オールダンニュー・グレートウォー

屋鳥 吾更

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自在剣篇

28.狂乱波乱の舞台演出Ⅰ

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 2021年10月23日土曜日。神奈川県川崎市、私立新川学園。
 午前9時30分。

「愛理、今日は接客するんでしょ? こんなところで油売ってて、大丈夫?」

「うん。まだ教室の準備に時間がかかるみたいだし……それに仕事始まったら、三人で一緒にいられなくなるし、その…………ね?」

 麻衣の心配は、どうやら杞憂だったらしい。両隣を歩く麻衣とバジルに対して、気丈に振る舞う愛理の姿は、無理をしているようには到底見えなかった。

 今はまだ、校内で生徒たちが準備をしているところだ。そのため一般の人々は誰も入っておらず、東棟にある庭や体育館は、穏やかな静けさに満ちている。あと1時間とたたずにここら一帯が雑踏で騒がしくなることなど、この静謐さの前で一体誰が予想できるだろうか。

 今しか体験できない静寂を全身で感じながら、3人は庭をただ散歩している。たいへん贅沢な時間だ。特に会話をすることもなく、気の向くままに草の上を闊歩する。

「のどかだなぁ……今日一日、このままでいて欲しいくらいだけど」

 不安定な足取りでゆっくりと歩くバジルは、ふいに本音を呟いた。学園祭によって学校全体が賑わうことも嫌いではないが、マイペースに情景を愉しむことのほうが彼にとっては魅力的なのかもしれない。

 無論、それは他の少女二人も同じである。安寧を絵に描いたようなこの空間が、ずっと継続してくれれば、どれだけ嬉しいことか。
 賑やかな会場になんとなく煩わしさを覚えた時、この場所のように静かで何もない空間が、最も気持ちを和ませてくれるのだ。
 

 しかし、午前9時45分――突如として、校内にアナウンスの声が響き渡った。


『緊急連絡、緊急連絡。先ほど新川学園校門前で、傷害事件が発生しました。犯人は現場から逃走を図った模様。校内に潜伏している可能性もあるため、現在文化祭の準備をしている生徒は、直ちに自分の教室へ避難してください。ただし、避難が完了しても、担任の指示に従って行動してください』

 それからさらに一度繰り返して、アナウンスは一旦終了する。

「ま、マズいよ……二人とも、早く教室に帰らないと……」

 愛理が険しい表情で早急な避難を訴えても、なぜかバジルと麻衣に反応はない。二人はしゃがみ込んで何かを話している様子だった。

 このままでは、自分たちが犯人の餌食になってしまうかもしれない――そんな具体的な不安が、愛理の脳内を縦横無尽に駆け回る。
 一刻も早くバジルと麻衣と共に東棟の非常階段へと向かい、そこから西棟の高等部1年1組教室まで逃げなければならない。使命感ではなく、愛理の身体を蝕んでいるのはとてつもない死への恐怖心だった。

 取り返しのつかない事態になる前に、愛理が本気の訴えを口にしようとしたその刹那、

「郷さん、よく聞いて? あと2分以内に暁月と江洲さんが来てくれるから、二人と一緒に教室まで逃げて欲しい。俺と黒崎さんは――」

 バジルはその先を言おうとしたが、愛理の表情が豹変したことでブレーキがかかる。
 今まで恐怖心に駆られていたはずの彼女は、今度は自分自身の心配以上に、これから自分と別行動をしようとしているバジルと麻衣の、身の心配をしていた。

 愛理の気持ちは、バジルにだって痛いほどわかる。しかし愛理にとっての死とバジルにとっての死とでは、物理的にも観念的にも雲泥の差があった。だからたとえ頭で理解しようとも、少女の抱いている不安感の全てを理解することはできない。

 バジルは決心して、愛理の双眸を見つめながら断言する。

「俺と黒崎さんは、全部を終わらせに行ってくる。もし、追及と叱責と平手打ちを保留にしてくれるのなら…………断固として、無事に帰ってきます」

「――うん、わかった。い、いって、らっしゃい……」
 
 同時に立ち上がったバジルと麻衣は、穏やかに手を振りながら笑顔を浮かべる愛理に見送られ、校門までひた走った。

 バジルは、自分よりも足の遅い麻衣に全く気を遣うことができず、無言のまま全力疾走でスタートのゴールを目指した――。
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