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異世界生活
森にて
しおりを挟む――夕方を過ぎ、月が昇り始めた頃。
倒木を椅子にし、草の地面に大きな焚火の周囲を囲う、冒険者の一団。
周囲の警戒は交代で行っており、我がパーティはその交代が後であるため、こうして焚火の前で先に晩飯を食べているのだが……。
「いやー、すげえな、アンタ! まさか希少種を手懐けちまうとは!!」
「ハハ……どうも」
「本当ですね。その実力……今まで無名だったというのが信じられません」
「いや……まあ、冒険者になったのが最近だったからな」
近くに座る彼らの言葉に、俺は引き攣り気味の笑みで返事を返す。
彼らは、冒険者達のパーティの一つだ。
現在の俺達と同じく四人組のパーティだそうで、一番最初に口を開いたのが戦士風の重鎧の男、次に口を開いたのが杖にローブの、魔術師風――というよりは、学者風の男。
彼らの他の仲間二人はすでに仮眠に入り、近くに生えている木の下で眠っているようだ。
「それだけの力がありゃあ、すぐにでも昇格出来んだろ。大したもんだ」
「あぁ。ウチらのボスは頼りになっから、ウチらも大助かりだぜ」
と、盛大に皮肉をかまして来るのは、ニヤニヤ笑みを浮かべながら俺の方を見るネアリア。
その話題の理由となっている、我が家の新たなペット――夜華はと言うと、俺の背もたれ代わりとなって地面に伏せっている。
その夜華のことを、キャンプを囲う冒険者達が好奇心半分、恐怖半分、といった様子で見ている。
若干、ウズウズしているヤツは……あれはもしかして、夜華の身体をモフモフしたいのかもしれない。
フッ、残念だったな。
このモフモフはもう俺のものだ。
お前らはそこで、このモフモフの素晴らしさをただ指を咥えて眺めているがいい。
「しかし……こんなところに希少種が出るってことは、噂は本当なのかもしれませんね」
「噂?」
と、内心でそんなアホなことを考えていた俺に、コクリと頷きを返す学者風の男。
「魔王軍が、魔物による攻撃を仕掛けて来ているのではないか、という噂です」
……魔王軍と来たか。
そう言えばこの国、魔族と戦争中だったな。
魔王と言うからには、恐らくそこの王様なのだろう。
「具体的に、その噂を立証するような何かがあるのか?」
「ここのところ、魔物の動向が活性化している兆候があります。魔族は、魔物を扱う術を持っていると言いますし、何より枢機卿が、これは魔族による攻撃であるというお話をされているとか。実際、今回の調査隊が組まれることになった経緯などを見ても、噂の確証は高いかと」
……枢機卿、枢機卿ね。
何でもかんでも勘繰るのは良くないと思うが……俺の中での枢機卿という存在は、もう大分怪しい存在に位置付けされているからな。
ふと頭に過ぎったのが、魔族という国全体にとっての大きな敵を使って、何かから目を逸らさせようとしているんじゃないか、という考えだ。
前世においても、よく使われている手法である。
内部の不満を隠し、そして内部の統一を図るため、外部の敵を使用するのだ。
「なるほど……何か知ってるか、夜華?」
「クゥ……?」
と、俺の質問に、よくわかっていなさそうに首を傾げる夜華。
この反応は、本当によくわかっていないだろうな。
夜華自身は、その魔王軍との関連性は薄そうだ。
「フフ、その魔物は相当賢いようですが、流石にわからないでしょう」
「そうみたいだな。……ふむ、戦争にでもなったら、とっとと逃げてしまおうか」
「……あぁ、そう言えばあなた達は、旅の一団なのでしたね。それならば確かに、戦争に巻き込まれる道理もないでしょう」
「何でぇ、弱気だな。アンタぐらいの力があるんなら、魔族のクソどもなんざ、余裕でぶっ殺せるだろ」
「エーデルト、この方々はあなたみたいな単細胞ではないのです。旅という、知見を広める行為に従事している方々である以上、戦争などという野蛮で卑しい非生産的行為に明け暮れるような暇は――」
「あぁ、あぁ、わかった俺が悪かったよ。反省したからもう口を開くな」
辟易したような表情で、手をヒラヒラと振るうエーデルトと呼ばれた戦士の男。
と、その彼らの様子に笑っていると――その時、ネアリアと反対側の俺の隣に座っていたセイハが、チラリとこちらに目配せをする。
俺は、コクリと小さく頷いてから、「――さて、それじゃあ」と言って立ち上がった。
「俺はちょっと、散歩をしてくる」
「散歩? 今からか?」
「あぁ。コイツをちょっとな」
そう言って俺は、ポンポンともたれ掛かっていた夜華の身体を撫でる。
「手懐けたっつっても、まだ初日だ。躾ってのは、早い内にやっておく方がいい」
「おぉ、なるほど。魔物使いの極意ってヤツだな」
得心した、といった様子の戦士の男に、肩を竦めて言葉を返す。
「そんなとこだ。だから、少し外させてもらうぞ。――夜華、行くぞ」
「クゥ」
そう言って俺は、身体を起こした夜華を連れ、森の奥へと向かって行った。
* * *
冒険者の集うキャンプ地から少し離れた、月明りが仄かに周囲を照らす森の中。
俺はそこで、虚空に向かって言葉を放つ。
「――ジゲル」
「ハ。ここに」
その呼びかけの直後、暗闇からまるで滲み出るようにして現れる――我がギルドの老執事。
