沙藍ちゃんは今日も困ってる。

おこめニスタ

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二度目のお部屋訪問③(注意書きあり)

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※相当ボカしましたが、女子特有のアレの話です
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一体、どれくらい寝ていたんだろう。
モソモソと潜り込んでいたタオルケットから顔を出せば、夏の日差しがレースカーテン越しにフローリングの床を焼いていた。昼過ぎか、あるいは夕方か。外は猛暑に違いない。ベッドから這い出て遮光カーテンを閉める気力もなければ当然、冷蔵庫の中にある作り置きを取りに行くのも厳しい。枕元におざなりに置いていた鉄分補給のサプリメントを、これまた枕元に転がしておいたペットボトルの水で流し込んだ。
聞く話によれば、症状の重い人は一歩も動けないレベルの痛みを毎月伴うらしい。幸い、それほどの痛みに遭遇したことはない。それなのに、
「……もうやだ」
枕に顔を突っ伏して、さめざめと泣いた。一歩も動きたくないし、すべてが億劫だった。
毎月毎月、ホルモンバランスの乱れはメンタルに直撃する。普段はそれでもなんとか共存しているが、今月はまったく何が悪かったのか、とにかく駄目だった。全部。何もかも。投げ出してしまった。惰眠を貪るほどに、罪悪感は増していくばかりで、一向に苦しさは消えない。泣いた分だけ水分を補給する以外のことはせず、嵐が過ぎ去るのを待つこと2日。さすがにずっと寝ていて、これ以上は眠れそうにない。
せめて気を紛らすような、手っ取り早い娯楽はないものかと、昨晩ぶりにスマホを手に取った。そうだ、志樹くんと少しでもおしゃべりができたら、多少は回復するかもしれない。空気清浄機のような、精神安定剤のような、もしかしたら、酸素マスクでも過言でないくらいの存在で、でも彼を役立つ道具みたいに依存するのは申し訳なくて、普段は抑制しているこの自分本位で自分勝手な感情は、許されるのか。
縦長の液晶画面の上、指先は迷った。通知の数にウッと気圧されたのも大きい。外界をシャットダウンしていた代償は私を憂うつにさせる。このまま眺めていてはまたネガティブ思考にハマってしまいそうだ。えいっ、とメッセージアプリを立ち上げる。これで元気をもらって、それからほろほろ溢れた涙をたっぷり吸った枕カバーを洗濯しよう。燦々と照りつける太陽のもとに干せば、この時間からであっても一瞬で乾くだろう。一緒に私のジメジメも、吹き飛ばしてもらいたいなあなんて思いながら、

『今から行きます』

声にならない悲鳴が出た。飛び込んできたメッセージは、最新ながらも15分前。
億劫だなんだと言っている場合ではない。早く着替えて、ああそれも無理ならせめて顔を洗うくらいは……!
意気込みも虚しく、急に動いたことによる立ちくらみでその場にうずくまった。白んだ視界に色が戻るまで、ゆっくり呼吸を繰り返す。大丈夫、もう動ける……

ピンポーン♪

チャイムが鳴ってしまった。
後悔先に立たず。ベッドから立ち上がる前にひと言返事をしておけば。もう少しゆっくり来てほしいと言っておけたなら。
廊下へ出ると、室内なのに熱気が漂う。このまま志樹くんを外で待ちぼうけにするわけにはいかない。まったく制御できない涙が落ちて目の前が潤んでしまう前に、ドアロックを外した。
夏の熱気と、セミの声が、押し寄せてくる。
「お届けものです」
そんなの全部忘れてしまえるくらい、会えて嬉しいという気持ちでいっぱいになった。言葉が出てこない。心配をかけたことをまず謝るべきだし、ここまできてくれたお礼だって伝えたいのに、第一声のチョイスが彼らしくて、いつの間にか扉を押さえる役回りも彼が変わってくれていて、
「開けさせてごめんね。とりあえず戻ろっか」
くるりを私の向きを180度回転させて、あっという間にベッドまで戻してくれたおかげで、泣きはらしてボロボロな顔をタオルケットに埋めることを許された。
「あ、」
さっきの立ちくらみのせいで枕元から落ちたらしいペットボトルを志樹くんが拾いあげる。
「ここ?」
「うん…」
手が届く位置に用意しておいた、デカデカとした文字で『鉄分』と主張するパッケージのサプリメントと、薬局でも買える軽い鎮痛剤は嫌でも目に入ってしまっただろう。
彼は、私に『大丈夫?』とは聞かなかった。その後はスーパーの袋から淡々と飲食物を取り出して並べきり、席を外したかと思えば、水道の音、次いで電子レンジが加熱を知らせるメロディを鳴らして、ホカホカになったタオルハンカチを
「少し冷ましてからね」
と机に置き、
「あ、俺のだけど、まだ使ってないやつだから安心して」
と付け加える。
「夏場は多めに持ち歩くようにしてるんだ」
サウナ状態にも等しい街を、いっぱいの商品を抱えて歩いてきた志樹くんのほうが、タオルを使うべきなのに。額にまだ微かににじんだままの汗で貼り付いた前髪に、思わず手を伸ばしていた。触れやすいように顔を寄せられる、そんな些細な仕草にすら胸が高鳴る。
「代謝がいいってよく言われる」
「志樹くんこそ、水分摂って」
「じゃあ遠慮なく」
目元にそっと、程よい温度のタオルを被せられた。じわりと滲んだ涙を優しく受け止めてくれる。
ペットボトルの蓋を開けて、一気に煽ったのだろう、彼の喉を鳴るのをじっと聞いていた。
「志樹くんの匂いがする……」
「えっ」
没収されそうになったハンカチを慌てて握りしめた。
「今すぐ新品買って来させてください」
「違うの、悪い意味じゃなくて…」
同じ空間に志樹くんがいるだけで、やっぱり、呼吸がすごく楽になる。
「嗅いでると、安心するから……」
「だったらせめて…。お邪魔します」
志樹くんが乗り上げると、シングルベッドは軽く軋んだ。私と枕の間に身体を滑り込ませて、
「本体のほうにしてみませんか」
後ろから抱き抱えるようにして、私を足の間に座らせる。ピッタリと背中にくっつかれると、夏の匂いが混ざった、彼の香りに包まれる。

こんなの、『好き』が溢れ出してしまう。
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