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沙藍ちゃんの家に招かれました①
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ふ、と目が覚めた。
ということはつまり、自分はいまの今まで寝ていたのか。
いつもの癖で枕元の眼鏡を探しながら、自分がいつもと違う場所にいるのだとぼんやり認識する。
のっそりと上体を起こす。悪いとはいえ日常生活を送るのには支障のない程度の視力であたりを見回した。どうやらベッドの上にいたらしく、腹部あたりにシンプルな柄のタオルケットがかけられている。
「沙藍さんがかけてくれたのか…」
一人呟いて、ようやく記憶がつながってきた。そうだ、ここは沙藍さんの部屋だ。
親元を離れて一人で暮らしている彼女の家はリビングと寝室を一体にせざるを得ず、座る場所がなくて申し訳ないとベッドに腰掛けるよう勧められた。邪な気持ちももちろんあったものの、それを睡魔が上回ったらしい。
知り合って2年近く。交際も順調に1年を超え、それでも彼女の家に招かれたのは実のところ今日が初めてだ。何かと気にしがちな彼女が唯一安らげる場所として、必死に守り続けてきた1室に、彼女から『来ませんか?』と誘ってくれた。これがどれだけ大きな意味を持っていたのか、想像するほどに胸が熱くなって、
「で、家主放ったらかして、寝たのか」
冷や水を浴びせられたような気分だ。姉や妹、はたまたお節介な先輩にばれようものなら非難轟々に違いない。
時計を見れば、短針がひとつ歩を進めていた。1時間ほどの睡眠で身体は随分と楽になっていた。
ーーそう、ここに来るまでは本調子ではなかったのだ。頭が重く、この季節特有のジメッとした暑さにどこか息苦しさのようなものを覚えていた。日中ずっと上の空で、でも今夜も帰ったらレポートとゼミの課題もあったなあと気が滅入ることばかりが頭を支配していた。
「ちょっと、いやだいぶ、無謀だったのかも」
夏の長い休みに入る前に、車の免許を取ろうと思い立った。軍資金を得るべくバイトのシフトを増やし、大学からバスで自動車教習所に通い、3年に上がって所属したゼミはそこそこ課題も多く、忙殺とはこういうものかと知った。もっと早く、春休みのうちにとっておけばこんなことにはならなかったのにと後悔こそしても、諦める気にはなれなかった。
もっと、彼女と行きたい場所がたくさんある。星空を観に行こうという口約束も有効だとわかり、電車とバスを乗り継いでいくのは現実的ではないところまで調べた。この夏を逃す手はない。
これは俺のただのわがままで、沙藍さんが気を病む要素なんてひとつもなくて、それでも彼女の性格を思えば心配もするだろう。止めることもできず悩ませたかもしれない。そして、
「うちに来ませんか、だったんだなあ」
改めてゆっくりと部屋の中を観察する。片付いてはいるが、生活感も残っている。前々から来客を想定していたようには見えず、咄嗟の判断だったんだろう。
「本当に、来てよかった…?」
俺の呟きに答えてくれる声はない。ようやく、彼女がいないことに思い当たった。
「…っ!」
ベッドから慌てて降りて、タオルケットをどうすべきか迷いとりあえず畳む。焦っているせいでなかなか綺麗にできず二度ほどやり直して、キョロキョロとあたりを探して、机の上にスマホが目についた。そばへ寄ると横に可愛らしいメモが置いてある。
『買い物に行ってきます。鍵は締めていくので、帰る時は連絡ください』
ということはつまり、自分はいまの今まで寝ていたのか。
いつもの癖で枕元の眼鏡を探しながら、自分がいつもと違う場所にいるのだとぼんやり認識する。
のっそりと上体を起こす。悪いとはいえ日常生活を送るのには支障のない程度の視力であたりを見回した。どうやらベッドの上にいたらしく、腹部あたりにシンプルな柄のタオルケットがかけられている。
「沙藍さんがかけてくれたのか…」
一人呟いて、ようやく記憶がつながってきた。そうだ、ここは沙藍さんの部屋だ。
親元を離れて一人で暮らしている彼女の家はリビングと寝室を一体にせざるを得ず、座る場所がなくて申し訳ないとベッドに腰掛けるよう勧められた。邪な気持ちももちろんあったものの、それを睡魔が上回ったらしい。
知り合って2年近く。交際も順調に1年を超え、それでも彼女の家に招かれたのは実のところ今日が初めてだ。何かと気にしがちな彼女が唯一安らげる場所として、必死に守り続けてきた1室に、彼女から『来ませんか?』と誘ってくれた。これがどれだけ大きな意味を持っていたのか、想像するほどに胸が熱くなって、
「で、家主放ったらかして、寝たのか」
冷や水を浴びせられたような気分だ。姉や妹、はたまたお節介な先輩にばれようものなら非難轟々に違いない。
時計を見れば、短針がひとつ歩を進めていた。1時間ほどの睡眠で身体は随分と楽になっていた。
ーーそう、ここに来るまでは本調子ではなかったのだ。頭が重く、この季節特有のジメッとした暑さにどこか息苦しさのようなものを覚えていた。日中ずっと上の空で、でも今夜も帰ったらレポートとゼミの課題もあったなあと気が滅入ることばかりが頭を支配していた。
「ちょっと、いやだいぶ、無謀だったのかも」
夏の長い休みに入る前に、車の免許を取ろうと思い立った。軍資金を得るべくバイトのシフトを増やし、大学からバスで自動車教習所に通い、3年に上がって所属したゼミはそこそこ課題も多く、忙殺とはこういうものかと知った。もっと早く、春休みのうちにとっておけばこんなことにはならなかったのにと後悔こそしても、諦める気にはなれなかった。
もっと、彼女と行きたい場所がたくさんある。星空を観に行こうという口約束も有効だとわかり、電車とバスを乗り継いでいくのは現実的ではないところまで調べた。この夏を逃す手はない。
これは俺のただのわがままで、沙藍さんが気を病む要素なんてひとつもなくて、それでも彼女の性格を思えば心配もするだろう。止めることもできず悩ませたかもしれない。そして、
「うちに来ませんか、だったんだなあ」
改めてゆっくりと部屋の中を観察する。片付いてはいるが、生活感も残っている。前々から来客を想定していたようには見えず、咄嗟の判断だったんだろう。
「本当に、来てよかった…?」
俺の呟きに答えてくれる声はない。ようやく、彼女がいないことに思い当たった。
「…っ!」
ベッドから慌てて降りて、タオルケットをどうすべきか迷いとりあえず畳む。焦っているせいでなかなか綺麗にできず二度ほどやり直して、キョロキョロとあたりを探して、机の上にスマホが目についた。そばへ寄ると横に可愛らしいメモが置いてある。
『買い物に行ってきます。鍵は締めていくので、帰る時は連絡ください』
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