社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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Accidents will happen

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葉月は穏やかな口調で話を続ける。

「志岐は浮気なんか絶対せえへんって言うてたのに、私は自分に自信なかったから、志岐のことも自分のことも信じられんで逃げたんよ。だけどやっぱりずっと志岐のことが好きで、好きやのになんで信じられんかったんやろって、めちゃめちゃ後悔した。それやのにまた会えても意地張って……」
「もうちょっとで茂森さんと結婚するところだったもんね」
「うん。もしあのままシゲと結婚しても、私はたぶん、志岐に対して素直になれんかったこと、一生後悔したと思うねん。だから今は志岐と一緒にいられてホンマに幸せやと思う」

普段は恥ずかしいからと言って自分の恋愛についてあまり語りたがらない葉月が、私のために伊藤くんを想う気持ちを惜しみなく語ってくれているのだと思うと、それだけで胸がいっぱいになった。
私ももう一度勇気を出して素直な気持ちを伝えることができれば、私の迷いも戸惑いも、何より潤さんを想う気持ちのすべてを、潤さんは受け止めてくれるだろうか。

「私も……潤さんと離れたくない」
「じゃあそれをそのまま三島課長に伝えたらええと思うで」
「うん……」

今すぐにでも潤さんに会って伝えたいけれど、今夜は病院から出ることはできないし、せめて連絡だけでも取れないかと考えていると、ドアをノックして看護師が顔を出した。

「佐野さん、おうちの方と連絡取れましたよ」

病院に運ばれてすぐに電話をしたときは、家の電話にも母と父の携帯にも繋がらず、その後も何度か電話をかけてみたそうだけど、一向に連絡がつかなかったらしい。
先ほどやっと連絡が取れ、事故のことや現在の状況について説明したあと、容態も落ち着いていることだし、もう面会時間も終わるので面会は明日にしてはどうかと言ってくれたそうだ。

「お母様が明日の午前中に来られるそうです。退院の時間もお伝えしておきました」
「わかりました、ありがとうございます。お手数おかけしてすみません」
「それと、面会終了時間が過ぎましたので、そろそろ……」

看護師は葉月の方をチラッと見て微笑んだ。

「あ、すみません、もう帰りますんで」

葉月はそう言って、慌ててイスから立ち上がる。
看護師が軽く会釈をしてドアを閉めると、葉月は私の方を見て笑った。

「もうそんな時間か。体しんどいのに長居してごめんな」
「ううん、こっちこそ引き留めてごめんね。葉月と話せて少し気持ちが落ち着いた」
「そりゃ良かった。ほな、怒られんうちにそろそろ帰るわ。退院して困ったことがあったら遠慮せんと言うてや。介護でもなんでもしたるからな」
「介護って……!」

葉月が抜かりなく笑いを取って病室を去ったあと、私は白い天井を見上げながら、葉月が話してくれたことや、母の言葉の意味を反芻した。
葉月も母も、起こるかどうかわからない先のことを心配して立ち止まるより、今の気持ちを大事にして前に進むべきだと言っていたのだと思う。
そう考えるとたしかに、地震が来る可能性があることを恐れて常に机の下に潜っていたりはしない。
もしそんな災難が降りかかったとしても、その状況下においての最善を尽くすだろう。
ただやみくもに恐れるよりも、もしものときに備えておくことの方が大事だと思う。
それはきっと恋愛に関しても同じことで、絶望的な『もしも』の事態を恐れていたら、誰とも付き合えないし結婚もできない。
だったら二人で今の気持ちを大事にしながら、一歩ずつ前に進んだ方が幸せになれるのではないか。
それが今の私に出せる一番いい答えなのだと思う。
私はこの先もきっと悩んだり迷ったり立ち止まったりするだろうけれど、潤さんと一緒に前に進むための最善の方法を考えながら、お互いを支え合って生きていきたい。
もし潤さんが望んでくれるのなら、今度は逃げ出したりせずに飛び込んで行こうと覚悟を決めた。
次に潤さんに会ったら私の気持ちを精一杯伝えようと思いながら、久しぶりの深い眠りに落ちた。


翌日は午前の回診が済んだあと検査を受け、病室に戻ると母がイスに座って待っていた。
顔にガーゼを貼られ、手足に包帯を巻き、左腕を三角巾で吊っている私の姿をなぞるように、母は上から下へ、下から上へと視線を往復させる。

「駅の階段から落ちたって聞いたけど……よく無事だったわね」
「まぁ……左腕の骨折と、すり傷と打撲が何か所かあるけど……お母さんが頑丈な体に産んでくれたおかげでその程度で済んだ」

私はそう答えながらベッドに横になる。

「素直でよろしい」

母は満足げにうなずいたあと、私の顔をじっと見る。

「……なに?顔になんかついてる?」
「ガーゼはついてるけど?」

冗談なんだか天然なんだか、母は真顔で答えた。

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