2 / 45
大嫌いな男
2
しおりを挟む
「あー、もう定時過ぎちゃったんですね……」
「何か急ぎの仕事でもありました?」
「申し訳ないんですけど……1件だけお願いできますか?」
「いいですよ」
(帰るとこだったけど……高瀬FPの頼みなら、まぁ仕方ないか……)
愛美は再び内勤の席に着いて、高瀬FPから書類を受け取った。
「すみません菅谷さん、もう帰られるとこだったんですよね」
「ええまぁ……。でもこれならすぐ済みますので大丈夫です」
「ありがとうございます」
ファイナンシャルプランナーの高瀬 諒は24歳。
性格は真面目で穏やか、見た目はそこそこイケメン。
いかにも肉食系な緒川支部長とは正反対で、高瀬FPは草食系眼鏡男子と言ったところだろうか。
愛美はいつも、高瀬FPの眼鏡の奥の優しい瞳に癒やされている。
付き合いたいとか言うほど好きなわけでもないが、なんとなく好みのタイプに近いので、見ているだけで心が和む。
「はい、終わりました」
「ありがとうございます、助かりました。菅谷さん、ホントに仕事が早いですね」
「いえいえ」
(あー、かわいい……)
高瀬FPの優しい笑顔に、愛美もつられて笑みがこぼれる。
「それでは私はこれで」
「あ、はい、お疲れ様でした」
今度こそ帰ろうと愛美が席を立った時、緒川支部長が大きな声で愛美を呼び止めた。
「菅谷、ちょっと待って」
愛美は感情をあからさまに顔に出さないように気を付けながら、大嫌いなその声に振り返る。
「はい、なんでしょう?」
(だから帰るっつってんだろうがぁ!!)
感情を抑えてはいるものの、自然と声のトーンが低くなっている自覚はある。
本当は緒川支部長とは一言だって口をききたくないけれど、業務上の指示を無視するわけにはいかない。
「このデータ、新仕様のファイルに入力し直して、明日の朝9時半までに本社に送って」
資料を手に支部長席から動く様子のない緒川支部長にイラつきながら、愛美は仕方なく支部長席に近付いた。
パソコンの画面から顔を上げる事なく資料を手渡す緒川支部長の頭にコーヒーをぶっかけてやりたい衝動を堪えながら資料を受け取る。
枚数こそ多いものの、入力が必要な箇所はそれほど多くはなさそうだから、明日の朝にやればじゅうぶん間に合うだろう。
「明日の朝9時半まででいいんですね?」
「そう」
「わかりました。明日の朝、早めに出社して入力します」
「よろしく」
「失礼します」
「はい、お疲れ」
愛美が無愛想に挨拶をすると、緒川支部長も顔を上げる事なく無愛想に返事をした。
(はい、お疲れってなんだ?!『様』はどこに行った、『様』は?!)
受け取った資料を内勤席の引き出しにしまい、愛美はイライラしながらやっと支部を出た。
「菅谷さん」
エレベーターに向かう途中で後ろから声を掛けられ、足を止めて振り返ると高瀬FPが足早に近付いてきた。
まだ何か頼みたい仕事でもあるのかと、愛美は少し首をかしげる。
「これ、お客さんからたくさんいただいたんで、お裾分けです。良かったらどうぞ」
そう言って高瀬FPは、手のひらいっぱいのお菓子を愛美に差し出した。
愛らしい容姿に、色鮮やかな包みのお菓子が似合い過ぎる。
「ありがとうございます」
愛美が指先でひとつ摘まみ上げると、高瀬FPはニコニコ笑う。
「違いますよ、両手出して下さい」
「え?」
言われた通りにすると、高瀬FPは愛美の手に、こぼれ落ちそうなほどのお菓子を乗せた。
「これ全部……ですか?」
「あ、でもこれじゃ両手が塞がっちゃいますね。すみません、袋か何かに入れてくれば良かった」
「大丈夫ですよ。あ、でももう一度持っててもらえますか?バッグから袋出しますので」
「はい」
バッグの中から紙袋を取り出して開き、高瀬FPの手からお菓子を入れてもらった。
「ありがとうございます」
「いえ。すみません、また引き留めちゃって」
「お菓子、帰ってゆっくりいただきますね」
(ホントは甘いものなんか全然好きじゃないんだけど、かわいいから許す!)
愛美は更衣室で制服から通勤着に着替え、化粧を直して腕時計を見た。
(あー、いつもより少し遅くなっちゃったな……)
少し時間がずれた事で、更衣室には誰もいなかった。
とは言え、例え誰かがいたとしても、ほんの少し会話をして『お疲れ様でした』と挨拶を交わす程度で、これと言って特別な付き合いもない。
学生時代は女友達と食事に行ったり、時には合コンなどにも参加したが、最近は一人でいる方が気が楽だと思うようになった。
思えば合コンなんて、ろくな出会いがなかった。
性欲の塊みたいな肉食系の男とか、彼女がいても他の女の子との新たな出会いを求める軽い男とか。
合コンで知り合った男と成り行きで付き合った事もあったが、二人っきりになるとしっくり行かず、たいして好きにもなれなくて、どの相手とも長続きはしなかった。
異性と出会うために作られた出会いの場で知り合った相手なんて所詮そんなものだと思うようになってからは、自然と足が遠のいた。
「何か急ぎの仕事でもありました?」
「申し訳ないんですけど……1件だけお願いできますか?」
「いいですよ」
(帰るとこだったけど……高瀬FPの頼みなら、まぁ仕方ないか……)
愛美は再び内勤の席に着いて、高瀬FPから書類を受け取った。
「すみません菅谷さん、もう帰られるとこだったんですよね」
「ええまぁ……。でもこれならすぐ済みますので大丈夫です」
「ありがとうございます」
ファイナンシャルプランナーの高瀬 諒は24歳。
性格は真面目で穏やか、見た目はそこそこイケメン。
いかにも肉食系な緒川支部長とは正反対で、高瀬FPは草食系眼鏡男子と言ったところだろうか。
愛美はいつも、高瀬FPの眼鏡の奥の優しい瞳に癒やされている。
付き合いたいとか言うほど好きなわけでもないが、なんとなく好みのタイプに近いので、見ているだけで心が和む。
「はい、終わりました」
「ありがとうございます、助かりました。菅谷さん、ホントに仕事が早いですね」
「いえいえ」
(あー、かわいい……)
高瀬FPの優しい笑顔に、愛美もつられて笑みがこぼれる。
「それでは私はこれで」
「あ、はい、お疲れ様でした」
今度こそ帰ろうと愛美が席を立った時、緒川支部長が大きな声で愛美を呼び止めた。
「菅谷、ちょっと待って」
愛美は感情をあからさまに顔に出さないように気を付けながら、大嫌いなその声に振り返る。
「はい、なんでしょう?」
(だから帰るっつってんだろうがぁ!!)
