オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

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大嫌いな男

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「あー、もう定時過ぎちゃったんですね……」
「何か急ぎの仕事でもありました?」
「申し訳ないんですけど……1件だけお願いできますか?」
「いいですよ」
 (帰るとこだったけど……高瀬FPの頼みなら、まぁ仕方ないか……)

愛美は再び内勤の席に着いて、高瀬FPから書類を受け取った。

「すみません菅谷さん、もう帰られるとこだったんですよね」
「ええまぁ……。でもこれならすぐ済みますので大丈夫です」
「ありがとうございます」

ファイナンシャルプランナーの高瀬 諒タカセ リョウ は24歳。
性格は真面目で穏やか、見た目はそこそこイケメン。
いかにも肉食系な緒川支部長とは正反対で、高瀬FPは草食系眼鏡男子と言ったところだろうか。
愛美はいつも、高瀬FPの眼鏡の奥の優しい瞳に癒やされている。
付き合いたいとか言うほど好きなわけでもないが、なんとなく好みのタイプに近いので、見ているだけで心が和む。

「はい、終わりました」
「ありがとうございます、助かりました。菅谷さん、ホントに仕事が早いですね」
「いえいえ」
 (あー、かわいい……)

高瀬FPの優しい笑顔に、愛美もつられて笑みがこぼれる。

「それでは私はこれで」
「あ、はい、お疲れ様でした」

今度こそ帰ろうと愛美が席を立った時、緒川支部長が大きな声で愛美を呼び止めた。

「菅谷、ちょっと待って」

愛美は感情をあからさまに顔に出さないように気を付けながら、大嫌いなその声に振り返る。

「はい、なんでしょう?」
 (だから帰るっつってんだろうがぁ!!)

感情を抑えてはいるものの、自然と声のトーンが低くなっている自覚はある。
本当は緒川支部長とは一言だって口をききたくないけれど、業務上の指示を無視するわけにはいかない。

「このデータ、新仕様のファイルに入力し直して、明日の朝9時半までに本社に送って」

資料を手に支部長席から動く様子のない緒川支部長にイラつきながら、愛美は仕方なく支部長席に近付いた。
パソコンの画面から顔を上げる事なく資料を手渡す緒川支部長の頭にコーヒーをぶっかけてやりたい衝動を堪えながら資料を受け取る。
枚数こそ多いものの、入力が必要な箇所はそれほど多くはなさそうだから、明日の朝にやればじゅうぶん間に合うだろう。

「明日の朝9時半まででいいんですね?」
「そう」
「わかりました。明日の朝、早めに出社して入力します」
「よろしく」
「失礼します」
「はい、お疲れ」

愛美が無愛想に挨拶をすると、緒川支部長も顔を上げる事なく無愛想に返事をした。

 (はい、お疲れってなんだ?!『様』はどこに行った、『様』は?!)

受け取った資料を内勤席の引き出しにしまい、愛美はイライラしながらやっと支部を出た。


「菅谷さん」

エレベーターに向かう途中で後ろから声を掛けられ、足を止めて振り返ると高瀬FPが足早に近付いてきた。
まだ何か頼みたい仕事でもあるのかと、愛美は少し首をかしげる。

「これ、お客さんからたくさんいただいたんで、お裾分けです。良かったらどうぞ」

そう言って高瀬FPは、手のひらいっぱいのお菓子を愛美に差し出した。
愛らしい容姿に、色鮮やかな包みのお菓子が似合い過ぎる。

「ありがとうございます」

愛美が指先でひとつ摘まみ上げると、高瀬FPはニコニコ笑う。

「違いますよ、両手出して下さい」
「え?」

言われた通りにすると、高瀬FPは愛美の手に、こぼれ落ちそうなほどのお菓子を乗せた。

「これ全部……ですか?」
「あ、でもこれじゃ両手が塞がっちゃいますね。すみません、袋か何かに入れてくれば良かった」
「大丈夫ですよ。あ、でももう一度持っててもらえますか?バッグから袋出しますので」
「はい」

バッグの中から紙袋を取り出して開き、高瀬FPの手からお菓子を入れてもらった。

「ありがとうございます」
「いえ。すみません、また引き留めちゃって」
「お菓子、帰ってゆっくりいただきますね」
 (ホントは甘いものなんか全然好きじゃないんだけど、かわいいから許す!)


愛美は更衣室で制服から通勤着に着替え、化粧を直して腕時計を見た。

 (あー、いつもより少し遅くなっちゃったな……)

少し時間がずれた事で、更衣室には誰もいなかった。
とは言え、例え誰かがいたとしても、ほんの少し会話をして『お疲れ様でした』と挨拶を交わす程度で、これと言って特別な付き合いもない。
学生時代は女友達と食事に行ったり、時には合コンなどにも参加したが、最近は一人でいる方が気が楽だと思うようになった。

思えば合コンなんて、ろくな出会いがなかった。
性欲の塊みたいな肉食系の男とか、彼女がいても他の女の子との新たな出会いを求める軽い男とか。
合コンで知り合った男と成り行きで付き合った事もあったが、二人っきりになるとしっくり行かず、たいして好きにもなれなくて、どの相手とも長続きはしなかった。
異性と出会うために作られた出会いの場で知り合った相手なんて所詮そんなものだと思うようになってからは、自然と足が遠のいた。

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