オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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自在剣篇

17.あたたかな冷たさ

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 2021年8月15日日曜日。神奈川県川崎市、『エコービル』B7F。
 午後14時30分。

 周囲に充満した鉄の香り。潤う瞳を焦がすような醜い死骸。最悪に鬱屈した空間。
 エコービルの地下7階は、休養室兼火葬場である。

「なあヴォルカン、なんで休養所と火葬場が一緒にあるんだ?」

 自身の血液が少女へ注がれていくのを眺めながら、バジルが訊ねる。
 彼の隣に座る赤髪の少年は、バジルに対して哀れげな視線を向けながら、

「僕たちはあまり、人間の生死に頓着しませんので。生きていれば人間であり、死んでしまえば地球の肥やしとなる、そういった考え方をしています。ですから仮に死人が出たとしても、無所属の人々のように家族だけで通夜をしたり、多くの関係者を招き葬式をしたり、一体一体を丁寧に埋葬したりなどはほとんどいたしません」

「それで、みんなは満足してるのか?」

「僕たちはみな、地球の一員であることに誇りを持っています。そのため、生前に地球から沢山の恩恵を享受したことに対する報いとして、死後は肥料や土となって地球の一部となる。このサイクルが僕たちの幸福であり、生命というものなんです」

「……なるほど。そう聞いてると、ヴォルカンが正しく思えてくるよ」

 ヴォルカンの説明は、バジルの耳朶を強く打った。その感動を分け与えるように、眼下で静かに眠っているマイの頬を優しく撫ぜる。

 今バジルたちがいる場所、生と死が隣り合わせになった情景はまさしく絵画のようだった。しかしこれこそが新人類の生き方であり、旧人類とは異なる部分なのだ。

 最初に入った際に、バジルはこの空間に激しい嫌悪感を抱いていた。大小あれど傷を負った仲間が休養をしている場所、そこからガラス1枚を隔てた場所で同じ仲間が焼かれている。お前もいつかそうなるのだと直接訴えかけてくるようだった。

「でも俺はまだ、この場所には慣れないな」

「僕たちより長く無所属の生活をしていたんですから、そういった感想は至極当たり前です。無所属の人々からすれば、この情景は異常空間そのものでしょうね」

 率直な感想を述べたバジルに、ヴォルカンは優しく微笑む。震える右手に自らの両手を重ねて、自分はちゃんと心情を理解していると必死に伝えた。

「……二人ともぉ、気色悪いぐらい仲いいねぇ?」

「――あー、なんだ。Harderじゃないか」

「むぅ……なんだとはなんだね、ジルくぅん?」

 男同士で見つめ合っていたところに、真っ白い機巧少女は茶々を入れる。バジルはよく意味を理解していないようだが、ヴォルカンは徐に愛想笑いを浮かべている。
 別に二人の間に邪な愛情的なものは存在しないが、横になって眠る少女の傍で男同士が手を重ねている構図は、変に見えなくもない。

「そりゃあそうと、なんで勝手に出て行ったのかなぁ……?」

 スコープ越しの悪戯な笑みは消え、急に剣呑な雰囲気を醸し出すHarder。
 つい数時間前に彼女の反対を押し切ってビルを飛び出したことについて、冷気と怒気を帯びた甘声でバジルに訊ねる。バジルは沈鬱な表情で、自身の行動を顧みると、

「そうだな……ごめん、無駄なことだったよ……」

「ジルくんはねぇ、すごい力を持ってるとしても、まだ戦闘に関してはド素人なんだからぁ。もし君が到着した際にまだ戦闘が続いてたら、大怪我してた可能性だってねぇ……」

 バジルの謝罪に対して、機巧少女は捲し立てるように言葉を述べる。
 これからも戦闘は幾度となくあるだろうし、いずれはバジルが戦場の最前線に立つこともあり得るだろう。そんな時に彼が己の力を過信したばかりに、自分だけでなく多くの同志さえも怪我を負う可能性は、当然つき纏うのだ。

「ジルくんは、死なないかもしんないけど……仲間が、ああなっちゃってもいいの?」

 機巧少女は不安げな声で、震える指で火葬場を差しながら問いかける。

『死んでいいはずがないし、同志の亡骸を、説得の材料にしていいはずもない!』
 
 はっきりと答えるつもりだったが、思うように声が出ず、バジルはやむなくそれを飲み込んだ。代わりに口にしたのは、嗚咽にしか聞こえない否定だった。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「――おはよう、ジル」

 午後17時過ぎ、熟睡していたマイは目を覚ました。周囲には白髪の少年しかおらず、その彼もまた、小さく首を揺らしながら睡魔と戦っている。目はすでに半開きでマイが視界に入っていない。

