沙藍ちゃんは今日も困ってる。

おこめニスタ

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二度目のお部屋訪問①

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最近少し……いや、相当、戸惑っている。
大学三年の前期末、テストとレポート課題でてんてこ舞いになっていたのは去年までのこと。必修科目を取り切ってしまった今となっては、ゼミの集まりに合わせた下調べのみでほぼ事足りており、持て余した時間で繰り返しスマホに手が伸びては、息をついて机に置く。その繰り返し。
今日は、教習所に行ってからバイトに向かうと言っていた。彼が働いている駅ビル内の本屋さんは退勤に合わせて利用するお客さんのため、営業終了時間が遅めに設定されている。閉店後の業務も加味すれば彼が連絡をくれるのは日付が変わる頃だろう。
明日は特に用事もないから、彼に合わせて夜更かししていたっていいのだけれど。手持ち無沙汰な時間を埋められるような趣味を持っていないせいで、こんなに苦労する日が来ようとは。
そして、そんな無趣味な私を慮って、志樹くんはいろんな場所に連れて行けたらと車の免許を取ろうと頑張ってくれている。さみしいなんて口が裂けても言えない。
夢中になれるものも特になく、両親の過干渉に反抗する気概もなかった10代の頃と比べたら、随分と進歩したものだと思う。少なくともひとつは、譲れないものができた。
「志樹くんと過ごす時間は、趣味とはちょっと違うかもしれないけど」
不思議なもので、彼の穏やかなペースにのまれるのか、気づけば自然体でいられる。些細なやり取りが幸せで、笑う回数も増えた。
もっと一緒にいられたら。時間をともにできたら。
今まで覚えたことのない欲求に、戸惑っていた。
「私、ひとりでいるときが一番リラックスできるんだと思ってたんだけどな…」
一人暮らしを始めて、ようやく息ができたような、そんな気持ちだった。そうして、自分ではない別の誰かと過ごすことをあんなにも苦しいと思っていたのだと気づいた。大学で過ごすコミュニティも楽しいと感じる一方で、途方もない疲労感を抱えて、自分はどこか過剰なのかもしれないと悩みすらした。
この小さな部屋が、私の唯一の安息の地。
そんな場所に初めて、自分から人を招いた。
目に見えてわかるくらい本調子じゃない彼を放っておけなかったのももちろんだが、それがなくてもいつか招いてみたいとは思っていた。次のデートの約束まで、ちょっと話して校内でバイバイするのが、悲しくてさみしくて、物足りなくて。
もう少し、一緒にいよう。そう言えるようにずっと心の準備をしてきた。
コテンと眠ってしまった志樹くんを思い出すたび、胸が暖かくなる。私が一番リラックスできるこの場所が、彼にとってもそうであればいいなと密かに願う。
「また、来てくれないかな」
彼の性格上、自ら来たいとは言ってこないだろう。私にとってのこの部屋の価値を、少なからず察してくれているんだろうと思っている(数えきれない惚れ直しポイントのひとつです)。
「また誘ってみても、いいよね…?」

『次は、これだけじゃ済まないと思う、ってこと。先に伝えておいていい?』

その、初めて招いた日のこと。帰り間際の志樹くんの言葉を思い出して、顔が、一気に熱くなる。
『これだけ』と彼が言ったことも、私にとっては『相当』だったのだけど。
「うう…思い出した…」
いつもなら戯れるような優しい口づけで私の緊張を和らげてくれるのに、あの日のキスはそうじゃなかったこと。掻き抱くように回された腕の力は強くて、気づけば踵が浮いていた。息をするのもままならなくて、しがみつくよう促されたし、いつの間にか壁際に背中を預けるようなかたちになった。それでも膝から崩れ落ちるように座り込んでしまって、また、覆い被さるようなキス。あんなにキスをしたのは、初めてだ。
キスの合間に落ちたらしい買い物袋に手が触れて。その中にアイスが入っていたと気づいて彼を止めるまで、ずっと。キスは続いた。アイスは溶けた。
「…………」
エアコンのリモコンで、室温を2度下げる。ついでに風量も強くした。頬の熱はそう簡単に引いてはくれなさそうだ。立ち上がり、廊下と一体化しているキッチンへ出た。小さな冷蔵庫の冷凍室の引き戸を開ける。あの時のアイスは開封されぬまま、再度凍らされている。次呼ぶときには前もって買っておこう。これは私が消費してもいいだろうと結論づけて、カップの蓋をめくった。
「次は、いつだろ」
『アレ』以上も、やぶさかではないのだが。それも込みで誘うのは相当ハードルが高い。
一度溶けたアイスは、見た目のわりにそこそこ食べられた。
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