バカな元外交官の暗躍

ジャーケイ

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第三章 ジャマイカ編一

第一日目 喜びのタクシースタジオ

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 淡く青みがかったグリーンの海、カリブ海に浮かぶキューバの上空を飛び去り、飛行機が向かっていたのはジャマイカ最大の観光地モンテゴベイ。

 我々の乗った飛行機は海岸線ぎりぎりにある滑走路をゆっくりと進み、乗降口に止まった。

 彼らにとっては初めてのジャマイカへのランディングであったが、今回はあくまでキングストンへの経由地だったので、飛行機の中で出発を待つことにした。

 およそ三十分後に離陸し、今度はジャマイカを埋め尽くす山々を眼下に見ながら二十三分の飛行で首都キングストンにあるノーマンマンレィ空港に到着した。

 機体は運良くイミグレーションに近いゲートに横付けさられたので、日本みたいに動く歩道などない、やや上り気味な通路をそれほど長く歩かなくて済んだ。

 滞在期間も一週間程度、宿泊も有名ホテルであったため、少し怖い顔をしていた入国管理官は、これといった質問もなく優しく微笑んで入国許可のスタンプを押してくれた。

 次に向かったのが悪名高い空港税関。各自スーツケース一つ。中身はほとんどが洋服。それと機内持ち込みのバッグが一つだけだった。スライとロビーに会う目的を税関申告書に記入していたためか、荷物を開けられることなく、あっさりと通関も済んだ。

 ここは大変面白く、税関を出た後に免税店がある。機内で買い物を忘れた人のために作られたらしい。以前はここでロビー用に免税ぎりぎりの個数まで煙草を買った。もう随分と前のことのように感じた。

 空港内にジャマイカドルへの両替所もあるが、基本どこでも米ドルをそのまま使用できるのでこれはパス。

 ポータに荷物を持ってもらい、いよいよ空港の外へと続くドアを通り抜ける瞬間がやってきた。空港を出るその瞬間は何処でも、何時でもワクワク感が高まる。

 ただ、今回の二人にはやはりいつもより特別の期待感があった。ページにはジャマイカ人の血が流れているし、タヨにはジャマイカを訪れる事そのものが聖地巡礼であった。

 車はジャッキーが手配していた。グレードの高いハイエースが用意されていた。

 ジャマイカを走る自動車のほとんどが日本からの中古車だ。運転手は、空港からキングストン市内に向かう海上のハイウエイを走り、ダウンタウンを経由する方の道筋を選んだ。こちらの方がほんの少しは治安が良かった。

 「カズさん、そんな怖い感じゃないように見えるけど……」タヨは何か想像とは違う景色に少し落胆している、そんな感じに見えた。

 「時間が取れればディープなところ案内しますよ」

 「タヨ、今回はまずレコ―ディングが先だ」ページは目をつむってキングストンの空気を感じていた。みんな、時差の関係で僅かながら疲れが見える。十三時間の時差。地球の裏側まで来たことになる。
 
 首都キングストンに位置する政治経済の中心地ニューキングストンに到着。利便性と居住性を勘案し、スパニッシュ・コート・ホテルを選んでおいた。

 「取りあえずシャワーを浴びて一息入れてください。三十分後、ロビーに集合しましょう」これからスタジオに向かうことは、あらかじめスケジュールに組み見込まれていた。

 二人ともジャマイカにいるという事実に興奮している。シャワーと着替えの三十分さえ惜しいと感じていた。

 「カズ、ワッツアップ?どうしてた、元気か?」スキャンタナがホテルのロビーで待っていた。彼特有のハグで出迎えてくれた。

 「ま、ぼちぼちってところかな」いつもと変わらない会話であった。

 「この二人がページとタヨ、よろしく頼む、スキャン」

 「初めまして。スキャンと呼んでくれ」

 「初めまして。僕がページで、こちらがタヨ」「どうも」と簡単に挨拶した。タヨはスキャンの目に怖い何かを感じていた。
 
 見透かしたように「ごめん、タヨ。君があまりにも美しいので、つい男の目になった。カズ、ごめん。もう大丈夫だ。
 ジャマイカの闇の部分はオレが安全に案内するよ」

 「頼みますよ。スキャンさん」最初多少の危惧はあったが、心配するまでには至らなかった。タヨも安心したようだ。

 「十分ほどでスタジオだ」タクシースタジオはジャマイカで最も忙しい街ハーフウエイツリーの外れにある。古びたビルの二階がいよいよ今回のジャマイカでの制作プロジェクトが始まる場所だ。

