8 / 60
同じ痛みを持つ人
2
しおりを挟む
柊子も今は不妊治療はしていない。
体外受精などの高度な不妊治療にはお金がかかる。
それでも我が子を授かりたい一心で何度か体外受精を試みた。
そしてようやく妊娠したと喜んだのも束の間、紫恵と同じく子宮内で受精卵が育たず流産してしまった。
楜澤夫妻はこの結果に大きなショックを受け、これ以上治療を続けることは、経済的にも精神的にも無理だと判断した。
不妊治療をやめた後、抜け殻のようになってしまった妻を心配した夫が、資格をいかして自宅で教室でも開いてみたらどうかと提案した。
その時柊子は、一緒に手芸教室をやらないかと紫恵に声をかけた。
二度目の流産を経験して不妊治療をあきらめたばかりだった紫恵とは、落ち着くまでそっとしておこうと少しの間連絡を取っていなかった。
柊子が思いきって連絡して手芸教室の話をすると、紫恵は二つ返事でOKした。
それから二人で開いた教室には、口コミで集まった近所の主婦たちが大勢通うようになった。
手芸をしながら他愛ない話をしたり、中には娘を連れて通う生徒もいる。
子供を作ることをあきらめた二人には、言うことを聞かない子供の文句を言ったり、子供の成長ぶりを話す生徒たちが羨ましくもあり、最近はそれを聞くのが楽しみでもある。
そうなるには時間がかかった。
当たり前のように子供を産んで育てて、文句を言いながらも楽しそうに子供の話をする周りの主婦たちを、妬ましく思った時ももちろんあった。
紫恵がそんなふうに悩んでいた時、逸樹が言った。
『しーちゃんが子供のいる人たちを羨ましいって思うように、その人たちも、恋人同士みたいに夫婦の時間を過ごしてるしーちゃんを羨ましいって思ってるかも知れないよ』
人は誰でも、ないものねだりというものをするらしい。
目の前にある幸せに気付いていないわけじゃない。
自分の持っていない幸せを他人が持っていることを羨んで求めてしまう。
もし子供がいたら、きっと自分もこの人たちと同じように、子供が言うことを聞かないとか、勉強しないとか、当たり前のように文句を言うのだろう。
そんなふうに考えられるようになった紫恵は、人それぞれに幸せのかたちがあって当然だと思うようになった。
逸樹という優しい夫が誰よりも自分を愛してくれることは、紫恵にとって間違いなく幸せだ。
この先ずっと二人きりでも、共に悲しみを乗り越えた逸樹とならきっとお互いを一番に想い合って幸せに生きていけると紫恵は思う。
作業を始めて30分ほど過ぎた頃、生徒の真理子さんが言い出した。
「うちの旦那、最近なんか怪しいのよねぇ」
「怪しいって?」
「前に比べて帰りの遅い日が増えたし、しょっちゅうこそこそメールとかしてんの」
「うわぁ……浮気にありがちなパターン……。携帯の履歴調べた?」
「携帯は見てないけど、普段私とは行かないようなオシャレなレストランのレシートは見つけた。2名様って書いてあった」
「うわ、ますます怪しい!」
今日は子連れで来ている生徒がいないせいか、生徒たちは大人の事情をやけに大っぴらに話している。
「私がせっせと家事してパートして、節約もして、子供たちにお金のかからない御飯作って食べさせてる間に、旦那は他の女とレストランで高い食事してるって思ったら腹が立って!!」
「ちゃんとハッキリさせた方がいいんじゃないの?」
「中途半端に問い詰めると、きっと曖昧にして逃げるでしょ?やっぱり証拠を押さえないと」
ドラマやワイドショーなんかの影響なのか。
最近の主婦は夫の浮気を知っても、泣き寝入りなどしないらしい。
体外受精などの高度な不妊治療にはお金がかかる。
それでも我が子を授かりたい一心で何度か体外受精を試みた。
そしてようやく妊娠したと喜んだのも束の間、紫恵と同じく子宮内で受精卵が育たず流産してしまった。
楜澤夫妻はこの結果に大きなショックを受け、これ以上治療を続けることは、経済的にも精神的にも無理だと判断した。
不妊治療をやめた後、抜け殻のようになってしまった妻を心配した夫が、資格をいかして自宅で教室でも開いてみたらどうかと提案した。
その時柊子は、一緒に手芸教室をやらないかと紫恵に声をかけた。
二度目の流産を経験して不妊治療をあきらめたばかりだった紫恵とは、落ち着くまでそっとしておこうと少しの間連絡を取っていなかった。
柊子が思いきって連絡して手芸教室の話をすると、紫恵は二つ返事でOKした。
それから二人で開いた教室には、口コミで集まった近所の主婦たちが大勢通うようになった。
手芸をしながら他愛ない話をしたり、中には娘を連れて通う生徒もいる。
子供を作ることをあきらめた二人には、言うことを聞かない子供の文句を言ったり、子供の成長ぶりを話す生徒たちが羨ましくもあり、最近はそれを聞くのが楽しみでもある。
そうなるには時間がかかった。
当たり前のように子供を産んで育てて、文句を言いながらも楽しそうに子供の話をする周りの主婦たちを、妬ましく思った時ももちろんあった。
紫恵がそんなふうに悩んでいた時、逸樹が言った。
『しーちゃんが子供のいる人たちを羨ましいって思うように、その人たちも、恋人同士みたいに夫婦の時間を過ごしてるしーちゃんを羨ましいって思ってるかも知れないよ』
人は誰でも、ないものねだりというものをするらしい。
目の前にある幸せに気付いていないわけじゃない。
自分の持っていない幸せを他人が持っていることを羨んで求めてしまう。
もし子供がいたら、きっと自分もこの人たちと同じように、子供が言うことを聞かないとか、勉強しないとか、当たり前のように文句を言うのだろう。
そんなふうに考えられるようになった紫恵は、人それぞれに幸せのかたちがあって当然だと思うようになった。
逸樹という優しい夫が誰よりも自分を愛してくれることは、紫恵にとって間違いなく幸せだ。
この先ずっと二人きりでも、共に悲しみを乗り越えた逸樹とならきっとお互いを一番に想い合って幸せに生きていけると紫恵は思う。
作業を始めて30分ほど過ぎた頃、生徒の真理子さんが言い出した。
「うちの旦那、最近なんか怪しいのよねぇ」
「怪しいって?」
「前に比べて帰りの遅い日が増えたし、しょっちゅうこそこそメールとかしてんの」
「うわぁ……浮気にありがちなパターン……。携帯の履歴調べた?」
「携帯は見てないけど、普段私とは行かないようなオシャレなレストランのレシートは見つけた。2名様って書いてあった」
「うわ、ますます怪しい!」
今日は子連れで来ている生徒がいないせいか、生徒たちは大人の事情をやけに大っぴらに話している。
「私がせっせと家事してパートして、節約もして、子供たちにお金のかからない御飯作って食べさせてる間に、旦那は他の女とレストランで高い食事してるって思ったら腹が立って!!」
「ちゃんとハッキリさせた方がいいんじゃないの?」
「中途半端に問い詰めると、きっと曖昧にして逃げるでしょ?やっぱり証拠を押さえないと」
ドラマやワイドショーなんかの影響なのか。
最近の主婦は夫の浮気を知っても、泣き寝入りなどしないらしい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
38
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる