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別人なのか?
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定時になると、愛美はさっさと退社した。
とにかく今日は飲みたい気分だ。
駅のトイレで軽く化粧を直して行きつけのバーへ急ぎ、カウンター席に座っていつものようにウイスキーの水割りをオーダーする。
「愛美ちゃん、今日はずいぶん早いね」
「早く飲みたい気分なんだ。飲まなきゃやってられない」
「なんかイヤな事でもあった?」
「大アリだよ」
マスターは愛美の前に水割りを置いて優しく笑う。
イヤなことがあっても、ここに来るとマスターのやわらかい笑顔に癒される。
そのために来ていると言っても過言ではない。
「愚痴くらいなら聞くよ?」
「んー……やっぱマスターは男前だなぁ。そうだ……誰かいい人いない?」
「目の前にいるけど?」
マスターが自分を指さすと、愛美はグラスを手に笑う。
たしかにマスターはいい男だが妻子ある身で、かなりの愛妻家だと知っているから、もちろん本気になどしない。
もしマスターが本気であったとしても、愛美は不倫にだけは身を落とすまいと心に決めている。
「マスターはダメだよ、奥さん泣かせちゃうから。独身で背が高くてめっちゃいい男、いないかな?」
「愛美ちゃん、面食いだっけ?」
「そうでもないけど……とにかく今は、独身で背が高くてイケメンで、ちゃんとした仕事してる真面目な人がいいの。できれば性格も優しくて穏やかな方がいいけど……」
まるでドラマや漫画のヒーローのような愛美の『いい男』の条件に、マスターは苦笑いを浮かべた。
「そりゃ欲張り過ぎだろう」
「だよねぇ……。やっぱ、そんな都合のいい条件に合う男はいないかぁ……」
マスターはビールを飲みながら、愛美の条件に合う男はいないかと考える。
「ああ……いるなぁ、一人。俺の大学時代の後輩。会ってみる?」
「ぜひ!」
「じゃあ、呼んでみようか。でもあいつ、見た目の割に女慣れしてなくて紹介とか苦手だからな……。とりあえず飲みに来いって誘ってみよう」
たとえダメ元でも、ものは試しに頼んでみるものだ。
マスターが認めた男なら会ってみる価値はありそうだと、愛美は上機嫌でグラスを傾けた。
それからしばらくして店が賑わってきた頃、マスターがスマホの画面を見ながら愛美に声を掛けた。
「愛美ちゃん、さっき言ってた俺の後輩、仕事済んだら一度家に帰ってから来るって」
「一度帰ってから?」
「車で通勤してるからね。家がこの近くだから、車置いて歩いて来るんだよ。あいつの事だから、ついでにシャワー浴びて着替えて来るんだろ」
「女子みたいだね。なんで?」
「ONとOFFの切り替えがしたいんじゃない?仕事終わってそのままだと、仕事の延長みたいな気がするって前に言ってたから」
愛美は水割りを飲みながら、少し考える。
会社を一歩出れば仕事から離れられる自分とは違って、その人はかなりナイーブなのか、もしくは仕事中は本当の自分とは真逆の人間を装っているかのどちらかだと思う。
「ふーん……。それって、仕事してる時の自分は素の自分じゃないって事?」
「そうかもね。人の上に立つ仕事だしハードなんだろ。元々は大人しくて真面目で優しい男だから、仕事は仕事で割りきって気持ち切り替えないとしんどいんじゃないかな」
「そっか、大変なんだね」
(大人しくて真面目で優しい男かぁ……。どんな人だろ?)
かつて付き合ってきた男たちとは違うタイプである事は間違いないと、愛美はまだ見ぬその人と会う事が少し楽しみになる。
思えばこれまで、よほど男運がなかったのか、ろくな恋愛をしてこなかった。
男らしさに惹かれて付き合い始めた頃は優しかったのに、しばらく経つと上から目線で暴言を吐くようになり、些細な事で暴力を振るうようになった自信過剰な俺様男。
明るくて優しいと思って付き合い出したら、誰にでも同じように優しくして、悪びれもせず散々浮気を繰り返したチャラ男。
傷付いた心を優しく慰めてくれると思ったら、いつの間にか部屋に転がり込んでろくに働きもせず、金をせびるだけせびった挙げ句、女と消えたヒモ男。
ろくでもない男との恋愛に疲れきって、ここしばらくは自然と恋愛からは遠ざかっていた。
そして、過去のつらい恋愛経験でよほど心が荒んだのか、気が付けば心の中で毒を吐くようになっていた。
(もしホントにうまくいけば支部長を叩きのめすだけじゃなくて、今度こそ私も幸せな恋愛ができるかも……なんて、まだ会ってもないのに気が早いか。あまり期待し過ぎると、また痛い目にあうな……)
男運の悪い自分は、どんなに頑張っても幸せにはなれないのかも知れないと思ったりもする。
幸せな未来を期待すればするほど、また傷付いた時の痛手は大きくて、もう何も望むべきではないのかもとも思う。
でもやっぱり、できれば誰かの優しさや温もりを感じながら穏やかに暮らしたい。
いつか心から笑って、幸せだと言える日がくればいいと思う。
そんなささやかな幸せを夢見る事くらいは許されるだろうか?
