で見つめていたが。

 そのときノックの音が響いて、サリヨンがすかさず扉を開けに行く。ほどなく食事のったワゴンが給仕の手により運ばれてきた。

「一緒に食事をしようと言ったのは、手っ取り早くテーブルマナーを学んでもらうためなんだ。いいかいジゼル、僕が一緒のときは僕が、僕がいない場合はサリヨンと一緒に食事を取って。僕たちのカトラリーの使い方を見て、やり方を覚えてほしい」
「ああ、そういう理由で『食事を一緒に』だったんですか」

 確かに、何事も習うより慣れたほうが早い。
 サリヨンに「そんなことにも気づかなかったのか」「というか、おまえと食事をしなくちゃいけない日がくるのか」という目で睨まれたが、いちいち反応していたら胃が痛くなりすぎて水も飲めなくなると思えてきたので、頑張って顔を背けることで対処した。

 会話をするあいだも、給仕はテキパキ動いて皿を並べていく。最初に出てきたのは真っ白な皿の中央にちょこんと載った、サラダのようなゼリーのようななにかだ。
 たったこれっぽっち? と思ってしまったが、このあとスープ、パン、魚料理、肉料理、と続くと聞いて思わずあんぐりと口を開けてしまった。しかも新しい料理がくるごとに皿ごと取り替えられるし、使うカトラリーもそのたびに替わる。

「基本は外側から使っていけばいいんだよ」

 とロイドは優しく微笑んでくれたが……

(き、基本ということは、つまり応用編もあるのでは!?)

 などとつい考えてしまい、よけいに緊張で固まってしまうジゼルだった。

 当然、料理の味など二の次で、とにかく気をつけないとすぐに丸まってしまう背を伸ばすこと、カトラリーは外側から順に使うこと、食器がふれあう物音を立てないこと、を頭と身体に叩き込んだ。

 最後に出てきたのはデザートだ。平らな皿にアイスクリームと果物がちょこんと載っている。ジゼルは思わず「おお……っ」と声を上げてしまった。

(ちょっと高級なお店で食べられると話題のアイスクリーム……!)

 以前からさりげなく「食べてみたいなぁ」と思っていたのだ。感激のあまり震える手でスプーンを持つと、一口すくって口に運ぶ。
 途端に冷たさと甘さが口いっぱいに広がって、ジゼルは食事を始めてからようやく笑顔を浮かべることができた。

「冷たくて美味しい~……!」
「アイスクリームを食べるのは初めてだったかな?」
「はい! お店の前を通るたびに食べてみたいなぁと思っていたんですが、想像以上の美味しさです! 孤児院の子供たちにも食べさせてあげたいくらい」

 興奮するジゼルは言いつのるが、それを聞いたサリヨンはあからさまにため息をついた。

「孤児に食べさせたいなんて、変な奴」

 ぼそっと言われた言葉に、ジゼルは思わず衝撃を受ける。同時に、貴族は孤児に美味しいものを食べさせたいという思考を持たないものなのか、と戸惑ってしまった。
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