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異世界生活
王城《2》
しおりを挟む「……すごいな」
周囲を見渡し、俺は、思わずそう呟いていた。
「旅人の貴殿にそう言われると、我々としても鼻が高い」
その俺の様子を見て、この国の宰相――ゴルフェールが少し機嫌良さそうに言葉を溢す。
跳ね橋を渡り、デカい正面扉から中に入った先には手入れの行き届いた庭が広がり、その内切り開かれた一角で、訓練中らしく怒声のような号令と共に甲冑を着込んだ兵士達が規律正しい動きを繰り返している。
それから少し進むと王城の目の前に辿り着き、馬車を降りて兵士が守る王城への入口を抜けた先に広がるのは、まさしく宮殿といった趣の城の内部。
白を基調とした色合いに、あまり華美になり過ぎないように配慮された調度品の数々。
内部は非常に広く、至る所に彫刻や絵画が描かれ、興味が尽きることがない。
上に首を曲げると、天上は非常に高く、そこにもまた大きな絵が描かれており、この国の神話らしく何かストーリー仕立てで絵が続いている。
ここにいるだけで、一時間でも二時間でも時間を潰せてしまいそうだ。
観光地にしたら、結構な金を取れるんじゃないだろうか。
成金的と言えばまあ、確かにその通りではあるのだが……それでもここまでの規模で、ここまで整った調度をしていると、やはり胸にグッと来るものがある。
「ここを紹介させていただきたいのは山々だが、それはまた今度にさせてもらおう。こちらだ、ユウ殿。付いて来てくれ」
そうして俺は、田舎者感丸出しで周囲をキョロキョロしながら宰相の案内に付いて行き、長く広い廊下を歩いた先の、一つの部屋の前に通されたところで――ふと、足を止めた。
「? どうしたのかね?」
怪訝そうな顔をする宰相に対し、俺は――。
「……宰相閣下」
「何だね?」
――スッと表情を消し、口を開く。
「……私は、ここから一歩を踏み出したくありません」
「……ほう? 急にどうした? ここまで来て、朝食は共に出来ぬと?」
シラを切る宰相に対し、少しずつ敵意を立ち昇らせていき、いつでも武器を抜けるようにと自然体のまま構えを取る。
「いえ、そうではありません。王城の料理、どんなものを出していただけるのか、私も非常に楽しみにしておりました。ですが――ここから一歩を踏み出せとおっしゃるなら、私はあなたのことを敵として認識します」
護衛としてずっと付いて来ていた二人組が「ッ、無礼な!!」と言って剣を構えるが、俺はそちらを完全に無視し、ただ宰相を見据えるようにしながら、言葉を続ける。
「宰相閣下を殺してしまえば、私はこの国で最上級のお尋ね者になることでしょう。しかし、それも身を守るためならば致し方ありません。あなたを殺し、兵士を殺し、私は仲間と共にこの国を逃げることにします。――それでも、私に、ここを踏み出せとおっしゃいますか?」
「…………」
ジッと押し黙り、何を考えているのかわからない表情でこちらを見詰める宰相。
まるで、空気自体が重さを持ったかのように重苦しく、張り詰めた緊張感が辺りを漂う。
「――やめよ、武器を収めるんだ」
――その声が聞こえたのは、部屋の内部からだった。
ギィ、と扉が開き、中から現れたのは――目尻の整った、優男風の一人の青年。
サラサラの金髪に澄んだ青い目をした、どことなく幼さを感じさせる顔付き。
キッチリとした礼装に身を包み、スラリと背が高いその容姿からは、何となく高貴な雰囲気が漂っている。
「……聞こえなかったのか? 収めろ、と僕は言ったんだ」
「「ハ、ハッ! 失礼しました!」」
と、俺に剣を向けていた護衛二人組は、慌てて剣を鞘に納めると、直立不動で敬礼の姿勢になる。
「全く……バレてしまっているじゃないか。君の案は失敗だったな」
「ハ。申し訳ありません。どうやら、彼の実力は私の想像以上のものだったようです」
その青年に対し、宰相は少し申し訳なさそうな口調でそう言い、頭を下げる。
宰相のような人物が、頭を下げる相手。
それは、つまり――。
「――それで、君がドラゴンを討伐してくれた、ユウ君だね?」
「……えぇ、そうです」
にこやかな笑顔を向けて来る青年に対し、俺はゆっくりと身体の力を抜きながら頷く。
「この国を救ってくれてありがとう。この国に住まう者として、感謝の念を。そして、気を悪くしたならば申し訳ない。僕は今、敵が多くてね。どうしても、こうして厳重な警戒をしなくちゃならないんだ。――君達も、もういいよ」
