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デートのお誘い

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「先輩、デートしませんか?」
にこっ。
慣れた笑顔に悪意があるのかないのか、
私はまだ、掴みかねている。
その提案は唐突だった。
口に含んだ牛乳を吹き出さずに
飲み込んだのは幸いだったが
やはり動揺は表に現れるもので、
間抜けな顔を曝して
「先輩、顔。顔。」
目の前に座る人に笑われる。

一緒に暮らすようになって、4か月が過ぎた。
日を重ねると共に
積んでいったのは、百年の恋も褪める「素っぴん」で
これでは、始まりようがない。
「先輩は今日も面白いね。」
屈託のない笑顔に、こちらは騙され続けているというのに。
馬鹿にされているにも関わらず、だ。
手に持ったマグカップを置いた。
コンっ。音が鳴る。
「面白くさせてるのは誰よ……。」
私の批判の視線を、彼はあっさりとかわした。
「愛の告白ってことにしておきます、先輩。」
にっこり。
有無を言わさぬ笑顔は、正直、可愛い。
最早、敵う日を望むことすら愚かなのだろうか。
曲解に無言で返すという、肯定を選んでしまうのだった。

もう嫌だ……。

胸中の呻き声を、誰か共有してください。
その願いも叶わない。
彼とルームシェアしていることは、
私の中で最大級の秘め事である。
知ってるのはこの状況の元凶である彼の姉ぐらい。
恋人でもない男性と同棲してるだなんて、
真面目な優等生を意図せず演じてきた私を
私は壊せない。
下心があるのは、私。
言えない。
言わない選択をした私。
袋小路だ、と思う。
皿に横たわる食パンはこんがり、匂いが鼻をくすぐって、
手にとり、口に運んだ。
今日もおいしい彼の朝食をいただいて、
幸せな罪悪感に苛まれながら
恋心に蝕まれ、笑顔に報われない、幸せ?
自問自悶。答えはないの。
「先輩?」
気遣う視線。彼は可愛い。
「何?」
苛々してしまう自分はなんて可愛くないんだろう。
「だから、デート、しましょうよ。」
どうして眩しい笑顔を私に向けてくれるの?
口の中のものを嚥下するまでの数秒。
「デートって。」
言葉を咀嚼するまでの数秒。
「どうして?」
付き合ってもいないのに、
なんで二人で出かけなきゃいけないの?
私の胸中を汲み取ったらしい彼が、答える。
「もうすぐ姉さんの誕生日ですから。
 合わせて買った方がいいものを買えると思って。」
なるほど。
他意を付け加えてしまう愚かな私を恥じようか。
……穴があったら入りたい。
「デートとか言うから、何事かと思った。
 それなら賛成。」
私はそこでようやく、口元に笑みを乗せることが出来た。
ユウも笑う。
「丁度よい口実があって助かりました。」
悪戯な笑みで、
大人しく秤の上に乗ってくれない。
他意はないんだよね?
聞いてもはぐらかされるんだろう。
納得はいかないが、意識を食パンへと向けた。


――結局は君のてのひらの上。
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