オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

文字の大きさ
1 / 51
自在剣篇

 0.プロローグ

しおりを挟む
 帰り道だった。
 学校から徒歩10分の帰路を、狭い歩幅で蛇行する少年。何か良くないことがあったのか、その顔はラフランスの断面みたいな色をしている。青色というより淡泊な白色だった。
 少年の通学路は道幅が狭いので、交通量もかなり少ない。それは時間帯も関係しているが、彼があえてそのルートを選んでいるのが主な理由だ。かといって彼以外の通行人がいるわけでもなく、閑雅というより閑寂な場所である。
 そんな人も滅多に来ない寂れた場所で、多くの家屋が立ち並ぶ真中で、まさに奇縁と呼ぶに相応しい邂逅は実現した。

「…………」

 少年の無言が、沈黙に変わった。
 そこにある明らかな異物が、少年の時間を止めた。

「…………!」

「…………」

 全てを黒に包んだ異物と少年の目が合う。明らかに不審な見た目と違って、その異物が纏う雰囲気からは非日常を感じられない。それこそ不自然なくらいに平凡な、クールな少女。
 少年は緊張で唾をのんだ。けれど、平凡な少女の輪郭が見えた途端に、表情が安堵の色で包まれる。

「あ、あの……もし、俺に、用とかある?」

「…………」

 少女は必要以上の動作をしない。荒い呼吸に肩を揺らし、左手で握る得物をただ陽に晒す。
 ――――得物?
 迂闊だった。なぜ今まで気が付かなかったのか、理解できない。
 一瞬にして、少年の顔面に差した赤橙は青紫へと変色した。

「――っ!?」
 
 剣呑な空気が突如流れ出して、少年の身体を恐怖が支配する。
 畏縮して動けなくなった少年を睥睨する少女に動きはない。じっと、そのまま。
 恐怖心を自覚してから数秒後、ついに『殺意』が首をもたげた。

 
 ――――――――――。

 
 声にならない叫びをあげた少年は、元来た道を振り返って、走り出した。
 追ってくる足音はない。だから意識しないで、ひたすら走り続けた。

「…………?」

 すると少女は首をかしげて、前方にいる少年に冷たく微笑む。

「(あ、あれ……? 走れない……?)」
 
 異物少女からの逃避は『超現実的な妄想』だ。
 少年は元々立っていた場所で、弱々しく座り込んでいた。さらに口を動かしたのに、言葉が口より外に出なかった。
 少年の心身は今、自分が自分ではないという未知の感覚に陥っている。正確には、五感以外の機能を感じられなくなっていた。

「(まずい……これは死――)」
 
 少年が最後を口にした直後、少女は歩き始めた。
 来るな、来るなと少年は後退るが、少女の歩みは絶対に止まらない。しっかりと道を踏みしめながら、一歩一歩確実に近付いてくる。足音と同時に、金属の塊を引きずる音もこちらへ迫っている。これ以上ないほど不快な高音が、少年の敏感になった聴覚を傷つける。
 
 いつもの通学路が、刹那的に少年の生死を入れ替える異空間へと変貌した。
 異物の進行、斬撃を止める術のない少年に、生の確率はほとんど残っていない。少年にとっての生とはもはや「すぐ死ぬか、ゆっくり死ぬか」くらいの違いに過ぎない。

 二人、一人の人間と一つの殺意の邂逅は――フィナーレへと着実に向かっていた。
 感動のステージを飾るのは、芸術的な断面を外気に晒した、少年の生首。または両腕か両脚か、少女の趣向によっては恥部かもしれない。しかし生理的な醜悪さを拭えないにしても、切断面の美しさだけは保証できる。もはや少女の左腕の延長にある得物の鋭さがその証拠だ。
 もう少年は、逃げることをやめている。後退も現実逃避も、目線さえも。
 長い歩みが止まった。少年を冷え切った瞳で見下ろした少女は、少し前に見せた微笑を今もなお口元に浮かべていた。
 すると初めて、

「……ごめんなさい」

「…………(な、何が)?」
 
 純粋で平淡で無情な少女の謝罪に、眼下の少年は顔を歪める。常識的に考えて、少女のそれはこの場面において適切な言葉ではなかった。だから少年は、少女への敵愾心と不快感を臆することなく露にしてみせる。この場には逡巡の余地など全くないのだから。

 そして少女は頷いた。少年の潔さに感心したのか、または介錯の代わりなのか。知りようもないことだが、少年は気になって仕方がなくなった。もし彼女の心に「少年を殺すことにまだ抵抗がある」ならば、少年はその事実に希望を持つことができる。まだ生きていられるかもしれない。
 
 少年の期待に満ちた瞳を見て、何を思ったのか。少女は一瞬だけ焦りを見せた。
 いや、本当に焦りだったのか? ――膠着状態が続いているせいで、幻覚でも見えたんじゃないだろうか。少年はあくまで『超現実的な妄想』しか脳内で生成できないため、幻覚症状の可能性さえ考えてしまう。現状では逆効果だ。
 だが、そうわかっていても否定できない。なぜならもうすぐで、自分は無残な死を遂げるのだから。

「……わたし、怖いかしら?」
 
 唐突に、頭上から疑問の声が降ってくる。
 少年は今すぐに恐怖を叫んで、いつこちらへ振り下ろされるかわからない得物を放り捨てて貰うよう懇願したい。けれど驕ってはならない。現実、少年の身体を支配しているのは、眼前で殺意を弄ぶ少女に他ならないのだから。

 少年は冷静に、現状を嚙み砕き飲み下すと、なぜか自身の右掌に強烈な痒みを覚えた。
 すると……上体は不思議と前屈みになって、両腕に尋常じゃない力がこもる。そして額の前から、少女によく見えるような体勢で、左手の人差し指が右掌を力強く搔きだした。

「(痛い痛い痛いっ)!!」
 
 相変わらず声は出ないが、鋭く尖った痛覚が電流のごとく全身を駆け回った。上気する肌、迸る汗、滲む血液。気を失いそうなほど多くの情報が、少年の脳内を蹂躙する。
 ――頼む、もう殺してくれっ。
 恐れが、焦りが、痛みが、痒みが、火照りが、諦めが、一つの切実な叫びとなって少年の口から零れ落ちた。
 きっと少女の耳に届いたその哀願は、


「……本当に、ごめんなさい」


 振り上げられたシロガネの得物によって、叶えられる――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

処理中です...