 「結構みんなギラついた目してるわね」

 「タヨ、ここはアップタウンとタウンタウンの境界線上にある。通行人はみんなダウタウンの住人だ。だから裕福じゃない。ま、知ってみるとそんなに悪い奴はいないけどね」

 タヨは危険な匂いのするこの街が気にいった。ジャマイカが感じられた。

 「着きました。スタジオです。降りてください」

 階段を上った二階に入口がある。ジャマイカではどこも、入り口や手が届く窓には必ず鉄のグリルがはめ込まれている。ブザーを押すよりも早くジャッキーが出迎えてくれた。

 「ようこそ。待ってたわ。ページとタヨですね。直ぐわかる。ジャマイカでも絶対うれるわね。輝いている」ジャッキーもプロジェクトに参加できることをとても喜んでいる。

 「ジャッキー、ズームで何度もやり取りしてきたが、実物はもっときれいだね。ローリーとスライは?」

 「ありがとうカズさん。お目にかかれて光栄です。彼ら、下の方です」二つのスタジオがあって、下の方がスライ専用のスタジオとなっている」

 「将生さんのスタジオと比べたら、設備もそれほど整ってなく、狭い。雲泥の差がある。ただずっしりとした、重いレゲエの空気が流れている。扉を開けることすら畏れ多い、そんな気持ちにさせる。

 「スライ、ローリー、どうだい?」何も変わっていない。

 いつもズームで話しているので、それほどなつかしさは感じない。ただここを離れて二年の月日が経つ。さすがに久しぶりのジャマイカでのセッション。前とは違う緊張感があった。

 「ページ、タヨ、入って下さい。ローリーと、こちらがスライ」

 ローリーが道を開けたので、ページとタヨは先ずスライに挨拶した。珍しくスライが椅子から立ち上がって、彼らを歓迎した。そして、いつもの握手。ほとんど握力のない、柔らかな握手だった。

 「ページです、こちらがタヨ」

「スライ、今回よろしくお願いします。何もかも初めてだらけで、私、ちょっと気分あがりっぱなしです」

 「リラックスしてくれ、タヨ。大丈夫、必ずグラミー取らせててやるよ。でも君たちはこれまで会った日本人と全く違うね。容姿といい、英語といい。本当に日本人?」

 「はい。でも僕はクオーター。ジャマイカ人の血が入ってます。おばあちゃんがジャマイカ人で」

 「私は、生粋の日本人」

 スライとの挨拶はこれで終わり。スライはいつも通りドラムマシーンの前にすわり、何か新しいリズムを作るかのようにパッドをたたき始めた。

 私たちは上の方のスタジオに移り、ローリーと、ジャッキーを交えて簡単な打ち合わせを行った。

 「今日はスタジオでの作業はなし。晩飯、一緒にしよう。七時に二人ともホテルに来てくれ。スキャンは我々と一緒に行動、ボディーガード役も兼ねて」

 「ノープロブレム。」ローリーが言ったリトルモアとは、また後でという意味。

 「ランチだけど、軽くジャマイカのソールフードにしようか。スキャン、店はどこがいい?」

 「ハーフウエイツリーかな。でもこの時間だといつも行列だね」ソールフードだけで何を食べるかわかっていた。

 「大丈夫だ、ブル、そこにしよう」専属の運転手、ブルはプロディユーサー仲間のひとりだ。ラインを守るアメフト選手のような大きな体をしている。

 五分とないうちにKFCに着いた。かなりの行列ができていたが、店員は慣れた手つきで次々と注文をこなしていく。カウンターで注文を受け取り、ドリンクはセルフ。

 ボックスシートに空きがあったので、六人全員が、まずは腰を下ろした。各パーツの組み合わせで二十一ピースとドリンクを注文した。余れば、スキャンかブルがお持ち帰りにする。