そう彼が言い放つと同時、意識していなければ聞き漏らしてしまいそうな程の微かな音が部屋の内部から鳴り、そして何も聞こえなくなる。
「……別に、ただの護衛ならば、私も何も言いません。ただ、彼らは武器を抜いていたでしょう」
「……そこまで見破られていたのか」
小さく驚きの声を漏らす、宰相。
――俺に対する監視自体は、この王城に辿り着いた時から気が付いていた。
パッシブスキルの方の索敵は頭の中にレーダーの画面があるようなものなので、精度という点に関して言うとそこまで高くはないのだが、しかし付かず離れずで付いて来ている存在がいることはわかっていた。
だがこの部屋に辿り着くと同時、どういう訳かその者達は、役目が終わったとばかりにこちらから離れていったのだ。
何か違和感を感じ、アクティブスキルの索敵を発動してみれば――思った通り。
緊急時のための護衛部隊らしく、パッシブスキルに引っ掛からなかった十数人程の人影が、目の前の部屋の天井や壁裏などに隠れていたのだ。
このようにパッシブスキルの方の索敵は、動かない敵や隠密性能の高い敵にはあまり効果を発揮しない。
だが、アクティブスキルの索敵は別だ。
内部の全てを見通すことが可能になるため、どれだけ優秀な敵であっても、全てを見通すことが出来る。
しかも、スキルレベルがカンストしているため、ゲーム時代の敵が『ハイド』スキルを発動している場合にも見通すことが出来るぐらいの性能だ。
ハイドスキルすら使っていない敵を見つけ出すことなど、非常に容易いのである。
ただまあ、隠れた何者かがいるとは言っても相手は要人な訳だし、護衛がいるだけならば俺も特に気にすることは無かったのだが……問題は、彼らがすでに武器を抜いて待ち構えていたことだ。
何かあった時すぐ動けるようそうしていたのかもしれないが、そんな彼らの存在に気が付いてしまった以上、ノコノコと出て行くなんてアホな真似は出来ないだろう。
襲われたところで負けるとは微塵も思わないのだが、わざわざ自分から危険に飛び込む必要もないはずだ。
……やっぱり、セイハ達は連れて来なくて正解だったな。
アイツらがいたら、現時点ですでに爆発していたかもしれない。
「非礼を詫びよう。だが、誤解しないでいただきたいのだが、決して貴殿に危害を加えようなどと考えていた訳ではない。何せ貴殿は謎の存在。ドラゴンの討伐という偉業を達成した以上城に呼ばない訳には行かないが、しかしそんな素性のわからぬ者を、何の準備もなく迎える訳にはいかぬのだ。いつ何時でも対処出来るよう、警戒を十二分に行う必要があった」
……まあ、その辺りの事情は理解出来るが。
「そうですか。それでは、昨日私を襲いに来た部隊も、その備えの一部ということですか?」
「…………何?」
皮肉たっぷりに話す俺に、しばし間を置いてから、宰相が怪訝そうにそう聞き返す。
「昨日の夜、私のところに襲撃者がありました。この国の紋章と同じ紋章が彫られた武器を持つ襲撃者です」
「……ゴルフェール、まさか送ったのか?」
「い、いえ、そんな馬鹿な。……ユウ殿、先程の後では信用してもらえないかもしれないが、誓って言おう。それは、我々ではない! 確かに万全の態勢で臨もうとは考えていたが、それは貴殿と会うことを前提にしたことだ。そんな、襲撃者を送ったりなどしない!」
若干慌てた様子で、そう否定する宰相。
……ふむ。ちょっと揺さぶりを掛けたつもりだったのだが、この様子からすると、どうやら昨日の襲撃者達はコイツらと別枠のようだ。
これで演技ならば、大したものだと言えるだろう。
「襲撃者、か……そのことについても、出来れば話がしたい。あまり僕達のことは信用ならないかもしれないが、どうか、一緒に朝食を食べてくれないかい?」
真摯な眼差しで、俺に対し口を開く青年。
「…………」
彼の言葉に、俺はしばし押し黙る。
確かに部屋中に護衛はいたが……この青年の正体を考慮すれば、相手方がそんな厳重な態勢を敷くことは何もおかしなことではない。
それに、この青年と知己を得るのは、この国で活動する上において大きなプラスとなるはずだ。
ここで帰ってしまうのは、俺にとって損の方が大きいだろう。
「……わかりました、ご一緒させていただきましょう」
そう判断を下した俺は、ゆっくりと首を縦に振った。
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