俺を視界に収めると、ジゲルは洗練された動作で小さく頭を下げる。
「お疲れ、そっちはどうなった?」
「……申し訳ありません。少し、問題が発生しました」
頭を下げたまま、少し申し訳無さそうな声色でそう言うジゲル。
彼の口から放たれる予想外の言葉に、俺は怪訝な表情で続きを促す。
「聞こうか」
「目標の誘導に、失敗しました」
「失敗……?」
思わず、首を傾げる俺。
「別に、これは責めている訳じゃないってことを理解して欲しいんだが……何か、失敗する要素があったか?」
――今日の今朝、ウチのギルドの面々全員で確認した、双子の少女達が言っていた沼地にいるという魔物。
その正体は、ワイバーンだった。
知能は低く、そこそこに強く、ドラゴンの亜種とされる魔物だが、しかし卵から孵せば飼い馴らすことも可能であり、王都にいる龍騎兵なるエリート兵士達が馬代わりに飼っているそうだ。
と言ってもまあ、それはあくまで卵から育てた場合の話である。
野生のワイバーンは、やはり知能が低いがために相当に凶暴な性格をしているようだ。
俺達が赴いて確認した限りだと、その沼地全体がワイバーンの縄張り、根城となっており、そこで巣が形成され繁殖していたため、脅威として双子の耳に入るぐらい王都内で噂になっていたらしい。
実際、被害も多く出ており、何度か討伐隊が組まれて巣の殲滅が図られたこともあるのだそうだが……まあ、はっきり言って、ウチの面々に敵うような魔物じゃない。
俺達のギルドの中で、最も戦闘能力の低いシャナルですら、巣ごと殲滅出来るような相手だ。
殺さずに誘導となると、そこで少し難易度が上がるのは確かだが、その辺りは正直些細な問題だ。
なので、とてもじゃないが、逃がす要素などないと思うのだが……。
と、そこでジゲルはようやく顔を上げ、難しいような表情で口を開く。
「途中で出現した別の魔物に、獲物を奪われました」
「……何?」
そう聞き返す俺に、彼は言葉を続ける。
「ワイバーンを誘導中、『正龍』が現れ、攻撃を受けました。我らが迎撃態勢を整えたところで、その誘導中であったワイバーンを奪われ、逃げられました。……後を追いましたところ、どうもこの近辺に最近巣食い始めた魔物であるようです」
正龍。
つまりは――正真正銘のドラゴン。
……マジ?
「……ってことは、何か? 茶番だったのが、本当になっちまったと?」
「そのようです。その正龍は、巣に戻ってワイバーンを食した後、休眠を取り始めたため、レギオンを監視として付け、私は一度ご指示を仰ごうかとこちらに参った次第」
「…………なるほど」
――正龍の出現か。
俺達の自演じゃなくなったのは、プラス事項と言えるだろうが……ちょっと、想定外過ぎるぞ。
魔王軍がどうこうって話をさっき聞いたが、何か関係があるのだろうか。
……まあぶっちゃけ、ドラゴンが相手だったとしても、ある程度本気で殺れば負けるとは微塵も思わないのだが……恐らく冒険者どもの被害は、相当に出るだろう。
活躍する良いチャンスだと、開き直るべきか?
いや、でもなぁ……流石にドラゴン相手だと、あんまり余裕をかましていられないし。
「……その正龍の強さは?」
「一度相見えた際の実力を見るに、アルテラにおける正龍と身体能力は大差無いでしょう。ただ、魔法攻撃の種類は圧倒的にこちらの正龍の方が少ないようです。ほぼブレスと、ごり押しの突進しか行って来ませんでした」
……ふむ。
なら……行けるか。
俺が苦手とする敵のタイプは、一に遠距離攻撃タイプ、ニに魔法攻撃タイプ。
そして逆に、一番得意とするのが、身体能力任せの脳筋タイプだ。
今回のそのドラゴンが、魔法攻撃をほとんど仕掛けて来ないヤツであるならば……勝算は高いと言えるだろう。
「その巣はどこにある?」
「ここからちょうど、南に向かったところです。恐らく、明日か明後日にはユウ様方の一団とかち合うことになるかと」
「……なら、お前達がわざわざ危険を冒して誘導する必要もないな。わかった、後は待機してろ」
「では、沼地の残りのワイバーンはもはや捨て置き、このままユウ様と二人は予定通りに動くと?」
「あぁ。出現した脅威を排除して、予定通り冒険者ランクを上げることにする。ドラゴンが相手なら……上手く行きゃあ、今回の緊急依頼だけで貴族街に入れるようになるかもしれないからな」
「了解しました。そのように」
と、話が一段落したところで、次にジゲルは、怪訝そうな表情で俺の背後へと視線を送る。
「――ところで、ユウ様。その犬は?」
「……あぁ、コイツね。ウチのペットとして新しく飼うことにした。名前は夜華だ。――夜華、ウチの執事だ。挨拶しろ」
「クゥン」
そう、小さく鳴いてジゲルに頭を下げる、夜華。
ふむ、この様子からすると、しっかりとジゲルの持つ実力を見抜いて理解しているのだろう。
……一つ言っておくと、夜華、コイツ狂戦士だから、気を付けろよ。
鍛錬とか言って、巻き込まれる危険があるから、覚悟しておけ。マジで。
「ほう、賢い犬ですな。ユウ様に懐くとは、見どころがある。一流のペットとするべく、ギルドに戻ったらしかと教育を施すことにしましょう」
「……程々にな」
ちょうど今思った通りのことを言うジゲルに、思わず俺は苦笑を浮かべたのだった。
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