 山田君はもちろんこの様子も撮影していた。最近テレビのロケ番組で、タレント本人が手にして撮影しているあの小さなディバイスだ。小さいと言っても画質は一昔前の肩に担ぐものと同等かそれ以上に進化している。
 各自適当に好きなパーツを口に運んだ。

 「なにこれ?おいしい。何が違うの日本のと?お肉、油、揚げ方?私、三食ここでいい」声を発したのはタヨだ。
 「
 一人当たり、五百円から六百円、もちろんドリンク飲み放題で。おいしいし、骨付きなので量があるようにみえる。ジャマイカ人の平均的収入をみても、完全にソールフードです」

 「何が違うか誰もわかりませんが、ともかくみんな、世界一のフライドチキンだと呼んでいます」私はちょっとだけ誇らしげに説明した。

 ホテルに戻り、一旦カフェに入った。ページはコーヒーを頼んだ。

 ブルーマウンテンの豆だけを使った混じりっけなしの、しかもナンバーワンのコーヒー。ブルーマウンテンにはグレードが一から四まであって、ナンバーワンは集荷量が非常に少ないため、日本でも飲むことが出来る場所は限られている。

 当然のことのように、ページはみんなの分まで頼んでいた。

 「いきなりですが、ケンタッキーから、このコーヒー。スライといいジャマイカ最高のものばかりに出会えました」
 ページはおかわりを頼んだ。

 「もちろんいいものは、これらだけではありませんが、世界中で最高のドラマー、最高のチキン、そして最高のコーヒー。間違いはあリません」

 みんな時差で眠くなってきたので、夕食までの数時間を各自の部屋で過ごすことにした。

 我々は七時ちょうどにロビーに集まった。スキャンは音楽を聴いたり、バーでビールを飲んだりしてホテル内で時間をつぶした。

 ローリーとジャッキーは、悪びれた様子もなく、当たり前のように四十分ほど遅れてロビーに現れた。ジャマイカ全体、特に音楽業界では時間を守るという概念がないに等しい。

 スライとロビーも大体二、三時間は遅れてくる。私は、どちらかといえば時間は守る方なので、約束の時間にはスタジオに入るが、いつも二時間は待たされることになる。日常的である。

 ただスライはたまに約束どおり現われるので、私はこの二時間が無駄になっても、どうしても早めに来てしまう。この二時間が有効に使えるなら、待つことは何でもない。

 ページとタヨには、このジャマイカ音楽業界に歴史的に存在する時間の使い方は伝えてあったので、対応は問題なかった。

 「ローリー、ここのレストランでいいか?」

 「もちろん大丈夫。高いもの注文していい?」

 「ジャッキーも遠慮なくどうぞ」私は頷きながら答えた。

 「スライは、明日お昼十二時くらいでどうだろう?最近やっぱり遅れる?」

 「まあ四時だね。でも一応二時にはスタジオに来てくれ、みんなともう一度デモをちゃんと聞いておきたいから」

 「わかった。ブル、明日朝十時に迎えに来てくれ。少しだけ観光しよう」

 「了解」

 「明日のセッションは、スライのドラムとロビーリンのキーボードだけだな。ブル、明日夕方六時にロビーリンを迎えに行ってくれ。ジャッキー、ロビーリンには電話で確認しておいて」

 「イエス、サー」

 「明後日は、ディーンのサックス。トロンボーンは誰かいる?」我々タクシープロダクションの朋友で、ジャマイカナンバーワンのトロンボーン奏者ナンボは昨年心筋梗塞でこの世を去ってしまった。