感情を抑えてはいるものの、自然と声のトーンが低くなっている自覚はある。
本当は緒川支部長とは一言だって口をききたくないけれど、業務上の指示を無視するわけにはいかない。
「このデータ、新仕様のファイルに入力し直して、明日の朝9時半までに本社に送って」
資料を手に支部長席から動く様子のない緒川支部長にイラつきながら、愛美は仕方なく支部長席に近付いた。
パソコンの画面から顔を上げる事なく資料を手渡す緒川支部長の頭にコーヒーをぶっかけてやりたい衝動を堪えながら資料を受け取る。
枚数こそ多いものの、入力が必要な箇所はそれほど多くはなさそうだから、明日の朝にやればじゅうぶん間に合うだろう。
「明日の朝9時半まででいいんですね?」
「そう」
「わかりました。明日の朝、早めに出社して入力します」
「よろしく」
「失礼します」
「はい、お疲れ」
愛美が無愛想に挨拶をすると、緒川支部長も顔を上げる事なく無愛想に返事をした。
(はい、お疲れってなんだ?!『様』はどこに行った、『様』は?!)
受け取った資料を内勤席の引き出しにしまい、愛美はイライラしながらやっと支部を出た。
「菅谷さん」
エレベーターに向かう途中で後ろから声を掛けられ、足を止めて振り返ると高瀬FPが足早に近付いてきた。
まだ何か頼みたい仕事でもあるのかと、愛美は少し首をかしげる。
「これ、お客さんからたくさんいただいたんで、お裾分けです。良かったらどうぞ」
そう言って高瀬FPは、手のひらいっぱいのお菓子を愛美に差し出した。
愛らしい容姿に、色鮮やかな包みのお菓子が似合い過ぎる。
「ありがとうございます」
愛美が指先でひとつ摘まみ上げると、高瀬FPはニコニコ笑う。
「違いますよ、両手出して下さい」
「え?」
言われた通りにすると、高瀬FPは愛美の手に、こぼれ落ちそうなほどのお菓子を乗せた。
「これ全部……ですか?」
「あ、でもこれじゃ両手が塞がっちゃいますね。すみません、袋か何かに入れてくれば良かった」
「大丈夫ですよ。あ、でももう一度持っててもらえますか?バッグから袋出しますので」
「はい」
バッグの中から紙袋を取り出して開き、高瀬FPの手からお菓子を入れてもらった。
「ありがとうございます」
「いえ。すみません、また引き留めちゃって」
「お菓子、帰ってゆっくりいただきますね」
(ホントは甘いものなんか全然好きじゃないんだけど、かわいいから許す!)
愛美は更衣室で制服から通勤着に着替え、化粧を直して腕時計を見た。
(あー、いつもより少し遅くなっちゃったな……)
少し時間がずれた事で、更衣室には誰もいなかった。
とは言え、例え誰かがいたとしても、ほんの少し会話をして『お疲れ様でした』と挨拶を交わす程度で、これと言って特別な付き合いもない。
学生時代は女友達と食事に行ったり、時には合コンなどにも参加したが、最近は一人でいる方が気が楽だと思うようになった。
思えば合コンなんて、ろくな出会いがなかった。
性欲の塊みたいな肉食系の男とか、彼女がいても他の女の子との新たな出会いを求める軽い男とか。
合コンで知り合った男と成り行きで付き合った事もあったが、二人っきりになるとしっくり行かず、たいして好きにもなれなくて、どの相手とも長続きはしなかった。
異性と出会うために作られた出会いの場で知り合った相手なんて所詮そんなものだと思うようになってからは、自然と足が遠のいた。
1
あなたにおすすめの小説
ヒロインになれませんが。
橘しづき
恋愛
安西朱里、二十七歳。
顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。 そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。
イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。
全然上手くいかなくて、何かがおかしい??
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
五年越しの再会と、揺れる恋心
柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。
千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。
ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。
だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。
千尋の気持ちは?
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
君がたとえあいつの秘書でも離さない
花里 美佐
恋愛
クリスマスイブのホテルで偶然出会い、趣味が合ったことから強く惹かれあった古川遥(27)と堂本匠(31)。
のちに再会すると、実はライバル会社の御曹司と秘書という関係だった。
逆風を覚悟の上、惹かれ合うふたりは隠れて交際を開始する。
それは戻れない茨の道に踏み出したも同然だった。
遥に想いを寄せていた彼女の上司は、仕事も巻き込み匠を追い詰めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる