花盗人も罪になる

櫻井音衣

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夫婦二人きり

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玄関のドアを開けると、大好きなカレーの匂いがした。
ドアの開く音に気付いた妻の紫恵しえが小走りに玄関へやって来て、夫の逸樹を出迎える。

「おかえりなさい」
「ただいま。今日カレー?」
「うん、今日はいっくんの大好きなビーフカレーだよ!」
「やった!しーちゃんのカレー、めちゃくちゃうまいもんな」

逸樹と紫恵は結婚7年目になった今も、恋人同士の頃のように呼び合っている。
子どもがいないので、お互いの呼び名が変わることがなかった。

「いっくん、おかえりなさーい」

リビングに入ると、姪の希望ののが逸樹の足元にしがみついた。

「ただいま。ののちゃん、今日はお泊まり?」
「ううん、ママお仕事終わったらお迎え来るって」

希望は3歳にしては口が達者でしっかりしている。
希望の母親の心咲みさきは紫恵の5歳上の姉で、バツイチのシングルマザーで、バリバリのキャリアウーマンだ。
仕事で遅くなる心咲に代わって紫恵が保育所へ希望を迎えに行き、夜まで面倒を見ている。

「ののちゃん、いっくん帰ってきたから御飯にしようか」
「うん、おなかすいた!」

ガスコンロの上には、辛口のビーフカレーの鍋と、希望のために作った甘口カレーの鍋が並んでいる。
子どもがいる家庭ならよくある光景なのだろう。
しかし子どものいない村岡夫妻にとっては、いつも面倒を見ているとは言え、姪の希望の存在自体が新鮮だった。

「ののちゃん、いっぱい食べてね!」
「うん!いただきまーす!!」


希望は逸樹と紫恵のことを、本当の両親のように慕っている。
産後たったの3か月で職場復帰せざるを得なかった心咲の代わりに、希望がまだ赤ちゃんの頃から面倒を見てきた紫恵にとって、希望は我が子同然だった。
希望の成長を見守りながら、自分達にも子どもがいたらこんな感じなのかな……と思うことも少なくない。

「あのねいっくん、のの、今日しーちゃんとお買い物に行ったよ。お手伝いしたの」
「なんのお手伝いしたの?」
「えっとね、ジャガイモとタマネギかごに入れた」
「それから帰りにパンの入った袋持ってくれたね」
「えらいなぁ、ののちゃん」

逸樹に誉められ、希望は満足げに笑っている。
希望を見つめる紫恵はいつも、とても優しい目をしている。
そんな紫恵を見るたび、やっぱり我が子を抱かせてやりたいと逸樹は思う。
二人とも望んで子どもを作らなかったわけじゃない。
欲しくてもできなかった。

不妊治療をして授かったことは5年前と4年前の2度あったが、2度とも早い段階で流産してしまった。
紫恵は元々妊娠しにくい体質らしく、妊娠しても子宮内で受精卵が育ちにくいらしい。
子どもが好きな二人は心から子どもを望んでいたけれど、2度目の流産の後、度重なる悲しみに耐えかねて不妊治療をやめた。

『望んでも与えられないということは、きっと夫婦二人きりでいることにも意味があるんだと思う』

そう言ったのは逸樹だった。
紫恵の流産による体への負担は計り知れない。
もう無理をしてまで紫恵に悲しい思いはさせたくないし、逸樹にとってもそれはつらく悲しいことだった。

『子どもがいない分、お互いを大事にして二人で生きていこう』

そう約束してしばらく経った頃、心咲が妊娠して希望を産んだ。
しかし心咲は性格の不一致と価値観の違いから、妊娠中に夫とは離婚していたので、一人で希望を育てなければならなかった。
心咲は職場では役職に就いていて常に忙しく、悠長に1年も産休をとっている暇はないと言って、あっという間に職場復帰した。


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