 「ディーンが一緒に連れてくる予定になっている。ギターはダニーに頼んである。バックグラウンドヴォーカルはいつもの通りステッフと彼女が男性パートを一人連れてくる」

 「スタジオは午後一時でいいかな?」どちらかというとミュージシャンの都合ではなくローリーの都合を聞いていた。

 「出来るだけ間に合うようにスタジオに行くようにするけど、お昼からはジャッキーがいるから、いつでも大丈夫だ」

 「わかった。ところで今回のプロジェクト、よくない?」

 「とってもいいね。先ずお金がある。ページとタヨのルックスと歌声がいい。楽曲もいいし、メインストリームだね。それにジャッキーって逸材が見つかった。美人なのが一番の理由。ロビーがジャマイカにいないことだけが残念だね。ジャッキー、サイズといい、ルックスといい、君はロビーの好みだ」

 ジャマイカにはハラスメントなんてないに等しい。差別もそこら中にある。我々東洋人はみんなミスターチン、ミスチンと呼ばれる。これについては、ジャマイカ人は差別とは思っていない。昔からそうだったからだという。理解はできるが日本人としては、やはり嫌だ。

 「プロモーションだけど、予算は最低二十万ドル。アメリカンドルで」

 「ワオオオオ………」ローリーとジャッキー、それにスキャンが同時に驚きの声を発した。

 「場合によってはもっとつぎ込むか可能性もある。それとビデオだが、北海岸のホテルを使って、そこで二日で撮影したい。撮影は次回ジャマイカに来る時だけど」

 「出来ればスポンサーとしてどこか北海岸のリゾートホテルで宿泊も含めたファシリティを提供してもらいたい。もちろん撮影許可もだ」

 「難しいのは承知しているけど、ジャッキーあたってみてくれ。人数はマックスで二十五人と考えていい。部屋は各自シングルルーム。それと今一番ジャマイカで元気のある監督を二、三人選んでおいて」

 「作品を、リンク先でいいからメール、宜しく。カメラはレッドワンを使える人が必須。監督とセットがいいな。照明はちゃんとしていて、機材をたくさん持っているところ。スチルのカメラマンとメイクは私の方で連絡しておく。いつものリチャードだ」

 「基本はレゲエなので、ジャマイカのテレビとユーチューブが中心だけど、MTVでもバンバン取り上げてもらえるだけのクオリティーが欲しい」

 「ジャッキー、予算から、人選び、執行まで、全部君に任せる。頼むね。予算は5万ドル。こちらも米ドルだ」ジャッキーは次々と必要事項をラップトップに入力していった。

 「テレビ局は両局ともモーニングショー、出来るだけ長く出演できるように時間押さえて。もちろんほかの番組もだ。とにかく出来るだけたくさんブックしてくれ。ラジオのインタビューもマスト」

 「それと楽曲のかけまくり。メインのディスクジョッキーで一時間最低一回、向こう二カ月間かけっぱなし、予算を知りたい。ポスターは千枚、チラシは五千枚、これらを各所に配る人員が必要になる」

 「どこか弁当配達の店と提携してもいい。配達先はジャッキーがリスト作ってくれ。アメニティーはキャップとTシャツ、それとホーディ、それぞれ二千、ホーディは三百着。全部ジャマイカで作る。業者の見積を宜しく」

 「メディアに曲を配布するのはメモリースティックだな。三百個。アメリカで作ろう。他のプロモーション何か考えられるかな?」

「すべてにお金の裏付けがあるってことが素晴らしいわ。プランだけで終わらない。カズさん、こんな経験積ませてもらえることに感謝します。私の名前が業界内に浸透します」

「ところでプロモーションといえばライブはどうします。まず間違いなく曲はヒットします。プロモーターにはどんどんプッシュできます。三曲分の時間はいけますね。バンドメンバー、リハーサルは私が仕切っていいですか?」

「もちろんだ。次回の滞在期間中出来る限り多くのライブに出したい。よろしく頼む。些細な事でもいいから何でもみんなに共有してくれ。お金の動きは透明でいく。ローリー、ジャッキーを良く見つけたな?」