とにかく今日は飲みたい気分だ。
駅のトイレで軽く化粧を直して行きつけのバーへ急ぎ、カウンター席に座っていつものようにウイスキーの水割りをオーダーする。
「愛美ちゃん、今日はずいぶん早いね」
「早く飲みたい気分なんだ。飲まなきゃやってられない」
「なんかイヤな事でもあった?」
「大アリだよ」
マスターは愛美の前に水割りを置いて優しく笑う。
イヤなことがあっても、ここに来るとマスターのやわらかい笑顔に癒される。
そのために来ていると言っても過言ではない。
「愚痴くらいなら聞くよ?」
「んー……やっぱマスターは男前だなぁ。そうだ……誰かいい人いない?」
「目の前にいるけど?」
マスターが自分を指さすと、愛美はグラスを手に笑う。
たしかにマスターはいい男だが妻子ある身で、かなりの愛妻家だと知っているから、もちろん本気になどしない。
もしマスターが本気であったとしても、愛美は不倫にだけは身を落とすまいと心に決めている。
「マスターはダメだよ、奥さん泣かせちゃうから。独身で背が高くてめっちゃいい男、いないかな?」
「愛美ちゃん、面食いだっけ?」
「そうでもないけど……とにかく今は、独身で背が高くてイケメンで、ちゃんとした仕事してる真面目な人がいいの。できれば性格も優しくて穏やかな方がいいけど……」
まるでドラマや漫画のヒーローのような愛美の『いい男』の条件に、マスターは苦笑いを浮かべた。
「そりゃ欲張り過ぎだろう」
「だよねぇ……。やっぱ、そんな都合のいい条件に合う男はいないかぁ……」
マスターはビールを飲みながら、愛美の条件に合う男はいないかと考える。
「ああ……いるなぁ、一人。俺の大学時代の後輩。会ってみる?」
「ぜひ!」
「じゃあ、呼んでみようか。でもあいつ、見た目の割に女慣れしてなくて紹介とか苦手だからな……。とりあえず飲みに来いって誘ってみよう」
たとえダメ元でも、ものは試しに頼んでみるものだ。
マスターが認めた男なら会ってみる価値はありそうだと、愛美は上機嫌でグラスを傾けた。
それからしばらくして店が賑わってきた頃、マスターがスマホの画面を見ながら愛美に声を掛けた。
「愛美ちゃん、さっき言ってた俺の後輩、仕事済んだら一度家に帰ってから来るって」
「一度帰ってから?」
「車で通勤してるからね。家がこの近くだから、車置いて歩いて来るんだよ。あいつの事だから、ついでにシャワー浴びて着替えて来るんだろ」
「女子みたいだね。なんで?」
「ONとOFFの切り替えがしたいんじゃない?仕事終わってそのままだと、仕事の延長みたいな気がするって前に言ってたから」
愛美は水割りを飲みながら、少し考える。
会社を一歩出れば仕事から離れられる自分とは違って、その人はかなりナイーブなのか、もしくは仕事中は本当の自分とは真逆の人間を装っているかのどちらかだと思う。
「ふーん……。それって、仕事してる時の自分は素の自分じゃないって事?」
「そうかもね。人の上に立つ仕事だしハードなんだろ。元々は大人しくて真面目で優しい男だから、仕事は仕事で割りきって気持ち切り替えないとしんどいんじゃないかな」
「そっか、大変なんだね」
(大人しくて真面目で優しい男かぁ……。どんな人だろ?)
かつて付き合ってきた男たちとは違うタイプである事は間違いないと、愛美はまだ見ぬその人と会う事が少し楽しみになる。
思えばこれまで、よほど男運がなかったのか、ろくな恋愛をしてこなかった。
男らしさに惹かれて付き合い始めた頃は優しかったのに、しばらく経つと上から目線で暴言を吐くようになり、些細な事で暴力を振るうようになった自信過剰な俺様男。
明るくて優しいと思って付き合い出したら、誰にでも同じように優しくして、悪びれもせず散々浮気を繰り返したチャラ男。
傷付いた心を優しく慰めてくれると思ったら、いつの間にか部屋に転がり込んでろくに働きもせず、金をせびるだけせびった挙げ句、女と消えたヒモ男。
ろくでもない男との恋愛に疲れきって、ここしばらくは自然と恋愛からは遠ざかっていた。
そして、過去のつらい恋愛経験でよほど心が荒んだのか、気が付けば心の中で毒を吐くようになっていた。
(もしホントにうまくいけば支部長を叩きのめすだけじゃなくて、今度こそ私も幸せな恋愛ができるかも……なんて、まだ会ってもないのに気が早いか。あまり期待し過ぎると、また痛い目にあうな……)
男運の悪い自分は、どんなに頑張っても幸せにはなれないのかも知れないと思ったりもする。
幸せな未来を期待すればするほど、また傷付いた時の痛手は大きくて、もう何も望むべきではないのかもとも思う。
でもやっぱり、できれば誰かの優しさや温もりを感じながら穏やかに暮らしたい。
いつか心から笑って、幸せだと言える日がくればいいと思う。
そんなささやかな幸せを夢見る事くらいは許されるだろうか?
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