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異世界生活
朝
しおりを挟む「――ちゃん――きて――あんちゃーん!」
意識が上昇と下降を繰り返すような、そんな微睡の中。
あやふやな意識へと外から割り込む、聞き心地の良い柔らかな声。
「――きてくださーい、朝ですよー!」
「……んっ……あ、あぁ……」
その声に導かれるようにして、俺の意識は上昇していき――ゆっくりと、目蓋を開いた。
「あっ、起きた! おはよう、あんちゃん!」
視界に映ったのは、狐耳を生やし、幼いながらも端整な顔立ちをしている、ニコニコ顔の幼女。
「……おはよう、燐華」
そう言いながら俺は、くあっと欠伸を漏らし、上に大きく伸びをして身体をほぐす。
その俺の様子が面白いのか、燐華はくすくすと笑いながら窘めるような口調で口を開く。
「眠そうだけど、あんちゃん、二度寝しちゃダメだからね! もうそろそろ、朝ごはんの時間なんだから!」
「あぁ……もう起きるよ」
「ん、よろしい!」
そうニコッと笑みを浮かべて彼女は、膝立ちで乗っていた丸テーブルから降り、脱いでおいたらしい床の靴をいそいそと履き出す。
…………あ? 丸テーブル?
怪訝に思って周囲を見ると……ここはどうやら自室ではなく、我がギルドの酒場風広場のようだ。
同じテーブルの俺と反対側の椅子に、ネアリアが突っ伏して眠っており、そして何やら重みがあると思って自身の膝上を見ると、隣の椅子に座るセイハが、外した仮面を机の上に置き、俺の膝を枕にして眠っている。
その俺達の周りには、散乱した無数のワイン瓶。
――あぁ、そうだ。
昨日は、ネアリアとセイハに付き合わされ、ずっと酒を飲んでいたのだ。
途中からの意識が無いのだが、恐らくどこかの段階で寝落ちしてしまったのだろう。
……思い出したぞ。
ネアリアは確か、大分粘っていたが俺より先に潰れたのだ。
そうして勝ち誇ってから、しかし大分俺にも限界が来ていたため自室に戻って寝ようかと考え……だが、ここで目覚めたということは、ついぞベッドに向かうことは敵わなかったらしい。
そうだ、思わぬ伏兵の存在によって、ベッドでの快適な睡眠は無くなってしまったのだ。
――セイハである。
朧げな記憶の限りだと、この子がメチャクチャ酒に強く、酔いはしても全く潰れることがなかったのだ。
こうして俺の膝上で眠る彼女を見るに、この子も結局寝落ちしてしまったのだろうが……。
昨日の酔っ払った彼女は、甘え上戸で物凄く可愛かったのだが……うん。
今後、彼女と酒を飲む時は、覚悟しておくことにしよう。
「あんちゃん、ちょっとお酒くさいよー? 朝ごはんの前に、お風呂に入って来た方がいいと思う!」
「あ、あぁ。わかった。そうだな、そうするよ」
二日酔いは……無いな。
別に、前世ではそこまで酒に強い訳ではなかったのだが、これもまた今の俺がゲームの身体であることが理由だろう。
微妙に酔いが残っている気がするが、あのすんごい量を飲んでこの程度なら、ありがたい限りだ。
前世じゃあ、確実に二日酔いでゲェゲェ吐きまくっていたコースだったろうからな。
一日ダウンしていたことは間違いないだろう。
「――セイハ」
そう小さな声で語り掛けながら、俺は膝上であどけない寝顔を晒して眠るセイハの肩を優しく揺する。
「……んぅ……ます、たぁ……?」
「おう、おはよう、セイハ。朝だぞ」
ゆっくりと身体を起こし、トロンとした寝ぼけ眼のまま、近くからボーっと俺の顔を覗き込むセイハ。
今の彼女は仮面を外しているので、その長い眉毛に大きな瞳、端整に整った顔を惜しげもなく晒している訳だが、この様子だと気付いていなさそうだな。
「……そうですか……ますたぁ……あぁ、ますたぁ……」
「……セイハさん?」
微妙に様子のおかしいセイハにそう問い掛けると、だんだんと彼女の顔が俺に近付いて行き――。
――その唇が、俺の唇と重なる。
柔らかく、蕩けてしまいそうな感触の彼女の唇が俺の下唇を挟み、まるで咀嚼するかのように熱烈に絡んで来る。
鼻孔をくすぐる、微かなアルコール臭と、少女の甘い香り。
俺の首に腕を回したセイハの熱い吐息と共に、彼女の唾液が俺の唾液と混ざり合い、チロチロとその小さな舌が俺の唇を舐める。
拙いながらも、必死に絡み合おうとする華奢な身体付きの少女の姿が、非常に愛おしい。
「あー! セイハおねえちゃんがあんちゃんとチューしてるー!」
「きゃーっ」という燐華の黄色い声が耳に届いたのか、セイハは俺と口づけを交わしながらも小首を傾げ、そのトロンとした瞳に少しずつ理性の光を宿していき――。
「……? ――っっ!?」
――やがて、顔中をリンゴの如く真っ赤に染め、ガバッと俺から顔を離した。
「あ、え、あ、ま、ます、たー……ゆ、夢じゃない、のですか……?」
「あー……その……おはよう、セイハ」
「~~~っ!!」
これが現実であると理解したらしく、卒倒しそうなぐらい身体を硬直させる、褐色の銀髪少女。
やがて、あまりの恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、両手で顔を隠しながら椅子を立ち、この場から逃げるようにして去って行った。
――唇に残る、熱い感触の余韻。
「……アイツ、仮面忘れて行ったな」
それを忘れるため、頭の後ろをガシガシと掻きながら、どうでもいいことをわざと呟く。
「ね、あんちゃん! 燐華もあんちゃんとちゅーするー!」
俺の膝上を占拠していたセイハがいなくなったことで、そこに滑り込んでこちらに身体を向けた燐華が、そう言って「ん~」と可愛らしく唇をすぼめ、目を閉じる。
俺は、無言で彼女の頭をワシャワシャと撫でてから、その両脇に腕を入れて膝上から降ろすと、ギルドに設置されている風呂へと向かったのだった。
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