「大学卒業したばかりで、音楽業界に興味があるからって彼女の方から偶然やってきた。話を始める前にルックスだけで決めちゃったよ。うちのスタジオは歴史的にルックスで決める」
   
「完全にセクハラ」ジャッキーが大声をあげて笑った。
 「なんてことだ。僕にも金使ってプロモーションやってくれよ、カズ」スキャンがアメリカなまりで、こんな内容のラップを始めた。

 「何言っての。見て下さいよ。私達二人の美貌、それにページは病院の跡取り息子」タヨがラップで応えた。

 「オレは基本ニューヨーク育ちのラッパーだけど、ジャマイカのDJも出来るよ。八小節でいいから、どこかで使ってくれよ」スキャンが懇願してきた。

 「カズさん、私この人面白いと思う。発音もはっきりして聞き取りやっすいし、危険な感じが、何かギャングみたいな感じがする。で、カズさんに忠実で嘘をつかない」タヨは的確にポイントを突いていた。

 「次か、その次の曲でフィーチャーするよ」彼をフィーチャーすることはもともと予定に入っていた。

 「タヨ、ラップも凄いな。ルックスも素晴らしいし。でもジャマイカの男性に対しては少しお尻が小さいな」スキャンの割とまじめな意見だった。

 ヒップホップの世界ではお尻は大きい方がセクシーに見られる。ここでも同じだ。ニッキー・ミナージは手術してお尻を大きくしたくらいだ。

 「でもタヨ、君は大丈夫。オレが保証する」

 「ところで仮ヴォーカルは明日ロビーリンのセッションの後でどうだろう?時間遅くなるかもしれないけど、ローリーは大丈夫か?私たちは全く問題ないけど」

 「仮ヴォーカルでのレコ―デォングでも、ダイレクションが出来るって最高だよ」

 「私もいていいかしら。ページを見ていたいから。ぞくぞくする。私が必要だったらいつでも言って」ジャッキーからの明らかな誘惑だった。この辺彼女には遠慮が無かった。

 ジャマイカでは桁違いのプロジェクトへの参加、。そしてジャマイカでの仕切り役として重要なポジションが与えられている。嬉しくてたまらないようであった。

 「私達、付き合っているわけじゃないけど、目の前で誘惑されるのは嫌。ジャッキー、すごく魅力的だもん。ローリーもスキャンもページだって、何かいやらしい目つきで彼女を見ている。わかる?」

 「ジャマイカでは男も女もそうだが、老若男女、魅力的な人には誰でも声をかける。うまくいけば儲けもの。うまくいかなくても、言うだけただってこと」という慣習なのだろう。

 結婚しているのかと質問に対する答えが何であっても、次の質問は子供何人いるかと聞かれる。結婚している場合はまあ別だが、彼女が妊娠したら男たちは自由に振る舞う。ローリーが続けた。

 「ページはジャマイカ人の血が詰っているから、俺の言わんとすることわかるよね?まあ俺はタヨの方に引かれるな。ページ、君がうらやましいよ」

 「ローリー、ジャッキー、今はプロジェクトだけだ。僕達はレコーディング以外のことを考えないことにしている。よろしく頼みますよ」ページは少しおどけて見せた。そして似たような会話を日本にいるときもしたな、と思い出した。

 この後もジャマイカ側はセクハラまがいの会話で盛り上がり、夜十時には三々五々帰路についた。

 「我々は明日の朝十時にここを出て、ボブ・マーレィ博物館を見学してスタジオに向かいましょう。朝飯は込みなので、自由に好きなだけ食べてください」

 「時差でおそらく午前二時くらいには目が覚めると思います。目が覚めても横になっているだけで随分楽になりますよ」
 「時差は度々経験しているので、なんとかします。では、カズさん、今日の所はおやすみなさい」「おやすみなさい」ページとタヨは二人とも自分の部屋で、シャワーを浴びただけでベッドに横たわった瞬間眠りに落ちた。