「訓練は、辛くない?」

「……そうだな。訓練自体は違うけど、自分の無力さが辛いかな……?」

「そう。わたしは思ってないけれど、ジルが言うなら、そうね」

 バジルが自己嫌悪に陥っていても、相変わらずマイは彼の意見を尊重する。励ましの言葉をかけるつもりが、結果的に追い打ちをかけているように聞こえるのはそのせいだ。

 バジルは一瞬マイに怒号を飛ばしそうになったが、彼女の顔を見た途端言葉を飲み込んだ。
 その怒号がひどく身勝手なものだと気付いたから、それもある。よしんば、バジルが思い切り怒鳴ったとしても、マイなら優しい言葉で包んでくれると思い、罪悪感に駆られたというのも事実だ。

 バジルの苦しむ表情を見て、マイは号泣していた。

 零れ落ちる涙は、もはや境目がなくなるほどに布団を薄黒く染め上げ、普段クールで美麗な顔は色々な液体でグシャグシャになっている。しかし彼女はその顔を覆い隠すこともせず、輸血パックに繋がれた左手をそのままに、ただバジルを見つめていた。

「なんで、泣いてくれるの……?」

「…………っ…………っ…………っ」

 バジルへの返答は嗚咽と視線のみ。いまだになんの涙かはわからない。

「俺こそ、あの、ごめん……。もう少し早くに到着してたら、マイは怪我せず済んだかもしれないのに、俺は…………」

「じ、ジルは、来て、くれた、から……」

「…………っ」

 バジルの、自分を責める言葉を必死に否定してくれたマイ。あくまでも、自分が怪我をしたときに来てくれたバジルを褒めて、感謝してくれる。

「俺は……もう、行くよ。お大事に」

 バジルは席を立ってエレベーターに向かおうとするが、最後にマイは彼の左手を優しく包み込んでくれた。

 マイの行動と言動について、動機が明らかな時とそうでない時がたいへん明瞭だ。今までの行動についても、全ては彼女が厚意からしてくれているとすぐにわかるが、根幹から少し上の部分については何もわからない。バジルへの好意なのか、友情なのか、慈悲なのか、または全部がないまぜになった状態にあるのか……理解したくても、触れることさえできないのだ。

 バジルは少し、マイに恐怖を感じていた。それは以前感じたものと同一の、あの時の自分が置いて行った余計な荷物。それでも今はその荷物の中身が、バジルがマイに抱いている印象と合致してしまっていたせいで、彼女の行動一つにさえ疑心暗鬼に陥ってしまう。

 せめて今日だけは、マイのことを悪者扱いしたくはなかった。この逃避行動が彼女にどう思われようとも、自分が意識しなければ彼女を嫌わずに済む。
 だからバジルは、逃げるように地下7階を去った。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 エコービル地下4階でエレベーターを降りたバジル。階段に沿って設置された塀から上体を乗り出して下をのぞくと、芝の上で小さく丸まって眠るHarderの姿があった。
 彼女を起こさないよう、スローペースと大股で階段を降りる。


「――ジルくんは、本気でそぉ思ってるの?」

「おっ、起きてたのか……」

 バジルが近くに来ると、機巧少女は妙にリアルな動きで起き上がった。地面に転がったツインテールを装着して、埃をはたいて落とすと、バジルのほうへ向き直る。

「今さっきの言葉、どういう意味……?」

「君こそ、ボクの言葉の意味がわかんないのぉ?」

「「…………」」

 互いに睨み合って、物を何も言わない。
 こういった状況になったのが初めてで緊張しているのか、バジルは小さく嘆息した。すると機巧少女はとびきり低い声で、断言する。

「ジルくんがその場にいても、マイちゃんは撃たれてたよ、絶対に。君はなぁんにも悪くなくって、ただ運命に翻弄されてるだけなんだ。……わかってるんでしょ?」

「……なんで言い切るんだ。俺にはもの凄い力があるんだろ」

「知ってるよ。だからこぅして、理解を促してるんでしょ?」

「…………」

 機巧少女は断じて嘘も意地悪も言っていなかった。
 今のバジルが少女一人さえ救うことができない一般人で、生まれ持つ特異な才覚のせいで戦いを強いられただけのお人好しな少年であることも――全て事実だ。
 
 エコービルにいる人々はみな、バジルに傷ついて欲しくないと思っている。それは彼を自分たちの野望に巻き込んだことへの謝罪でもなんでもなく、少年の無力さを知ったうえでの願いだった。

 だがバジルは自らの運命を受け入れて、少しでも貢献できるよう剣術を覚えた。特異な力の使い方はまだ習得していないが、いずれは己の力を最大限発揮して最大戦力になるつもりだ。

 そんな少年は果たして、憐れなのだろうか。
 必死に馴染もうとする姿は滑稽なのだろうか。

「……それは理解じゃなくて、ただの辻褄合わせだ」

「ボクはジルくんのために言ってるのであって、別に意地悪じゃぁないからね」

「……ごめん。しばらくは休暇を取らせて貰うよ」

 バジルは愛想笑いを浮かべて、ついでに機巧少女へ手を振る。

 決して怒らず、信念を曲げず、厚意を否定しない。そんな自分を目指して訓練してきた自分を、仲間によって言い咎められた。

 白髪の少年は憔悴しきった様子で、ひと時の安らぎを得るために、我が家へ還る。
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