オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣

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もう、待つのはいや

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食欲はないけれど水分だけでも取っておこうと、愛美は起き上がって水を飲んだ。
水を飲んでペットボトルのキャップをしめた時、チャイムが鳴った。
こんな状態で誰にも会いたくないので、愛美はその訪問者を無視する事にした。
居留守を使って無視しているのに、その人は何度も何度もチャイムを鳴らす。

 (しつこいな、一体誰だよ!!私は居ないよ!!)

愛美は何度も鳴るチャイムの煩わしさに耐えかねて、フラフラと立ち上がりドアモニターを見た。
モニター画面には緒川支部長の姿が映っている。
緒川支部長は、見えもしないのに心配そうな顔をしてドアの向こうの様子を窺っている。

 (支部長になんか会いたくない……!!早く帰れ……!!)

再びベッドに戻り、頭から布団に潜り込んだ。
しかしどんなに無視をしてもチャイムは鳴り続ける。
愛美はイライラしながら布団から出ると、インターホンのプラグをコンセントから抜いた。
部屋の中に静寂が戻る。

 (これであきらめて帰るはず……)


緒川支部長は、ただ愛美に会いたい一心でインターホンのボタンを押し続けた。
もう何度目だかわからない。
そしてさっきまで部屋の中に響くチャイムの音が漏れ聞こえていたのに、ボタンを押しても聞こえなくなった事に気付いた。
気のせいかと思いもう一度押してみたけれど、やはり何も聞こえない。
急に音がしなくなったと言う事は、インターホンの電源を元から断ってしまったのだろう。
部屋の中にはいるはずなのに、会いたくないから返事もしないのかと、緒川支部長は大きなため息をついた。
何もできない自分が不甲斐なくて、思わず拳を握りしめる。
でも、やっぱり会いたい。
緒川支部長は握りしめた拳でドアを叩いた。
一目だけでも会いたい。
せめて声だけでも聞かせてほしい。
大嫌いだと罵られてもいいから。



愛美はドンドンとうるさく鳴り続けるドアを叩く音に、イライラしながらため息をついた。

 (ああもう、うるさい……!!しつこいな、近所迷惑だっつーの!!)

我慢の限界に達した愛美は、ベッドから出てふらつく足取りで玄関に向かった。
鍵を開けて乱暴にドアを開け、緒川支部長をにらみつけて叫ぶ。

「うるさい!!しつこい!!帰れ!!」

緒川支部長は愛美が閉めようとしたドアの隙間に体をねじ込むようにして玄関に入ると、後ろ手にドアを閉め、熱で火照る愛美の体を思いきり抱きしめた。

「愛美……。やっと会えた……」
「大嫌い!!離して!!」
「うん……わかってる……。でも、俺は愛美が好きなんだ……」
「嘘つき!!」

愛美は熱のせいか、腕の中で必死でもがく力も弱々しく、赤い顔で息を荒くしている。

「ごめん……」
「そんなの聞きたくない!!」
「ごめん……。ホントにごめん……」
「別れる!!さよなら!!もう帰って!!」

恐れていた言葉を愛美に容赦なくぶつけられ、緒川支部長はつらそうに唇を噛みしめた。

「イヤだ……離したくない……。好きなんだ……」

緒川支部長が抱きしめる腕に力を込めると、愛美は悪態をつきながらさらに必死になってもがき続けた。

「大嫌い……。傷付けるくらいなら……最初から、好きなんて言わないでよ……。優しくしないで……。もう、ほっといて……」

愛美の声と力が次第に弱くなる。
高熱があるにもかかわらず、何度も大声で叫びながら力を振り絞ってもがいた愛美の体が、緒川支部長の腕の中でクタリと脱力した。

「愛美?!」
「もう……待つのは……いや……」

緒川支部長は泣きながら声を絞り出す愛美を慌てて抱き上げ、部屋の中に運んでベッドにそっと寝かせた。


しばらく経った頃。
浅い眠りの中で、またつらかった記憶を夢に見ていた愛美が、ゆっくりと目を開いた。

「愛美、気が付いた?良かった……」

緒川支部長はホッとした様子で、愛美の顔を覗き込むようにして見つめている。

 (なんで支部長がここにいるの……?これもまた夢……?)

愛美は高熱のせいで夢と現実の境目さえわからなくなり、朦朧としながらぼやけた視界に映る緒川支部長を見上げた。

「何が欲しいの……?」
「え?」
「お金……?体……?」
「愛美?何言って……」

思ってもいなかった愛美の言葉に驚く緒川支部長の言葉を遮り、愛美は自嘲気味に力なく笑いながら涙を流して声を絞り出す。

「お金はないけど……体が目当てなら……好きにすれば……?それでもう……終わりにして……」

緒川支部長は悲しそうな目で愛美を見つめた。
そして優しく頭を撫で、頬を濡らす涙を指先でそっと拭う。

「愛美の気持ちもないのに……そんなの望んでない……」

緒川支部長は小さく呟いて愛美の熱い手を握り、自分の頬に当てた。

「俺はね……愛美に笑って欲しい……。俺の隣で、幸せそうに笑ってて欲しいだけなんだ……」

愛美は甘くて優しい緒川支部長の声を聞きながら涙を流し、ゆっくりと目を閉じた。
夢の中でくらいは誰かに愛されたいとでも思ったのか、そんなことを望んでくれる人なんかいるわけがないのだから、これもまたきっと夢なのだと愛美は思う。

「どうせまた……幸せになんて、なれない……。もう……かまわないで……」

緒川支部長は、涙を流しながらうわ言のように呟く愛美の熱い手に唇を押し当てた。

「なんでそんな悲しい事言うんだよ……。俺は愛美を誰よりも幸せにしたいのに……。こんなに好きなのに、俺じゃダメなの……?」

切なげな緒川支部長の呟きに、愛美から返ってくるのは、短く苦しそうな息づかいだけだった。



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