 午前二時。ページのドアを軽くノックする者がいる。ページもこの時すでに目が覚めていた。

 「誰?」

 「私、タヨ。入れてもらえる?」

 バスローブの下に深紅のビキニだけを身に着けたタヨが、ドアの向こう側に立っていた。

 「もう起きてるでしょう?プール行かない?」

 「ああ、いいよ。中に入ってくれ。その格好で、廊下に立っていたら、まずいだろう」タヨがドアを閉めると同時に、躊躇なくタヨの目の前で水着に着替えた。

 「レディの前では少し気を使ってよ」

 「そういうお前こそ、その水着、小さ過ぎないか?よし、行こう」

 さすがにこの時間バーも開いてないし、だれもいない。貸し切り状態だ。ページはいきなりプールに飛び込んで勝手に泳ぎい始めた。タヨも続いた。しばらく水に浸かって、二人はプールサイドのビニールベッドに寝そべった。

 「ニューヨークを出て丸一日。おばあちゃんの国にいる。今はそんな気持ちもあるな」そんなこと、どうでもいいような感じで「あ、そう」タヨは短く答えた。

 「少しずつタヨのイメージ変わってきたな。初めて看護師姿のタヨに会ってから。ここは僕の病院だし、声をかける権利はあると思って話しかけた。一目ぼれって感じじゃなくて、驚きだったな。看護師の採用に叔父の意見が反映されているとはいえ、こんな超絶な美女がうちにいるなんて」

 「私は一所懸命働いていたわ。ページに会うまでは」

 「あなたのことを聞いて、この病院の跡取り息子で、今は国立大学の医学部に通っている。私の美貌を持ってもこのハードルは越せないと思ってた。今も思っているけど」

 「それまで、たったひとりだけの身内、妹の高校の授業料、大学の入試代、入学してからの授業料、それに二人の生活費。本当に働かなければならなかった」

 「そんな時、妹がアパートに連れて来たのが、今の坊や。妹と恋愛はしてなかった。見かけのいい二人は同じ事務所でモデルのバイトをしていたの」

 「それからよく私たちのところに遊びに来るようになって、なんとなく付き合い始めた。頼ってこられるのが心地よかったのかな」

 「デートしていると、周りの人から必ず振り向かれる。男性からも女性からも。誰の目にも高校生と年上の看護師には見えなかったと思う。キスが上手だった」

 「だけど、だけどですよ、彼と付き合っていくうちに、この子は私より男性が好きなんだなと気づき始めた。で偶然男性とホテルに入るとこを目撃したわけです」

 「これ以上無理だと思ったけど、その後も彼とはセクシャルな部分は抜きにして会っているの。何故だと思う?坊やがレゲエ教えてくれたの。だから話はいつもレゲエのことばっか」

 「そうか、確かに頷けるとこあるね。最初はレゲエのことなんて話さなかったな、僕達」

 「一年くらいたったころころかな、病院のロビーでページを見かけて私の方から声をかけた。ドレッドにして、当時はやりのラスタカラーのシャツ着て。カッコよかった。まだまだお坊ちゃま感はビシビシだったけどね」

 タヨが自然に聞いてきた「キスしていい?」

 ページが答えた「お気の召すままに」

 軽くお互いの舌先が触るくらいの、わずか数秒間のキスだった。

 「私、まだバージンなの。別に結婚まで操を守りたいってわけじゃないけど、まだ今は大切にしておきたい。少なくてもプロジェクトが終わるまでは。私は、ページにこと好きです」

 「ありがとう、僕もタヨのこと大好きだよ。でも周りにいっぱい魅力的な娘がいるなあ」

 「ジャッキー、美雪、何て言ったっけあの芸大の娘、あ、櫻さんだ、スタイリストの沙良さん、そして何より君の妹千代。簡単じゃないですよ」

 「はい。心得てます。全力で立ち向かいます」

 深夜のプールサイドで二人は大声で笑った。明日から本番だ。
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