花盗人も罪になる

櫻井音衣

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待ち人来る

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土曜日。
庭で遊んでいたりぃが、さっきから落ち着かない様子で吠えている。
早く散歩に連れて行けと催促しているのかなと思いながら、香織はりぃを散歩に連れて行くために、リードを持って庭に出た。

「りぃ、あんまり吠えるとご近所迷惑でしょ」

背中を撫でてやっても、りぃは門の方に向かって吠えるのをやめない。
香織は門の前に何があるのかと思い、りぃにリードを付けて門のそばへと近付いた。
門の向こうに人影を見つけて立ち止まる。

「……大輔?」
「香織……久しぶり」

大輔はばつの悪そうな顔をして、軽く右手をあげた。
香織は急いで門を開け、大輔と向かい合う。

「もう会えないかと思った……」

会いたくてもずっと連絡の取れなかった大輔が目の前にいることが信じられなくて、香織の目に涙が溢れた。
大輔は静かに涙を流す香織をためらいがちに抱き寄せる。

「ごめん。連絡できなくて……」
「心配したんだからね……」

寄り添う二人の足元で、りぃが吠えた。
香織と大輔は二人して顔を見合わせ、少し照れ笑いを浮かべた。

「もしかして散歩に出掛けるとこだった?」
「あ、うん……」

大輔は香織の頬に手を添えて、親指で涙を拭った。

「じゃあ……歩きながら話そうか」

りぃを連れて、いつもの公園に向かってゆっくりと並んで歩いた。
久しぶりに会うせいか、二人の間にできた距離は以前に比べると、ほんの少しぎこちない。

「ねぇ……なんでずっと連絡くれなかったの?」
「うん……話せば長くなるんだけど……」


大輔が繁忙期の疲労で体調を崩し、香織と会うのを先送りにして1週間ほどたった頃。
海外工場管理の担当者が、海外出張の出発日前夜に過労で倒れて入院することになり、その代役を大輔が急遽引き受けることになった。
早朝に電話を受け、着替えやパスポートなどの必要最低限の物だけをバッグに詰めて、空港に向かう前に仕事に必要な物を取りに会社に立ち寄った。
飛行機の時間に間に合うだろうかと焦っていた大輔は、引き出しの中から必要な物をバッグに移した際に、うっかりスマホを引き出しの中に入れた事に気付かず、引き出しの鍵をしめ、そのまま出張先へ向かった。
会社から支給されている仕事用の携帯電話を持っていたので仕事に支障はなかったが、スマホを引き出しの中に忘れてしまったので、海外にいる間は連絡先がわからず、香織に連絡することはできなかった。

1か月後、ようやく海外出張を終えて帰国したのは雨が降る夜だった。
大輔は空港から会社に立ち寄って仕事の荷物を置き、スマホを持って会社を出た。
会社を出てすぐの大きな交差点で信号待ちをしながらスマホを手にしたが、1か月も放置していたので充電が切れて電源が入らなかった。
家に帰って充電してから香織に電話しようと思った時、濡れた路面にタイヤをとられた車が大輔の立っていた歩道へと突っ込んできた。
逃げる間もなくはね飛ばされた体と、手に持っていたスマホは宙を舞い、濡れた路面に叩きつけられた。
大輔は薄れていく意識の中で香織の名前を呼んだ。

目覚めると、そこは病院のベッドの上で、傍らには連絡を受けた両親と会社の上司の姿があった。
右手と右足を骨折し、路面に打ち付けた時にできた裂傷で頭を4針縫った大輔は、1か月余りの入院生活を余儀なくされた。
事故でスマホが壊れてしまい、入院中も香織には連絡できなかった。
そして昨日ようやく入院生活を終え、父親に車で迎えに来てもらい実家に戻ってきた。
自宅療養のために取った有休の10日間は、実家にいるつもりだと大輔は言った。

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