神話の牢獄

おにぎり

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1、嵐の来訪者

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 この世界を受け入れるまで長い時間が必要だった。
 悪と戦う英雄。英雄に倒された悪の残党は散り散りになり、復活の時を待つ。
 悪が再び世界を覆ったとき、新たな英雄が誕生する。

 そんな時代の変遷を、長い間見てきた。

 いったいどれほどの時が経ったのか分からない。いつからか数えるのをやめた。
 何百年?何千年?いや、何万年の時が経っているかもしれない。

 幾人もの来訪者があった。時には英雄が。時には悪の親玉が。時には戦士が、俺の元を訪れた。


 もう忘れてしまったことも多いが、あの時のことは今でも鮮明に覚えている。

 雷鳴で目が覚めて辺りを見回すと、いくつもの黒い影。暗闇に目が慣れると、それらは大小様々な岩であった。
 手足がない。動くことすらできない。冷たく、ジメジメとした空間。血の流れのように水脈を感じる。

 俺がこの世界に来た日。それは嵐が吹き荒れる日だった。
 嵐を逃れようとする虫たちの足音。雨に濡れた獣の匂い。

 理解するのに時間を要したが、俺は洞窟になってしまったらしい。


 少しむずむずして体を震わせると、何かが崩れた。
 俺の奥の方、洞窟の最奥の岩が崩れたようだ。
 その音に驚いたのだろう。数匹の獣が嵐の中、外へ逃げ出してしまった。


 あの獣たちはどうなったのだろう。たまにそんなことを考える。
 これだけ時が経って、確認する方法など何もないのだが。



 今日は、その日のことを思い出させるような天気だ。朝はとても暑く、水脈が細くなっているのを感じた。
 しかし昼頃になると一気に水脈が太くなり、山で大雨が降っているのだと知った。


 辺りが暗くなった頃、ぽつぽつと雨が降り始める。やがてバケツをひっくり返したような雨が降り出し、風は吹き荒れた。
 木が軋む音。轟音にも似た風。獣たちの悲鳴。

 油断したら洞窟が崩れてしまうほどの嵐の中、何かが入ってきた。
 足を怪我しているよう。泥だらけであるが、4本足の黄色い獣だと分かった。

 かなり衰弱している様子。この夜を超えることがてきなければ、この獣は死んでしまうだろう。


 ただ見ていることしかできない自分がもどかしい。

 しかし時間は残酷で、獣の体力を少しずつ奪っていった。獣の鼓動が小さくなってきているのを感じる。
 外はまだ嵐が吹き荒れて、食糧をとりに行くのも難しいだろう。そもそも、そんな体力が残っているかも分からない。

 そんな中、獣の瞳が一瞬見えた。その様子は生きるのを諦めているものではなく、強いものだった。
 俺はせめてもの思いで、名前をつけることにした。何者でもない彼を、せめて俺の記憶の中に留めたかったのだ。

 "レオ"
 彼の名だ。
 鋭い牙に佇まいは勇ましい。鋭い爪で獲物を捕えて離さない。
 そして最期まで勇敢なその姿は、2代前の英雄を彷彿とさせる。レオという名は、その英雄と同じ名だ。


 嵐が過ぎ去ったのは朝方、日が昇る頃だった。
 緑が生い茂っていた外は泥でまみれ、倒木が重なって転がっていた。
 あまりにも変わり果てた世界に、生き物の気配はない。

 日が昇りきってようやく世界が温まってきた頃、視界の中で何かが動いた。
 レオが生きていた。

 後ろ足を引き摺りながら外へ出て、獲物を探しに行った。
 本当に強い。彼は強かった。

 彼の姿を見ることはもうないだろう。
 しかし彼の後ろ姿は大きく、また戻ってくる。そう言っている気がした。


 泥の中、虫たちが顔を出し始める。洞窟の中にも日常が戻り、皆壊れた巣を直している。
 生き残った小動物も動き回り、空には竜が飛んでいた。


 遠くから聞こえる人の声。言い争いをしているよう。
 何か、嫌な予感がする。
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